「教頭として、父として、男として」逃げきれた夢 にーやまんさんの映画レビュー(感想・評価)
教頭として、父として、男として
「男とは…」カッコつけたい生き物である。
捨て切れない、捨てられない男の見苦しいプライドが病気という一つのきっかけを通して露呈されていく姿をリアルに感じた。
少年時代の自由さにいつまでも憧れ、武勇伝となっている。教師として向き合おうとする姿と経験から分かっている子どもの姿。しかし、本質まで突っ込んでいく気力はもう見えない。
当たり障りもない「都合のいい人」を演じるようにいつのまにかなってしまったのだろうか。
授業中の見回りで聞こえる夏目漱石の「こころ」の一節。これから周平が追い詰められていく無意識の描写に聞こえる。
妻との関係は冷えている。娘との関係はきっと自分が勝手に冷えていると思い込んでいる。
自分自身にきっと自信がないのだろう。教師としても父としても自分を出さずにここまできたのだろう。
弱さを隠してきた蓄積が今のリアクションにつながる。
妻へのプロポーズの言葉や娘の喜んだ幼少期は鮮明に覚えているのに。
無意識の苦しさが吐き出されている。
溢れ出した苦しさは旧友に会うことで紛らわそうとする。でも、結局出せるのは昔の武勇伝。そして旧友には見透かされる小さなプライド。
卒業生には教師であった姿と身内には見せられない小さなプライドを披露する。旧友にも家族にも見せられない小さな小さなカッコつけだ。それも卒業生に見透かされ、最後、やっと等身大の嘘のない素直な言葉で終わりを告げる。
人間には立場や場所によって顔が違う。どれも本当の自分なのにどれも少しずつ違和感がある。その違和感の積み重ねがバレてしまった。見つめざるを得なくなってしまった。
自分はどうだろうか。子供には、妻にはどこまで見せていいのだろうか。見せなくてはならないのだろうか。明日も同じように責任を背負って生きていく。その中での違和感はどうしたら良いのか。
自分の残りの人生を考えさせられるお話しでした。
次の作品にも期待しています。