「ファンタジックな舞台美術とアートな衣装に圧倒される幻想のフェミニズム成長譚」哀れなるものたち ニコさんの映画レビュー(感想・評価)
ファンタジックな舞台美術とアートな衣装に圧倒される幻想のフェミニズム成長譚
とある時代の男性優位の風潮から、純粋さ故に空気を読まずはみ出してゆく、見た目は大人頭脳は子供の女性ベラの物語。
現実の女性が感じる自己認識と社会から求められる姿の齟齬や、成長のための格闘をフェミニズム的な視点でかなり戯画化して描いているように見えた。物語のテーマ自体はスタンダードだ。
舞台美術や衣装などで圧倒されるような独特の世界観が作り出されていて、アーティスティックで敷居の高い作品と思いきや、意外と分かりやすい話で、節々で結構笑えた。特に、遊び人の弁護士ダンカンがベラのド直球な振る舞いに翻弄されまくるくだりは、ところどころコントのようで面白かった。
ベラは「生まれた」瞬間から、世間の風習や常識に一切触れることなく、ゴッドウィンによる養育という特殊な環境下で育った。だから、欲望や感情の赴くままにふるまうし、セックスに関することにも恥じらいや罪悪感がない。最初は遊びのつもりでベラに近づいたダンカンが彼女の虜になってしまうのは、真に解放された人間の姿を彼女に見たからではないだろうか。それまでの彼は多分、自分こそが自由人と思っていただろう。その観念が、ベラによってくつがえされた。
ダンカンとの旅の中、ベラはさまざまに見聞を広めてゆく。客船で出会った老婦人マーサとの出会いで、まるで「アルジャーノンに花束を」のチャーリーのようにみるみる語彙が豊かになる。自分たちが旅する街のはるか下方に住む貧民と、赤ん坊の死体の山の存在を知り、ダンカンの金を勝手に彼らに恵んだことから、パリで彼と別れて自立のため娼館で働くことになる。
娼婦になったといっても、自分の体を粗末にしているような印象や、卑屈さといったものはベラにはない。彼女はもともと快感に貪欲だからか仕事に抵抗感がなく、客と人間同士の関係を築こうとし、「女性側が男性を選ぶ」システムを提案したりもする。選んだ道にポジティブに関わる姿勢がベラにはある。彼女の身体の使い方を決める権利は彼女自身のもので、他人に簡単に否定される筋合いはない。
やがて彼女は医学を学び、社会主義思想に傾倒する。資金を得てロンドンに戻り、マックスと結婚しようとしたところにやってきた元夫のブレシントンに一度はついていくが(なんでだよ)、女子割礼をされそうなことがわかって夫を撃退、彼の頭にヤギの脳みそをぶちこんでハッピーエンド(!?)。ベラになる前の彼女を自殺に追い込んだような男なので痛快なラストと言えるだろう。いや、ヤギがかわいそうかも。
エマ・ストーンが大熱演。シュールな設定、ファンタジックな風景やインテリア、華やかでアーティスティックな衣装に埋没することなく、ベラという強烈なキャラクターを演じ切った。
ベラが行く先々に広がる幻想的な風景は、ブダペストに作られた巨大セットで、一通りめぐると30分はかかるほどの広さだという。1930年代をベースにしつつ近未来的要素も混在し、細密なタッチの絵本を見ているようなわくわく感があった。
衣装もとにかくお洒落。ベラの衣装に共通する特徴である強調されたパフスリーブで、ベラの非現実的な存在感や個性を際立たせている。
今年のアカデミー賞ノミネート作品は、美術賞と衣装デザイン賞の候補が丸かぶりしている。本作以外の候補は、「バービー」「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」「オッペンハイマー」「ナポレオン」。未鑑賞の「オッペンハイマー」を除けば、個人的には本作のセンスが一番好きなので贔屓目で賞レースを見守りたい。
こんにちは
ベラの考察、おっしゃるとおりと思いました。なんだかんだ言っても、ゴッドに愛され、大事にされて育っており、卑屈さがないので娼婦やってても惨めに見えないです。「仕事」として積極的なカイゼンも提案したりして。
「やぎがかわいそうかも」爆笑しました。