哀れなるものたちのレビュー・感想・評価
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「経験」よりも「教育」が大切だと考える自分は、社会的な常識や既成概念に囚われているのだろうか?
確かに、人間の成長には「経験」が必要だし、だからこそ、父親代わりのゴッドは、娘のようなベラを、世界を知るための旅に送り出したのだろう。
実際、ベラは、リスボンで性欲に溺れ、船上で知性と理性を身につけ、アレクサンドリアで慈愛の心に目覚め、バリで勤労と対価を理解し、ロンドンに戻って自分の過去と対峙することによって、自立した女性へと成長していくのである。
だが、ベラの脳が新生児のものであるならば、「経験」よりも「教育」の方が先なのではないかとも思ってしまう。
確かに、自由奔放な彼女の言動には、世の中の常識や既成概念に風穴を開けるような破壊力があり、そこが、本作の面白さにもなっているのだが、それでも、彼女に必要だったのは、「観察者」や「記録者」ではなく、赤ん坊を育てるような「教育者」だったのではないかと思えてしまうのである。
ただ、こういった感想そのものが、常識や既成概念に凝り固まっている証左なのかもしれないが・・・
それから、いくら本能的で根源的な欲求だからといっても、新生児の脳を持つ女性が、強烈な性的欲求を持っているということにも違和感を覚えざるを得なかった。
ただ、これについては、終盤で、蘇生する前のベラが相当に淫乱であった(らしい)ことが明らかになり、蘇生後も、そうした性分が残っていたのだと解釈すれば、なんとなく納得することができた。
それでも、性的な描写が不必要に多かったという印象は拭えないのだが・・・
ラストの、将軍の顛末についても、あれをハッピーエンドとして片付けてしまうことには抵抗感がある。「殺していない」という事実のためだけに、人間としてではなく、ヤギとして「生かし続ける」ことは、単なる「偽善」なのではないかと思えるのである。
その一方で、父親に人体実験の材料にされたという生い立ちを持つゴッドが、人生の最後に、愛する者たちに囲まれながら息を引き取る姿には、素直に胸が熱くなった。エンディングは、このシーンだけで十分だったのではないだろうか?
いずれにしても、いかにもこの監督らしい奇妙奇天烈な物語で、VFXや魚眼レンズを駆使したビジュアルも楽しめるのだが、それでも、話としては、「ロブスター」や「聖なる鹿殺し」の方が面白かったと思えるのである。
これぞ映画!
「女王陛下のお気に入り」で大手配給によるメジャー入りを果たしたギリシャのヨルゴス・ランティモス監督が、今回はサーチライトピクチャーズ配給によってインディ系映画にカムバック!そしてゴリゴリの作家性を出してきました。
やはりこの監督はやばい!笑
フランケンシュタイン、メトロポリスはとても分かりやすいオマージュですが、原作のゴシックホラー調の世界観がヨルゴス・ランティモス監督によってファンタジーなんだけど色使いや衣装がエッヂが効いたデザインになっていてモダンでかっこよかった。
相変わらずの魚眼レンズで普通の画がひとつもない。
巨大なセットといい映画作りをものすごく楽しんでいる感じが伝わってきて、観ているこちらも楽しくなります。
エマ・ストーンはやる子だというのは「女王陛下のお気に入り」時点でわかっていたのだが、マーク・ラファロ演じるダンカンのクズっぷりにやられました。完全にハマり役。
やはりクズキャラが魅力的な映画はいいですね。
パリで浮浪者になってロンドンまでしつこく追いかけて来る執念には参りました。最後ダンカンがどうなったのかとても気になるのだが映画では描かれなかった。
ただし、本作の日本配給は相当頑張っており、これだけエッヂの効いたアート作品(男性器もボカシなし!)を大手のシネコンで観れる日が来るとは思っていなかった。
私が観た109シネマズのほぼ満席の劇場ではエンドロール(これもかなり凝っていた)中も誰も席を立たたなかった。私のように圧倒されていたのか、ララランドのエマ・ストーンを期待して来てとんでもないものを観せられ呆然としていたのかはわかりません笑
性への目覚め、知の目覚め、そして自己解放という精神の大きな旅路をまさに船旅という画で分かる冒険劇に落とし込み、その冒険を渾身の舞台セットと衣装と音楽でデザインし尽くしている。これぞ映画。
ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を獲得したランティモス監督の最高傑作!今年ベスト確定!
