「良かったし勇気を貰えるけど主人公は元から恵まれた環境にいた人」グランツーリスモ かおるさんの映画レビュー(感想・評価)
良かったし勇気を貰えるけど主人公は元から恵まれた環境にいた人
『フォードVSフェラーリ』にとても感動して大好きだったので、本作にも期待して観てみました。
映像はきれいで、演技も良かったので、鑑賞中は引き込まれました。しかし、fvfの方が段違いに名作でした。
1. 苦労していない若者が主人公なので共感しにくい
2. ゲーム感のある映像なのでレースの厳しさが伝わりにくい
3. メカニックの人たちとの関わりが薄い
5. ゲームをして来て身体を鍛えて来なかった人が感じる苦労が伝わりにくい
6. 演出が軽薄で切り替わりが速かったり重要なシーンが抜けていたりして感動しにくい
主人公とその彼女に好感を抱きにくかったです。役者のせいではなく、脚本の人物造形が浅い気がしました。ただ、企画長のムーアやチーフエンジニアのジャックや主人公の父親は、些細な仕草や表情からも人物の奥深さが感じられる演技をしていたので、やはり役者としての技量にもよるのだと思います。
本作は、主人公の環境が恵まれているので、サクセスストーリーとしては実は貧しい者が成功する話ではなくエリートが超エリートになるという話です。
つまり、荷を引く馬がサラブレッドと競走する話ではなく、サラブレッドが競走馬になる話だということです。
主人公の父は息子に「好きなことを仕事にしろ」と言ってくれる、多くの子どもが望んでも得られないような素晴らしい親です。その上、彼は元プロサッカー選手なので、その血を息子たちも受け継ぎ、運動神経や体格に恵まれています。
母は優しくて愛情深い人です。ヒステリックに怒ることなどなく、常に息子を励まし応援します。
この両親は、ゲーム機を買うために非正規で働いている息子の将来を思って、大学に戻っていいよと言ってくれています。それだけの経済力と精神力の高い素晴らしい両親に育てられているのです。これだけでもう世間一般から見れば英才教育を受けたエリートです。
そもそも大学進学に猛反対し、子どもに中卒や高卒で働くことを強要する親も多いし、一度でも大学に失敗したらすぐに非正規でも何でもいいからとにかく働いて稼げ、二度と大学へは行くな、自費でも許さない、夢を追うなどもう遅い!!!!と子どもに言う親もいるのに、あまりにも恵まれ過ぎです。もし失敗しても親に大学に行かせてもらえる道が用意されているのですから。
だから、こき使われている馬車馬が艱難辛苦を経てレースに出る話ではなく、競走馬排出歴のある良質な農場で生まれたサラブレッドの血筋を持つ者がレースに出る話だということなのです。
主人公には元から彼女候補がいて、彼女に会いたくて父の車を無断で使って夜中に出掛けて友人と遊び、その帰りにパトカーから逃走する為に街を危険運転するという悪事も働いてもお咎めなしです。
もっと真面目に生活し勤勉に働き他者のために奉仕している若者に成功して欲しいです。
でも仕方ないのでしょう。
もう今の時代は、自己犠牲などせず親の言うことも聞かず自分の好きなことだけやる人間が旨味を得る世の中になったのでしょう。
主人公の弟は特に嫌な人でした。サッカーはうまいのですが、ウェイターについて職業差別をし、兄がくすぶっている内は兄のことをバカにしています。
これを見ていて、子どもに勤労の尊さや他者への奉仕の大切さは教えず好きなことだけさせる育て方も考えものだと思いました。
どんなにサッカーがうまくても、職業差別をしたり兄を馬鹿にする人間は最低です。
私は本作を楽しみました。プロジェクトを立ち上げる人たちの実行力にも感銘を受けたし、恐れを乗り越えてレースを戦ったレーサーたちは凄いと思います。でも、全て、出発点で経済的に恵まれたエリートの状態から始まっているのです。人生で最も難しいのは、高校や大学に行くお金の工面という苦労です。それに伴う苦労は、親による進学反対と労働強制です。それらの苦労を経験して乗り越えていない人たちが成功しているだけなのです。
沢山映画を見て来ましたが、もうこういうエリートが成功する話にはお腹一杯です。最初の時点で恵まれている自覚が無いし、スポーツ選手が庶民に夢を与えるというのも詭弁だと思います。
私は恵まれずに非正規労働者として勤勉に働いて来た人が成功する姿を見たいです。でもそのような物語は無いので、自分で実現するためにリアルの世界で頑張ろうと思います。もう誰かを応援することはありません。自分のことを応援します。