「冬を乗り切るため嫌な男がしゃべり続ける198分」二つの季節しかない村 かみさんの映画レビュー(感想・評価)
冬を乗り切るため嫌な男がしゃべり続ける198分
僻地の雪国で美術を教える男性教師が主人公。田舎の学校での教育に閉塞感を覚えているが、大人びた美少女を心のよりどころにしており、少女にお土産として鏡をこっそり渡したりする。ところが持ち物検査で少女の鏡やラブレターが見つかってしまい、それを機に2人の仲は破綻する。
ここまでは、「田舎の子どもと教師の美しくもはかない交流」に見えなくもない。だが、ここから先は主人公がエゴのままに暴走。教育委員会のようなところに叱られた怒りを当の少女に授業中にぶつけてみたり。別の女性教師と自分の友人との仲を取り持つのだが、2人が仲良くなると間に入って女性教師を寝取ったり。
こんな主人公をどこか嫌いになれないのは、ストーリーではなく、しんしんと雪が降る中で続けられる「おしゃべり」がこの映画の主役だからだろう。不自由な冬の生活のなかで退屈を紛らわせるためか、寒さを和らげるためか、登場人物たちは実によくしゃべる。
その会話は全然かみ合わず、この映画で議論される中身に決着がつくことはない。むしろ、しゃべり続けることでどうにか人はつながっていけるのだ。その意味では、人間嫌いのくせにどんな会話にも絡んでいく男性教師こそ、この村の精神を体現しているといえる。
雪が解け夏がやってくると、任期が終えて男性教師は村を去る。男性教師は長いモノローグで映画を締めくくる。驚いたことに、「教師として美少女に手を差し伸べたのに裏切られた」と嘆いてみせるのだ(あなたの悪人ぶりはとっくに明らかになったのに、まだそれを言いますか!)。
そして長い雪の季節には善悪の基準も曖昧になる、などと真理を突く言葉も吐き出される。確かに、切り取りようによってはこの映画も教師の孤独、子どもへの愛情、真剣な恋を描いているのかもしれない。ただ、こんなふうに言葉で言わなければ余韻が残る作品だっただろう。最後までしゃべり続ける教師の手前勝手さに拍手したくなった。