なかなかの衝撃作。エマ・ストーンの熱演に拍手!!
妊娠中に自殺した女性。たまたまその新鮮な遺体を手に入れた天才外科医によって蘇らせられる。どこの誰だか分からぬまま彼女は実験体として生きていく。
不自然な動きにおぼつかないしゃべり。
脳に障害を持ってしまったが故かと思いきや、蘇生のためにお腹の胎児の脳を移植していたという衝撃的な設定。
その為か知能の発達は早く、少しずつ言葉も覚えていく。
体は大人であるが、知能が伴っていない為何をしてかすか分からない怖さ。
閉じ込めておきたいが徐々に芽生えていく好奇心。
やがて彼女は旅立っていく。
人間も動物。本能のままに生きるとこうなっていくのかといった感想。
倫理的に容認できない内容も多々あり、決して気持ちのいい作品ではない。
しかし、映画でしか表現できない世界であり、だからこそ映画は面白い!
久しぶりに観るような重厚な作品でした。
あの難しい役柄を見事に演じきったエマ・ストーンには脱帽です。
それにしても、グウェンにグリーンゴブリン、ハルク。
主要人物が揃ってマーベル出演者だった事にビックリでした☺
不協和音の不思議な世界
知る喜びと愛する歓び
こんなに自由にインスピレーションと思索の海に溺れられる映画は滅多にない。ヨルゴス・ランティモス監督の作品はシュールな社会派コメディだと思っていたが、「哀れなるものたち」はかなりアップテンポで直球に近い作品だ。
ずっと期待して楽しみにしていたけど、早くも今年のベスト映画候補である。う~ん、好き!
知る喜びと愛する歓びが螺旋のように絡まり、一人の女性を加速度的に成長させていく物語は、生きることへの賛美でもある。
何かを知る、というのは途轍もない喜びである。何も知らないベラが、1日に15の単語を覚え、性的歓びに目覚め、哲学を知り、世界の残酷さを目の当たりにする。
全てはベラが「知る」ための冒険なのだ。
更に、最初のモノクロ世界でも既にゴッドが知る喜びについて言及している。
父親から親指を傷つけられた少年時代のゴッドは、痛みのあまり他の四指を見ていることしか出来ず、その結果皮膚組織の仕組みを知った。
少年ゴッドはその時笑っていたのだ。科学的観察がもたらした発見は、身体の痛みを忘れさせるほどの喜びだった。
その知的好奇心はベラにも受け継がれ、例え「1つで十分」と言われたエッグタルトも食べたいだけ食べ、結果盛大に嘔吐する。
「経験してみないと分からないじゃない」という明快な行動が、全てにおいて発揮され、何物にも縛られないその奔放さがベラの特徴だ。
そして、その唯一無二の振る舞いが「本当に哀れなるもの」を産み出してしまう。
ベラには「社会の良識」が欠けている。欠けているから魅力的であり、欠けているから悪魔的なのだ。
ゴッドもマックスも勿論ベラを愛しているが、ベラの秘密という「情報」が欠けていたからこそ、ダンカンはベラに興味を持った。
ベラの秘密を知らないままその美しさと奔放さに魅力を感じたダントンは、プレイボーイぶりを発揮し彼女を連れ出すが、面倒な駆け引きもしない代わりに空気も読まない(読めない)ベラに忽ち翻弄されることになる。
「社会の良識」が欠けているから、ズケズケと物を言い、下品な振る舞いに恥じ入ることもない。公然と矛盾を指摘し、譲歩してダントンを構うこともない。全く思い通りにならないベラに、哀れ既に心を奪われたダントンは社会的にも精神的にも破滅の一途を辿る。
