劇場公開日 2024年10月11日

「どんなに擦り切れた希望でもないよりあった方がいい」二つの季節しかない村 talismanさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5どんなに擦り切れた希望でもないよりあった方がいい

2024年10月11日
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鑑賞方法:映画館

怖い

知的

真っ白でどこまでも続く雪に覆われた平らな大地。そこを歩く人間も鉄塔もオモチャみたいにとても小さい。こんな自然の中では人間も人間が作ったものもあまりに小さいので無意味なものに見える。それが、職員室であろうと教室であろうと人間の群れの中に入り込んだ途端にどこにでもある世界が繰り広げられる。傲慢、噂話、贔屓、嫉妬、見栄、憧れ、信頼、家庭の問題、貧富、「都市と農村」の構図。

主人公のサメットは利己的で独りよがりで人の話を自分の都合のいいようにとり、ずるくて自分が一番偉いと思って他人を見下す男、そして突然大声で怒鳴り物を投げつける、一番嫌いなタイプだ。でもその人間性のどれかは自分の中にもあるかも知れないと思い始めると今度は自分の心がざわつき不穏な気持ちに襲われる。

映画の冒頭や中頃に流れるのはヴェルディのオペラ「ラ・トラヴィアータ」、ヴィオレッタが一人悲しく絶望の中で歌うアリアのピアノ曲だ。そのメロディーはヌライの美しさ、賢さ、悲しさ、夢、苦しみそのものだった。ヌライとサメットのやりとりは行動する理想論者と言葉だけの現実肯定かつ逃避者のあれかこれか議論。迫力はあったが感情や心が伴っていなかった。「擦り切れた希望」の一言で討論は終わり欠けていたエモーショナルな側面を迎える。冬と夏しかない大地があれかこれかという思考形式を作っている訳ではないだろう。世界中がそうなっているのだから。

サメットがスマホやカメラで撮影したという設定の写真映像は、映画映像よりずっと多くを語り豊穣で逞しい人間を映し出していたことに皮肉を感じた。ヌライの家の場面でいきなり映画セットが置かれたスタジオ空間にサメットが入りまた映画空間に戻り入り込むシーンは面白かった。これは嘘と虚の世界なんだよ、と観客の嫌悪感や感情移入を拒み落ち着かせてくれるための効果なんだろうか。だからか、若い聡明なサヴィムの未来には希望があるようにと素直に祈ることができた。

talisman
Mさんのコメント
2024年11月1日

確かに写真よかったですね。このレビューを読んで思い出しました。

M
レントさんのコメント
2024年10月24日

「ジョイランド」はおすすめですよ。さすがよい作品をいつも選ばれてますよね。

レント
レントさんのコメント
2024年10月24日

やはり的を射たレビュー書かれるのはさすがですね。

レント
Bacchusさんのコメント
2024年10月12日

小さかったですよね。
14歳に負けてました
(^_^;)

Bacchus
Yumさんのコメント
2024年10月12日

ルームメイトの彼は優しい人でしたね泣。被写体に彼を選んだところ、激しく同意です。

Yum
Yumさんのコメント
2024年10月12日

こんばんは✩︎⡱私もスタジオ空間に出入りしたシーンが何だったのか、自分の見間違いだったのかずっとハテナが頭の上にいました笑。面白かったですね。

Yum
オプンチアさんのコメント
2024年10月12日

長尺で、義足のヌライが男を受け入れる心の揺らぎを描いたのに、ラストでサメットが吐露したのはサディムへの想いだけだ。情事や同僚の嫉妬など些末時にすぎず、ゴミ溜めの境遇の中でかろうじて彼を癒したのは彼女だけなのだとでも言うように。
担任クラスの女子生徒に惚れて、彼女が死ぬまでその消息を追い続けた島崎藤村を思い出す。
ポスターも女優賞を取ったヌライ役ではなくセディムの顔だけというのも物語を膨らませ、集客効果ありと思うのだが。

オプンチア