「逆説的ですが白石和彌らしからぬ人情噺が実に沁みます」碁盤斬り クニオさんの映画レビュー(感想・評価)
逆説的ですが白石和彌らしからぬ人情噺が実に沁みます
面白い! 初の時代劇だと言うのに白石和彌監督、江戸情緒たっぷりな上に縦横無尽のカメラワークで、品格すら漂う仕上がりに驚きました。ちょいと落語の小噺風と思ったら、古典落語をベースに本懐遂げを絡めた創作とのこと。人情が根底にあり、安心して観ていられるのも、ある意味で白石らしくないのが吉と出た。
囲碁が物語の核にあり、将棋の駒同様に碁石を指す指のアップが美しい。将棋もそうですが、私にとって囲碁も縁遠くルールはさっぱり、言葉通り囲まれれば相手に碁石を取られる事で十分でしょうけれど。中川大志扮する弥吉が囲碁を習う話となり、それを通して軽く要点を観客にもと一瞬思いましたが。詳しく説明していたらキリがありませんからね。それにしても囲碁道場のようなものが江戸の昔に各地にあったとは驚きました。
それにしても、草彅剛扮する武士である柳田格之進に二言はなく、清廉潔白を旨とするプライドを押し通すところが本作の縦軸で、嫌疑をかけられた時点で切腹ものとは呆れる程。浪人に甘んずるのも、囲碁に負けたら10両貰え家賃も払えるにも関わらず真剣勝負で買ってしまうのも、復讐を遂げるのも、50両の約束事も、ひたすら武士のプライドゆえ。こんな武士の鏡の対極にあるのが斎藤工扮する武士・柴田兵庫であって、柳田を陥れ平気で嘘もつく存在を打倒するベクトルが映画を牽引する。
大店・萬屋を営むのが國村準扮する萬屋源兵衛のドケチ商売ぶり、その奉公人・弥吉と清原果耶扮する柳田の娘との淡い恋心などの横軸が絡み合い、50両の行方とお絹の身請けがサスペンスを熟成する。吉原の桜の春で始まり、お盆を経て十五夜のお月見、そして秋祭りから年末へ繋ぎ、クライマックスの大晦日へ、丁寧な描写が心地よい。
主演に草彅剛を据えた時点で、普段の白石調とは異なる予感は出来てました。ましてやイケメンそのまんまの軽い感じで中川大志が登場したら確信しました、その視線の先に清原果耶がいるのですから、ある意味安心して楽しめました。肝心の草彅剛ってのは不思議な役者ですねぇ。この春までのNHK朝ドラでの素っ頓狂な作曲家役といい、本作の浪人風情から一転しての復讐の鬼と化す変幻自在には驚くばかり。清原果耶もこれまでの暗く思いつめたような役から解き放たれたような明るさがいい。
無論、國村準や音尾琢真の安定の泰然ぶりがしっかり支えてますが、吉原の女主人に扮した小泉今日子のド迫力は流石です。同じ彦根藩の梶木左門に扮した奥野瑛太が実にいい味を滲ませてました。本当に多くの作品でほとんど悪役の印象が強く、一転して本作では忠義に人情を挟む頃合いが絶妙の芝居で観客の心を鷲づかみ。調べたら今公開中の「バジーノイズ」にも「湖の女たち」にも出ているのですね。
塩尻から一足飛びに江戸に舞い戻り、やたら長い大晦日もタイムリミットで吉原の門も閉じられたのに、柴田兵庫の杖に刀が仕込んであったなんて、さらに兵庫の恨みの度合いも見えず、ましてや妻の心中も、あれやこれや端折り過ぎの感もなくはない。大傑作の一歩手前がちょいと惜しい。しかし、まさかタイトル通りの「碁盤斬り」とは、オチが効きすぎてござりまする。