思えばゴッドも色々なものが欠けている。胃液が無いから外部で胃液を調達し、「社会の良識」より科学的探求に重きを置く。その容貌は傷だらけで、顔色一つ変えずに死体を切り刻む様は「常識人」から見れば当に怪物。
彼の傍らにいるのは「凡庸から紙一重で踏みとどまっている」マックスとメイドのプリム夫人だけ。
ゴッドとベラは表裏一体で、「社会の良識」から追い出された存在なのだ。
だが、ゴッドもベラもちっとも哀れではない。欠けている事を認識し、欠けているからこそ愛するもの・大事なものに真摯だ。
「哀れなるものたち」二本目の柱はズバリ「愛」であり、それは性愛だけでなく親子の愛でもある。
ここでもベラとゴッドは一見奇妙な親子愛で一致を見せる。
ゴッドはベラに愛を注ぎ、世界から守ろうと屋敷に閉じ込めていた。それはベラの「世界を見たい」という欲求と相反した行動で、結果的にベラはゴッドの元を離れてしまうが、彼のベラへの思いは間違いなく親子愛である。
ベラが去ったあと、ベラと同様の女性フェリシティが登場するが、ゴッドは彼女に愛情を示さなかった。フェリシティの成長はベラに比べて遅く、ベラの成長速度には親(ゴッド)の愛が深く作用していたことが伺える。
そしてそこから導き出されるのは、父の跡を継ぎ、ベラとフェリシティ(と数多の動物たち)を誕生させた天才外科医・ゴッドウィンは、やはり彼のチチ親に愛されていたという事実である。
ゴッド曰く「最低のクソヤロー」である彼の父親の言葉で、唯一真に迫るのは「慈愛を込めてメスを入れろ」なのだ。
息子の身体を切り刻んだマッドな父親ではあるが、その執刀に愛が宿らなかったことは一度も無いのだろう。
強烈な痛みと引き換えに人体の構造を観察し、消化出来ない不便を抱えてもなお、外科医として大成し精力的に活動するゴッドウィン・バクスターは、父の愛なくして存在し得なかったのだ。
「良識」からすればグロテスクで下品とも取れるストーリーですらあるが、真摯な観察と思考を駆使すれば、不条理なのは「社会の良識」の方だ。
思ってもいないことを口にし、的当な相槌と思考停止を駆使し、「なぜ?」という問いを「そういうものだから」で封殺しようとする。
カラフルでファンタジックな、絵本のようなショットの中で、欠けながら自由に自分を肯定するベラの物語を是非堪能して欲しい。
確かに10年に一度の傑作かも知れない?
世界最高峰の才能を集めて構築されたのは、
眩いほどの色彩を散りばめた壮麗かつ緻密な美術、
ユーモラスでありながら荘厳で情感あふれる音楽、
華麗かつ大胆さを極めた衣装、
度肝を抜くカメラワークを駆使した撮影。
さらに、
奇想天外でありながら映画史に残るカタルシスに満ちたエンディングへと導く脚本に支えられた。
そう、確かに10年に一度の傑作かも知れない!?
そんな素晴らしい作品だった。
本当に久し振りに良い映画だった。
でも、残念ながらラストはやり過ぎの気がする。
超えてはいけない科学と人間倫理の領域にこうして踏み外すのだという暗喩として見れなくはないが、
ヤギ将軍の姿は、
ちゃぶ台返しを観たような興醒めをしてしまった。
それはゴッドが亡くなってからの和やかな庭先のひとコマに過ぎないことのだろうか?
