劇場公開日 2024年2月23日

「夫婦の愛と信頼が崩れ落ちるさまが、裁判の過程で解き明かされていく傑作サスペンス」落下の解剖学 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5夫婦の愛と信頼が崩れ落ちるさまが、裁判の過程で解き明かされていく傑作サスペンス

2024年2月25日
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鑑賞方法:試写会

悲しい

知的

転落事故か投身自殺か、それとも殺人か。自宅山荘の窓の下で、夫で父親のサミュエルが不審死を遂げ、その妻で小説家のサンドラ(ザンドラ・ヒュラー)が殺人罪で起訴される。

法廷での証言や証拠で家族のこれまでが次第に明らかになる。作家として成功した妻と、教師の仕事をしながら作家の夢を捨てきれない夫。サミュエルは息子ダニエルが事故で視覚障害になったことの責任を感じ続け、山荘を宿泊施設にリフォームする目論見もうまくいかず、精神的に不安定になることもあった。

“解剖学”というと学問の語感が強くなるが、フランス語の原題Anatomie d'une chute、英題はAnatomy of a Fallはいずれもニュアンス的には「落下(転落)の解剖」が妥当だろう。第一義はもちろんサミュエルを死に至らしめた転落の真相を裁判で解き明かすことにある。だがそれだけでなく、愛と信頼で築かれていたはずの夫婦の関係が、社会的成功の差、家事育児の負担、息子が抱える障害などさまざまな要因によって崩れ落ちていったさまが裁判を通じてあらわになることも示唆するダブルミーニングになっている。

1978年に東ドイツで生まれたザンドラ・ヒュラーは、国際的な知名度を高めたドイツ・オーストリア合作「ありがとう、トニ・エルドマン」(2016)で、変人の父親に翻弄される真面目で少し不器用なキャリアウーマンを愛らしく体現。打って変わって本作では、複雑で陰のある主人公を繊細に演じ切った。昨年のカンヌ国際映画祭ではフランス製作の本作が最高賞パルムドール、さらにキャストの2番手にクレジットされた米英ポーランド合作「関心領域」(日本では5月24日公開予定)も第2席のグランプリを受賞するなど、国際派女優としての円熟期を迎えつつある。5部門にノミネートされた今年のアカデミー賞の結果も楽しみだ。

法廷物の形式であるがゆえ当然ながら裁定は下されるが、揺るぎない真実が明らかになってすっきり解決、という映画ではない。むしろ解釈の揺らぎや余白を観客側が想像で補うタイプの作品であり、いつまでも落ち続けているような、落ち着かない“もやもや”を堪能していただければと思う。

高森 郁哉