「ありふれた日常の中から、美しさや些細な幸せを見出だして、PERFECTな一日一日を」PERFECT DAYS 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
ありふれた日常の中から、美しさや些細な幸せを見出だして、PERFECTな一日一日を
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
さて、2024年一本目。
本当は昨年中に観ようと思っていたのですが、仕事や休みは年末年始の雑務などで都合が付かず。正月休みにゆっくり観ようかと。
元日劇場は久しぶり。小さい頃は元日劇場は毎年恒例でした。(平成ゴジラvsシリーズなんかを)
昨夜は紅白などを見て(ポケビ&ブラピが良かった!)少し夜更かししましたが、頑張って早起きして正月の気分を感じつつ、隣町の映画館まで行ってきました。
静かながらもしみじみ染み入る“日本映画”の作風が正月にぴったりでした。
日本人が撮ってこその日本映画。それは勿論。
しかし時に、外国人が撮って改めて知る日本もある。例えば、リドリー・スコットが『ブラック・レイン』で撮った大阪のネオンギラギラのインパクトなんて、日本人だったら普通撮らないだろう。
本作は外国人から見た異色の日本ではなく、日本のありふれた光景や日常を美しく浮かび上がらせる。まるで小津安二郎監督のように。
それもその筈。本作の監督は、ヴィム・ヴェンダース。
言わずと知れたドイツの名匠。日本映画に造詣が深く、殊に小津敬愛者。
そんなドイツ人監督が描く、日本。
これが何の違和感もないほどの日本映画になっている。周りの日本人スタッフのバックアップもあっただろうが。
異国の街の片隅の、一人の男の日々の営みを見事描いている。
独り身の中年男性、平山。
朝早く起床。綺麗に布団を畳む。
歯磨き、髭剃り。植物に水をやる。
出勤の準備。着替え、用具、決められた所に置いた鍵や小銭を持って。
二階建ての古いアパート。目の前の自動販売機から缶コーヒーを一本買って飲んでから、車を走らす。
車内では必ずカセットで主に洋楽の懐メロを流す。
仕事はトイレ清掃員。東京都内の公衆トイレを幾つか周り、綺麗にする。
仕事ぶりは言わずもがな。実直、真面目、几帳面。便座の裏とか縁の陰とかウォシュレットのノズルとか、そんな所まで!?…って所まで丁寧に磨く。
黙々と。一切無駄がない。
仕事ぶりから分かるように、寡黙。無口。
でも、頑固で気難しい性格ではないようだ。
トイレに一人でいた子供に声を掛ける。ちなみに平山の第一声はこのシーン。その優しさにじんわりした。
トイレの使い方が分からない外国人に仕草で教える。
一方的に喋る若い後輩とも全く会話はないが、慕われてはいるようだ。柄本時生が演じるこのいい加減な青年が絶妙なウザさ。
昼休憩。コンビニで主にサンドイッチ。
仕事は夕方前には終わり、家に帰ると今度は自転車で近くの銭湯へ。
その帰り。駅地下商店街の古びた居酒屋でいつもの。
夜。就寝前に読書。
こうして一日が終わり、また一日が始まる。巻き戻したような同じ一日が。
端から見れば、何と特色も楽しみも面白味もない平淡過ぎる毎日。
休みの日も決まっている。行く所は、写真屋~古本屋~コインランドリー~行きつけの飲み屋。美人ママが“平等に”相手してくれる。
でも私、この平山さんの日常が分かる気がする。
自分の決めた日々のルーティンを崩したくない。違う事すると、何かちょっと調子が狂う…。
私もほぼ決まったルーティン。日々の仕事、休みの日の過ごし方(映画鑑賞)。たまの発散も時にはあるけど、基本変わらない。
平山さんも趣味はある。読書。カセット。カメラ。昼休憩の時、よく木々を撮る。苗木なんかを持ち帰り、育てる。
外国のありふれた日常がどんなものか分からないが(それともあまり変わりはない…?)、日本や日本人の…と言うより、誰の身にも置き換えられる人一人の何気ない日常。
その決め細やかさが秀逸。
それを体現したのは、言うまでもない。日本が世界に誇る名優。
本当に役所広司には、いつもいつも驚かされる。一体、幾つ引き出しを持っているのか。
数々の名作での名演。シリアスや自然体含め。
三谷作品なんかでは真面目そうな雰囲気が生み出す抜群のユーモア。
ダークな役だって。『孤狼の血』での荒々しさ、激しさ。
個人的近年ベストは『すばらしき世界』。
アニメ映画の声優も上手く、昨年は話題になったTVドラマ『VIVANT』で圧倒的存在感。
しかしそこにもう一つ、代表作と名演が加わった。
まるで役所広司に当て書きされたような平山という男。
本当に人柄や性格が滲み出る。と言うかこれは、役所広司のドキュメンタリーを見ているのか…?