( ̄▽ ̄)
哀れなるものたち
「女王陛下のお気に入り」のヨルゴス・ランティモス監督とエマ・ストーンが再びタッグを組み、
スコットランドの作家アラスター・グレイの同名ゴシック小説を映画化。
2023年・第80回ベネチア国際映画祭コンペティション部門で最高賞の金獅子賞を受賞し、
第96回アカデミー賞では作品賞、監督賞、主演女優賞、助演男優賞、脚色賞ほか計11部門にノミネートされた。
不幸な若い女性ベラは自ら命を絶つが、
風変わりな天才外科医ゴッドウィン・バクスターによって自らの胎児の脳を移植され、
奇跡的に蘇生する。
「世界を自分の目で見たい」という強い欲望にかられた彼女は、
放蕩者の弁護士ダンカンに誘われて大陸横断の旅に出る。
大人の体を持ちながら新生児の目線で世界を見つめるベラは時代の偏見から解放され、
平等や自由を知り、驚くべき成長を遂げていく。
プロデューサーも務めるストーンが純粋無垢で自由奔放な主人公ベラを熱演し、
天才外科医ゴッドウィンをウィレム・デフォー、
弁護士ダンカンをマーク・ラファロが演じる。
「女王陛下のお気に入り」「クルエラ」のトニー・マクナマラが脚本を担当。
哀れなるものたち
劇場公開日:2024年1月26日 142分
奇妙で悪趣味(誉め言葉)なコメディ
奇妙なグロテスクさもあり滑稽さもあり、女性の主体性を考えさせられる真摯さもあり、とても面白かったです。
ベラの衣装もどこか奇妙でポップで、絵画のような風景もどこか奇妙で美しくビジュアルも楽しめましたし、シンプルな響きながら不穏さや奇妙さを絶妙に掻き立てる音楽も印象的でした。
ゴッドのビジュアルもインパクトがあり、悲惨すぎる過去のエピソードを淡々と話す空気感は笑ってしまいましたが、笑っていいのかなんなのか。
現実的には、性的な部分は病気や妊娠の心配もしてしまいましたが。
とは言え、固定観念に縛られず、性的好奇心も知的好奇心もフラットに理性的に捉え、主体性を持って冒険する様子はやはり好感が持てますし、クズ男の落ちっぷりも笑えます。
女を所有物と考える男の抑圧から逃れ、女性の主体性を尊重する物語という側面も良かったです。
クズ夫の末路も笑いました。
しんみりとしつつ朗らかな雰囲気で終わるかと思いきや、最後にこれかと。
ひどい、悪趣味(誉め言葉)、やはりこのオチを見るとコメディだなと。
しかし、ベラは人間を改造したことに否定的な態度もとっていたのに、こうするのか?とも。
他人を人間扱いせずある意味改造するような危害を加えようとしていたクズ夫なので、因果応報いい気味だと笑えましたが、クズとは言え脳を改造して黙らせるのも倫理的にどうかとも思ってしまい、やはり笑っていいのかなんなのか。
赤ん坊にされたかと思っていましたが、そっちだったかと。
しんみりとし過ぎずに、こういうどこか狂ったブラックユーモアでの終わり方というのも良かったです。
ついでに、関西ローカルの朝の情報番組でおススメ映画として紹介されていましたが、朝ののほほんとした番組で軽い感じで紹介していいのか?と、何だか笑ってしまいました。
面白いし良い作品なので多くの人が観ればよいとは思いますが、クセがあるとも思いますので。
ある程度性的な描写があるだろうとは思っていましたが、思った以上に直接的で多かったですし。
ここから出たい!
