「ベン・フォスターの男臭さ」アウシュヴィッツの生還者 カールⅢ世さんの映画レビュー(感想・評価)
ベン・フォスターの男臭さ
ベン・フォスターは地味だけど強烈な男臭さを感じさせてくれる俳優。共演する女優さんも引き立つ。
激ヤセと激太りの役作り。ストイックな俳優根性にも脱帽。ベン・フォスターをはじめて認知したのはフランスの女優兼監督のメラニー・ロランが撮ったガルヴェストン。ベン・フォスターの男臭さに惚れた。エル・ファニングはベン・フォスターの男臭い自己犠牲のお陰でまばゆいほどに耀いていた。
にしても、これがハフトの息子が出した本が原作の実話とは。
ナチの将校たちのゲス加減が半端ない。これはボクシングではない。
ホロコーストのユダヤ人は好きで減量してるわけではない。痩せこけた彼らを無理やり戦わせ、負けた方を銃殺して見せしめにする。人間の尊厳をこれほどまでに貶めることができることに驚いた。
かつてコロセウムを建造し、殺しあいや虐殺を見世物にしたヨーロッパ人にとってはこの状況はさほどでもないのだろうか?
配給されたタバコを食糧と交換し、同胞を犠牲にして生き残った主人公の罪悪感とフラッシュバックとの戦いに明けくれた人生の過酷さは想像にあまりある。ただただ恋人レアに生きてもう一度会いたいという一途な信念は執念という他はない。
情報手段として新聞と雑誌しかなかった時代にボクサーで名を上げれば、レアが気づいてくれるかもしれないという一縷の望みに賭け続けたハフト。
彼を利用してひと儲けしようとしか考えていない男たちのなか、強制収容所のユダヤ人の消息を調査する機関の女性ミリアムに支えられ、その好意に答えようとしながらも、PTSDに苦しめられ、うまくいかないシーンはナチの将校たちの遊び感覚で行われた褒美の酷さにゾッとした。
プロボクサーのボクシング映画として試合映像はいまいちだったが、あれほど激ヤセしたのだから、そのうえ、ボクシング練習も充分にするのは無理だろう。
エリザベート1878ではおてんばで自己中心的だったヴィッキー・クリープスが演じた控え目だけど芯の強い女性ミリアム。ハフトの突然の旅行計画を不審に感じる。レアに会って帰って来たハフトとミリアムのふたりを背後から撮ったビーチのカットはなんとも言えない。
父親から戦争中の出来事を聴かされたハフトの息子の立場になってみると、とても自分だけの胸に閉まっておくのは辛すぎたのかもしれない。
ナチに関する映画は何年経っても繰り返しいくつも制作される。人体実験データ収集が主たる目的だった原爆投下も同じく人間が行った蛮行なのだが、圧倒的に映画作品は少ない。被爆者の口頭伝承にはおのずと限界がある。巨額の制作費がかかるだろうが、記録映像や被曝データを解析し、独自の視点から世界に訴えることができる映像作品を作ってもらいたい。