本作での役所広司の台詞量はどれくらいだったろう。だが演技は、台詞を覚えて喋るより仕草一つ表情一つの表現の方が難しいと聞く。
あのラストシーンを始め、役所広司は本作で、演技をすると言うより、人一人を生きるという事を魅せてくれた。
トイレ清掃員という仕事への着眼点。
何でもヴェンダースが日本に来て、日本のトイレの素晴らしさ、心を込めて綺麗にする清掃員に感嘆したとか。
日々、当たり前のように使う日本人の我々こそ気付くべき。
印象的なシーンも。トイレに一人でいた子供とのエピソード。すぐ母親が来て、“トイレ清掃員”と握っていた子供の手を拭き、礼も言わない。トイレ清掃員って、こんなにも“汚い”と思われているのか…?
そんな私はどうだ? トイレのみならず清掃員やバキュームカーとか。職業差別ではないが、ハッとさせられる描写だった。
でも、親切にされた子供は忘れない。手を振る。優しきその人も笑みを浮かべて手を振り返す。
にしても、東京の公衆トイレには驚き!
お洒落な内装。極め付けは、普段はスケルトンだが入ってドアを閉めて鍵を掛けると中が見えなくなるあのトイレ…! 本当にあるんですか…?
トイレだけじゃない。我々が気付かぬ日本、東京という街の美しさ。
そびえ立つスカイツリー、橋やマンション街、その夜景。
その一方、住宅街や路地裏。昔から変わらぬ風景が今も残っている。
そんな大都会にもある自然。
すぐ身近に、こんなにも美しい風景がある。
やっぱり日本人の我々が気付かないだけで、外国人から見たら日本って美しいんだなぁ…。
気付かせてくれて、ありがとうございます、ヴェンダース監督!
私も住んでる周りから見つけてみよう。
美しいのは風景だけじゃない。
美徳。心。
平山さんの人となり。
ウザい後輩だが、知能障害の幼馴染みへのナチュラルな接し。
平山さんの微笑みが語っている。案外いい奴じゃないか。
その後輩がモーション掛けている若い女性。見た目は今時ながら、カセットからの音楽を気に入る。ちゃんと平山に返す。
馴染みの店、顔馴染みの人たちとの何気ない交流。
ある時姪っ子が転がり込んでくる。何か訳あり…。やがておじと過ごす内に…。
○✕ゲーム。
終盤、ある人物と影踏み。中年男二人で子供のように。
それら一つ一つが静かに心に響く。
まるで平淡な日常から些細な幸せを見出だすかのように、私もこの作品から些細ながらも温かい幸せを見出だしていた。
本当に人生はそうだ。
私にだって欲はある。宝くじが当たって、いい家に引っ越して、豪華な旅行して、美味しいものを食べて、悠々自適に暮らしたい…。
その一方、今のこの平淡な日常から些細な幸せを感じる時も。
それが感じられた時、しみじみと充実や満足が心や身体を包み込む。
人間って不思議。両極端の望みや幸せがあるのに…。
どちらが本当に幸せか…? それはその人だけの感じ方。
見てて、『男はつらいよ』の中からのある台詞が自然と浮かんだ。
ああ、生きてて良かったなぁ…と思う事何べんもあるだろ。その為に生きてるんじゃないか。
平山さんにだって不満や悲しみや切なさある筈だ。
私にだって。皆さんにだって。
こんな日の当たらない陰みたいな人生…。
本作、陰/影が印象的な描写を残す。
平山さんはトイレの“陰”まで綺麗に清掃する。
小説の中の“陰”という言葉。
よく夢で見る幻影。
影踏み。
陰が薄いとか、存在感がないなんて言葉がある。
断じてそんな事はない。
私たちは一人一人、存在している。生きている。光と陰を持って。
変わらぬ毎日…? いや少なからず、毎日何かが違う。
だから毎日毎日が美しい。
その一つ一つ、一コマ一コマ。
一瞬一瞬の美しさ。木漏れ日のように。
新年一発目、いい映画を見た。これも幸せ。
是非とも、米アカデミー賞(国際長編映画賞や願わくば役所広司の主演男優賞)にノミネートされて欲しい。
私や皆々様にとって、2024年が一日一日、“PERFECT DAYS”になりますよう。“PERFECT YEAR”になりますよう。
追記。
…と思っていたら、新年早々大地震が…。
東日本大震災以来の地震、津波、惨状に衝撃…。
命だけ充分守って下さい!
みかずきです
主人公が清貧生活をしているのは、
父親との壮絶な確執から解放されるためだと感じました。
しかし、人は人との絆を糧にして生きていくものなので、
主人公も、濃密な人間関係を築けるようになった時、
本当に豊かな人生を過ごせるのだと感じました。
では、また共感作で
ー以上ー