薄っぺらい男に力を誇示したがる男…世の中のクソ男たちに支配されずに、自らの自由意思で選び取ること。差別、貧困、環境問題 etc...内側が異型の男たちが回す世界の"普通"常識など疑い・抗い・ブチ壊して選手交代!! クソ男は用済みです。止めようのない自我に目覚め、止められても踊るところがよかった。
唯一無二ヨルゴス・ランティモス✕エマ・ストーンによる悪魔的なファンタジー(セックス)コメディ。端的に言えば不思議で奇妙"変"ヘンテコだけど、最後まで面白く見ていられる。エマ・ストーンがキャリア最高峰オスカー級に素晴らしいけど、助演のウィレム・デフォー&マーク・ラファロもニクい。外の世界を知りたい、自らの目や耳で冒険したいという、とめどなく溢れ出す自由への渇望がフュリアス・ジャンピング!演技も撮影も音楽もどこを切り取っても贅沢。
想像力かきたて広がる世界で問いかけ突きつけてくるクソみたいな世界のリアルと人間の凶暴さ。魚眼レンズに極端なパンなど分かりやすくカメラという存在を意識させる作りに、そしてモノクロとカラーを使い分け、彩りは極端なほどビビッドにカラフルで虚構性を強調する。それらはまるで本作が"物語"であることを伝えながら、同時にその奇妙さから世界の真実を炙り出しているようだった。今までにも増して観客を選びかねない作品だけど、それもまたこの監督らしいと言えば"らしい"作家性。
P.S. そこまでしなくちゃいけなかったのか?…という点はあって、作品の内容含めてまだまだ消化しきれていない。
凄いものみた……!!
途中途中で何見せられてんだ……って気持ちになりつつも
ああいうラストに持っていくランティモスの手腕。
トッド・ブラウニングの「フリークス」やないか。
あんな壮大な曲かけられたら、凄いもん見た気になっちゃうよ
ただ、全てがベラの権利を主張する為にあって、
そこにも励まされた。
鑑賞後の満足感が半端ない
人によっては低評価かも知れません。
序盤は今年初のやっちまった系かなと思わせながら、それでもダレること無くストーリーは進んでいきます。
そうすると中盤からグイグイ引き込まれ、終わってみればスゴイもの観させてもらったと大満足でした。
で、何がそんなに良かったかなんて私の拙い文章で表現できるはずもなく、そんなんでレビューなんか書くなよって話ですが、鑑賞後にしみじみR18+を観られる年齢で良かったと感じた映画でした。
ちなみに私は芸術性が高いとされる映画や作家性の強い映画(本作の監督が本作でオマージュしてると言ってるティム・バートン監督作品など)は苦手で、序盤はまさにそんな感じ満載でこりゃ失敗したと思ったんですが、映画の世界観とか出来事は観ているだけで全てわかり易く理解できるように作られており、エログロの表現が受け入れられないとかなければ、オトナにオススメのブッ飛びオモシロ映画だと思います。
異訳:フランケンシュタインの娘の成長物語。
本年の劇場鑑賞1本目は、コメディ部門でゴールデングローブ賞を獲得した本作。
すわ、アカデミー賞受賞も見据えられており、期待を込めて見てみよう、と。
ヒトの理性の外側の、好奇心。物体や事象への興味。
それらを「欲」というのであれば、この作品は、幼く、しかし幼さと矛盾したオカルトチックで純粋な「欲」にまみれた物語でした。
ああしかし。こんなものを140分も、いったい何を見せられているんだという感じは否めない。ずっとエロいし、グロいし。笑うといってもシニカルなそれ。日本人がうまく笑えない質のもの。スウィーニートッド見たときの感覚をちょっと思い出した。
要するに主人公ベラの行きて帰りし物語であり、充分に成長しきったヒトである私からすると、ベラが進歩したと言っても正直、見るべき学ぶべきものは無い。赤子が大人のカラダを借りて急成長しただけの話で。ここで、見る人により、この作品への評価は分かれそうな気がします。
こんなくだらない映画が映画賞を受賞するようでは、世も末とも思う自分がいる。もし主役を演じたのがエマ・ストーンでなかったとしたら、同じように評価できるのだろうかと。同じ作品を邦画でリメイクしたら大問題作と評価されそうだよな。
ただしかし、不思議と鑑賞後感は悪くないように思えてくる。ちょっとパリの時間が長すぎて、全体2時間くらいに収めてもよかったような気もするが(まああの娼館がベラの急成長の起点だから仕方ない?)、その割にはテンポは良く、話の面白さはあった。
また、身にまとう衣装や、SF×中世のような舞台の世界観、色彩、デザインはどれも素晴らしい。これは後々に残っていく高いレベルとおもう。きっと絵コンテも素晴らしいものに違いない。
うーん、なんなんだこの作品は。
要約してみると、、
ベラは、スラムに住む子どもたちを哀れと思う。性欲にまみれる男たちにも哀れみを感じる。自らを生物実験台とした悪魔のような生みの親を赦す。自らを思い慕う愛を受け入れる。そしてラストでは母の復讐を自らの業に沿った形で成し遂げる。さらに、医師を目指していくベラはきっと人助けのための医学者になるのであろう。主人公の筋道だけを抜き出してみると、まるでどうだ、こんなにも美しい物語ではないか!
