「フィクションだから、泣いては駄目 と思うよ。泣く所ないけど。」あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。 マサシさんの映画レビュー(感想・評価)
フィクションだから、泣いては駄目 と思うよ。泣く所ないけど。
特攻隊員が国からの強制で犠牲になった事は大いに認めたい。4000人もの戦死者が出た。だがしかし、
非戦闘員である一般市民の犠牲者は、その200倍の80万人もいたのである。特攻隊員は『自分達の家族の幸せの為に犠牲になる』と言って、敵艦隊に無謀に突っ込んだ。その行動とは矛盾する結果になっている。
つまり、ただの犬死にだったのだ。
また、アメリカ軍兵士は7000人の犠牲者が出ている。勿論、死に様(都合)は、日米それぞれ違うが、日米両軍の若者にとってはどちらも戦死であり、犬死には変わりない。そう、同じようにアメリカ本国では、泣いた妻や恋人がいた事であろう。
さて、この主人公の場合、どうすべきか?
1945年 6月14日である。アレレ!
2ヶ月我慢すれば戦争は終わる。
彼女はもう少し日本史を勉強すべきだと思うね。
彼が愛する者になるなら、騒がずに冷静に平和を願う叡智で、彼だけでも救うべきだろう。
主人公の言葉『生きる事を恥ずかしいなんて言わないで』をプラ◯75の演出家に送りたい。あと、75歳まで8年だからね。生きている事が恥ずかしいなんて微塵にも思わないが。
こんな特攻隊で死ねなかった教師が沢山いた。そう言う人達に僕達は何故か英語を教わった。発音のへたくそな英語をね。
でも、なんで
『8月15日に戦争は終わるのよ』ってもっともっと真剣に言えないかなぁ???
タイムリープでこの時代に来た意味を少しも不思議がっていない。出鱈目ながら、論理的に考えれば、自分の役目が、愛する人と出会って、その人を窮地から救う為にこの時代に来たと考えるだろう。死なせてしまっては全くの無駄な時間潰し。夢を映画にするな。
同調圧力、全体主義の中で一人だけ声を上げたところで、聞いてくれる人はいなかったのではないでしょうか。ましてや日本が負けると言うと迫害にあいますし、そういうところは上手く描写出来ていたと思います。