劇場公開日 2023年6月9日

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「夢の果て」逃げきれた夢 平野レミゼラブルさんの映画レビュー(感想・評価)

3.0夢の果て

2023年6月13日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

笑える

難しい

寝られる

認知症にかかった北九州の定時制の教頭が、家族や周りの人間との関係を見つめ直し、勝手に納得するだけの本当に何気ない、何でもない映画。でも、だからこそ名バイプレイヤー光石研の本意気が観ることができ、もう今更抱える夢もなく何の発展もない人間の末路が切なくも可笑しい。

ドラマ性は一切ないです。なんせ光石研演じる末永周平はこれまでナアナアに生きてきて、そしてそのナアナアの結果を享受してきたんですから。今更その状況が変わることもなければ、誰かに多大な影響を与えられるわけもない。
そんな人生からのんべんくらりと逃げてきた大多数の人間を主人公に据えているわけです。

家族にも病気を切り出せない、職場でも事なかれ主義、でも特別な何かをやろうとして空回り、そして元教え子の女の子との対話を通して何かを見出す流れは、最近リメイクもあった傑作『生きる』のようではあります。
ただ、最終的に公園を造って何かを成した『生きる』の渡邊とは違い、周平にはやはり何もないのです。元教え子とは対話を通じてお互いに何かを得たようではありますが、人生に特に明確にプラスになるようなもんじゃない。
発展性がないどころか、もうあとは本当に忘れていくだけの人間がここに来て劇的に変わる筈はなく、そういう意味ではわかりやすく啓示を得て逝けた『生きる』よりも過酷で悲惨な状況かもしれません。

周平はそんな考えようによってはかなり絶望的な状況の中、何かを残そうと必死に足掻いていきます。施設で1日呆けてるだけの父親を見舞ったり、これまで気のない感じだった教え子に親身になって歩み寄ろうとしたり、冷え切った関係の妻や娘とコミュニケーションを取ろうとしたり、幼馴染の悪友に会いにいったり。
でも、こんな何でもないような交流ですら、当の自分が何も成さない人間であるが故に全て空回りしてしまいます。それも盛大に失敗するとかでもないんですよ。可もなく不可もなく。何となく気まずいくらいの絶妙な空気にして終わり。

周平のキャラクターもそんな感じに、可もなければ不可もない。教頭というそれなりの立場ではあるけどトップではないし、もう教壇に立つこともない中間管理職という立場そのままです。
別に対人関係に問題があるわけではないんですが人間関係は表面上だけですし、悪い人ではないんですが居酒屋の若い女の子に「彼氏いるの?」とか悪気なく聞く無自覚なセクハラしちゃってるような感じ。この良くも悪くも「普通の親父」っぷりが絶妙です。
例えば周平が近所にいて、何か事件に巻き込まれてインタビューで印象聞かれたとしたら「普通にいい人でしたよ」って答えちゃうようなあの感じ。そんな本当の本当に凡人だからこそ、周平の焦燥感が余計に身に沁みて、なんか観ていて滑稽なような、居た堪れなくなるような奇妙な気持ちになります。

その真骨頂が周平が家族の前でこれまで教員職をずっとやってきたことを語り尽くし「もっとご苦労様と労ってほしい」と吐露する場面。かと思えば床にそのまま座り込み「ただ金を家に入れとっただけの人間だったのに、ご苦労様っち言えとか。求めたらいけんよな…」と急に反省する。
妻からも「あなたってそういう人だったっけ?」と言われる程に切羽詰まったような、どこかバグっちゃったかのような挙動なんですが、このとてつもなく情けない光石研の演技が傑作。
何かを成そうとして何も成せなかった人間が、何かを成そうとして必死になったからこその叫びだと思います。超情けなくはあるんですが、でも何か普通の人の心からの訴えっぽいんですよね。光石研はそれを劇的に演じるわけではなく、あくまで普通に演じきっています。名バイプレイヤーの演技の極み。

この辺りの流れ、作中でホームに入っている父親(演じるのが特に役者でもない光石研の実父というのが面白いキャスティング)に小学生の時の授業参観の思い出を語るシーンが関連しているように感じます。周平が言うに、父親は堅物でそういうことをするキャラではなかったのに、何故かその時だけ担任の先生のモノマネをして皆を笑わせていたというのです。
周平の母親は病弱で高校生の時には既に亡くなっており、そしてその授業参観の際も病気で寝込んでいたため父親が代わりに来ていた…とのことですが、多分その時の父親も母親代わりとして何かを成そうとして必死になっていたんだと思うんですよね。その結果がたった1回限りの奇妙な行動であり、そしてそれと同じことを周平も家族の前で晒すことになったのです。

そんな堅物の父親から“逃げきって”大学に入る“夢”を叶えた……『逃げきれた夢』の果てにいるのが現在の周平なわけで、あれ?俺の人生って本当に恵まれているの?って自問自答に行き着いてしまうという。
こう書くと恐ろしく世知辛くて怖い映画なんですが、別に観ている分にはそこまで絶望感はないんですよね。だって良くも悪くも周平は普通なんで。普通に行き着く先まで来たってだけなんですよ。

まあ正直面白い映画ではないです。
作中でも教え子に指摘されてたけど、所詮人間は「他人の人生に興味持たないでしょ」なんで。この普通のオッサンに何か興味があるかっつーと、俺も「別に…」ですからね。
ただ、このオッサンが将来の俺だってのは確かにあって、そして停滞と諦念の絶望ってのは年齢如何に関係なく漂っている……というのは、元教え子との喫茶店での対話からも伝わってきます。

個人的には『aftersun/アフターサン』と同じ枠の映画ですね。極々ありふれた日常の中から、このどうしようもなくなった部分を切り取っていく感性の鋭さとか感心する部分はあるし、それはもしかしたら凄いことなのかもしれないけれど、別に自分の好みでは全然ないという。会話の間の長さとかも自然体なんだけど、どうしても平坦ではある。
ただ、光石研や松重豊といった名バイプレイヤーの熟練の演技の深みが見られる分、こっちのがもうちょい好きって言える感じではありますかね。

平野レミゼラブル
トミーさんのコメント
2023年7月20日

そうかなあ? 一生懸命仕事してたと思いますけどね、お父さんもちゃんと見舞って。
「生きる」のように何も為して無いと言うより、自分の許容範囲を超えてあわあわ、妻子に醜態を見せて、少し落ち着いた・・位に見えました。

トミー