エログロSFヘンテコ作品と切って捨てることの出来ない、この感覚がこの映画の不思議な魅力なのだろうか。
いやはや、今年は1作目から悩ましい作品に出会ってしまったものだ。出会ったことの後悔は、一切ない。
禁断の果実
Girls Just Want To Have Fun
息をのむほど美しいR18+
もう雲の造形と配色だけでご飯3杯いける。
2時間半画面に釘付け。美しすぎる映像。ただ美しいんじゃなくてアートとして至高。R18だけど美術系志望の高校生に見てほしい。十代でこうした作品に触れてほしい。私が十代でタルコフスキーに触れて人生変わったみたいに、ヨルゴス・ランティモスにもそんなパワーがある。
性をダイレクトに描いているところに説得力を感じる。ここらへんはこれまで社会的に隠されてきた題材だけど、重要なテーマ。
その人が性的に魅力的かってことは重要だよね。
性的に満足できるか、深い親密さを共有できるかってことも。
エロくて猟奇的な演出や画面の配色、衣装のデザイン。とても刺激的。
けっこうヤバい脚本。ギリアウトなプロットだと思う。
そして圧倒的な存在感のエマ・ストーン。
この作品に出会えて良かった。
【”解放。”哀れなるもの:女性の自立を認めずに自身の籠の中に閉じ込める者。今作は蘇った女性が様々な土地を旅する中、経験を積み再び赤子から大人に成長する過程を、壮麗な美術を背景に描き出した作品である。】
ー 冒頭、カラーで独りの青いドレスを身に纏った若き女性が川に身を投げる。理由は描かれないが、最後半に登場する彼女の夫である愚劣極まりない女性蔑視のアルフィー(クリストファー・アボット))の所業を見れば、理由は分かる。-
◆感想
・冒頭のシーンの後、画はモノクロになる。そこでは、ベラ(エマ・ストーン)と呼ばれる女性がゴッドウィン博士(ウィレム・デフォー)の邸宅で、赤子の様に振舞っている。
ー 冒頭、身を投げた女性に何が起こったかは、ゴッドウィン博士の台詞”死後硬直も起こしていない状況だったため”処置”は上手く行った。”で分かるが詳細は語られない。
だが、ショットで映される人間の頭を開き、その中の脳が見える絵の数々から推測できる。-
・ゴッドウィン博士はベラの面倒見も含め、マックス(ラミー・ユセフ)を助手として邸宅に住まわせる。
ー 因みにゴッドウィン博士の顔面はフランケンシュタインの様である。彼の言葉から察するに、彼の同じく外科医で社会の発展のために息子の身体で様々な実験をした父の行いらしい事が、推測できる。ー
・徐々に知恵がついて来たベラは外の世界を見る事を欲する。冒頭のシーンがそれを裏付けている。
そんな彼女に近づいた放蕩者の弁護士ダンカン(マーク・ラファロ)は彼女をロンドンからリスボンに連れ出す。そして二人は”熱烈ジャンプ””=セックスに耽溺し、ベラはエッグタルトの美味さに目覚めていく。
ー ベラが、徐々にダンカンの世界から自身の世界観、価値観を持って行く過程が巧く描かれている。因みにこのシーンからモノクロからカラーに戻る。
ヨルゴス・ランティモス監督の感性が光る部分でもある。-
・ベラは更に船上で老婦人のマーサと黒人青年ハリー(ジェロッド・カーマイケル)と出会い哲学や読書の魅力を学んでいくのである。
ー ベラが読書しているとその本を二度も、海へ投げ込む愚かしくも、面白き、ダンカンの姿。ダンカンの世界から離れ、知識を得て行くベラ。 ー
・アレクサンドリアでは、ベラは塔の上から地面を眺めると貧しき人たちが多数居る。彼女はその姿を見て涙し、ダンカンが賭けで勝った金を含め全財産を彼らに与える様に船員へ伝える。
ー 当然、ベラとダンカンは文無しになり、ダンカンは怒るのであるが、ベラは気にしない。この辺りから、ダンカンの人間としての底の浅さが鮮明になるのである。-
・パリで船から降ろされたベラとダンカン。雪が降る中、ダンカンは傘を指し何も出来ないが、好奇心旺盛なベラは宿探しに出る。出会った老女は娼館の主であり、ベラはそこで娼婦として働き始める。客一人30フラン。だが、彼女はそれを楽しみつつ娼館の売れっ子になるが、ダンカンは身を売った彼女に激怒し、別れる。
ー そして、知恵が更に付いたベラは、稼いだ金で医学を学ぶのである。ー
■余命僅かとなったゴッドウィン博士の事を書いた手紙が舞い込み、ベラはゴッドウィン博士の邸宅に戻る。
そして、婚約者だったマックスと結婚式を挙げようとするのだが、そこに現れたアルフィーと背後にこそこそ隠れている愚かしき男、ダンカン。
ベラはアルフィーの邸宅に戻るが、アルフィーの執事、お手伝いに対しての横柄な態度を見て、ベラは自身が身を投げた理由を思い出して行くのである。
そして、自分の本当の名がヴィクトリアである事も・・。
更には、自分の脳は自らのお腹にいた子供の脳である事も知った彼女。
逆に、彼女の自由奔放な姿を見たアルフィーは、彼女に睡眠薬を飲ませ彼女の股の間にある女性に取って性愛を感じるモノを切り取る事を画策するが、ベラはそれを耳にしてしまう。
そして、拳銃を向けるアルフィーに対し、ベラは決然と対峙し渡された睡眠薬入りの飲み物をアルフィーの顔にぶちまけるのである。
そのはずみでアルフィーは自らの足の甲に銃弾を撃ち込んでしまうのである。
<ラストシーンは実に実に爽快である。
ベラは、卒倒したアルフィーに睡眠ガスを吸わせ、或る手術を彼に行うのである。
そして、ベラは庭園で椅子に悠然と座る中、山羊の脳を頭に入れられたアルフィーは、庭の植物を山羊の恰好で漁っているのである。
今作は、女性の自由、自立を認めずに籠の中に閉じ込める者の愚かしさと共に、蘇った女性が様々な土地を旅する中、経験を積み再び赤子から大人に成長する過程を、壮麗な美術を背景に描き出した作品なのである。見事な作品である。
<2024年1月26日 劇場にて鑑賞>
<2024年1月29日 別劇場にて再鑑賞。>
・依って、勝手ながら評点4.0を4.5に変更致します。
類まれな名作
シュールレアリスムの世界で生の生命をエマ・ストーンが体当たりで演じる
アカデミー賞主演女優賞は本作エマ・ストーンの動の演技と
フラワームーンのリリー・グラッドストーンの静の演技の一騎打ちとなるが
甲乙つけがたくどちらかが獲れないのは誠に勿体ない話だ
如何にも英国製原作のよく練られた文学性の高い物語
エマ・ストーンの卓越した表現力と一つ一つ具体的に
丁寧に説明されて進行していくのでしっかりと観ていれば
置いてけぼりになる人はいないでしょう
冒頭で何故ベラが身を投げたのかが
明らかになる終盤は如何にも英国小説の醍醐味ですね
もう既にオスカー女優ですが
本作でついにリアル・ララ・ランドを実現しました
桁はずれの映像体験!
ヨルゴス・ランティモスの才気爆発
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