「何だかんだそこそこ楽しめた。」バービー alalaさんの映画レビュー(感想・評価)
何だかんだそこそこ楽しめた。
とりあえず、フェミニズム作品と言われてるし、もちろん制作側もそのつもりで作ってるんだけど、結局フェミニズムに限ったことではなく社会的弱者にスポットライトを当てていて、取り上げられてるのが女性のことだけではない。
明言されてはいないが、恐らく障害者や同性愛者など、社会運営の中心=若くて健康な男性以外の「はみ出し者」扱いされる男性や、社会のおかしさに気付いて反発する男性、「男らしさ」(アメリカでは特に筋肉)に悩む男性の苦しさも描かれている。
ここまで深堀りした作品あったか?というくらいゴリゴリのフェミニズム作品とも言えるけど、中でもアメリカで近年問題にされている「有害な男性らしさ(男はこうあるべきとする世間からの押し付けや無意識の思い込み)」への焦点がかなり強い気もします。
見た目は華やかで楽しげだけど、テーマはかなり現実的で重い。
女性差別を取り上げた作品で、しかも女性の地位が低いことすら理解できない人も多い日本では絶対ウケないだろうと思ってたけど、予想通りの評価(2024年現在★3.4)。
内容をほとんど理解できないまま、認めたくない現実を突き付けられてキレてる人も多そう。
また、演出としても、映画っぽい部分と舞台調(何もかも大袈裟)の部分とが混じり合っているので、苦手な人は苦手だと思います。バービーランド(ケンダム)のシーンなんか特に、大人がマジになってやってるお遊戯会の空気。
加えてコテコテのアメリカンコメディ(何もかも大袈裟)が入ってくるので、フェミニズム作品じゃなかったとしても、日本ではある程度評価が低くなりそうな作風。最後の方なんかもう何だコレ?コメディというより意味不明すぎて笑えます。
ミュージカル?コント?まじで何なんだよコレ???
でも、そういうのが好きな人は楽しめると思いますし、テーマがハッキリしているから、そこを「よく表現したな!」と評価できる人もいると思います。
あとは圧倒的に美術点。色にかなりこだわって作ったそうですが、色使いが素晴らしいのは間違いない。
自分はバービー人形とは縁もゆかりも無い生活をしていたけど(多分実物を見たことすらない)、作中で説明があるのでチンプンカンプンってことにはなりません。
バービー人形が大好きだった人達(今も好きな人達も)は、小ネタも拾えてより楽しく見られるのでは。
主演のマーゴット・ロビーがいつもよりやや老けて見えるのに、スタイルはバービー人形そのもの(不自然に綺麗)なのも、よくできている。この設定だったら顔もCGでピッカピカに整えそうなもんだけど、多分わざとなんでしょう。
今回が「やや老けて見える」のではなく、通常がこれで、他の映画に出る時はよっぽど塗りたくられてるんだろうな。他の俳優もそう。プライベートの写真(メイク室での1枚とか)を見ると、男女共に思ってたより老けてるなぁと感じる。でもそれは逆に、映画や雑誌、人目につくものなら何でも、今の時代は若々しく、シミや皺を消し、時にはCGで胸を大きくされたり贅肉を消されたり筋肉質にされたりして、作り込み過ぎてるせいで落差が激しくなっているだけ。
他の映画で俳優の肌の質感やボディの皺が気になったことはほぼないが、本作ではあえてバービー人形=「不自然な美しさ」に対抗して、人間の自然な状態に近い部分を残したのではないかと思います。この話の流れでピッカピカじゃ不自然ですよね。
その他、表現が結構細かくて、序盤のケンVSケンのケンカ(おっと…)の時、横からアイスを差し出されて「アイスは後」と押し退ける時、手とアイスが当たったはずなのに、プラスチックが当たったようなコンッという軽快な音がする。
その後バービー家でのパーティーシーンでも、様々なドレスを着て踊るバービー達を見ながら、ケンは何も言わないが、隣のケンの服をチラッと見て嫌そうな顔をする。
バービー人形はあくまで「女の子のため」に「女の子の理想」として作られた遊び道具であり、ケンはあくまで「おまけ」で、アイデンティティはなく、関心を持たれないために服のバリエーションもほとんどない(だからバービーの気を引くこともできないとケンは思ってる)、ということなんでしょう。
バービーもバービーで、実は「女の子の(目指すべき)理想像」を押し付けられているだけで、アイデンティティはない。毎日やることは決まっていて、永遠にそれを「し続けなければいけない」。そういう存在だから。
それに疑問を持った途端、空は飛べなくなるし、常につま先立ちだったバービーの足が直角になったりと、何もかもうまくいかなくなる。
バービーランドは夢の国。現実は見ない。見ない方が幸せ…らしい。
現実逃避をしていた人が現実に気付くと、今まで夢を見て良い気分でいれば良かったものが、そうもいかなくなる。
自分の実力がなければ他人の助けだけではどうにもならなくなるし、自分を成長させようという気がなければ置いていかれる。夢を見ている間に世間に取り残され、自分で自分を成長させる術もわからず、負のスパイラルにハマって堕落していくというのが、わかりやすく表現されている。
バービーが人間界で男にお尻を叩かれるシーンも、現実にアメリカであった事件。
生放送中、リポーターの女性のお尻を後ろから走ってきた男がニタニタ笑いながら叩き、大炎上した。後にこの男は会社もクビになったとか。アホだなあ。
女性の憧れ=男性の理想の女性像(が行き過ぎたバージョン)であるスタイル抜群のバービーが、人間界でずっとセクハラされ続けるのもリアル。
こんな下品な奴本当にいるのかと思っていた時期が自分にもあったけど…若い頃たまたま美人の女友達と街を歩いていた時、少し離れるとすぐ変な男に絡まれていて、でも友達の対応も馴れたもんで、何だか可哀想になった。
男同士でつるんでいては見えない世界があり、それを見ないまま作ったのが今の社会なんだなと。
ライアン・ゴズリングのライバル役としてシム・リウが起用されていたけど、彼はコロナ禍でのアジア人差別に対して色々な人が「差別良くない」「自分も受けたことある」「本当に悲しい」みたいな無難なコメントをしているなか、唯一女性に対する差別に言及していた。
「アジア人同士でも『男は性的対象として見られないが、女は性的に見られているから女の方が得をしてる』などと言う男がいるが、ありえない。女性も白人が定義したアジア系の女性らしさ(=娼婦)のイメージに苦しめられている」とハッキリ男女の受ける差別の形が違うことや、アジア人女性が受けやすい差別について言及し、きちんと自分の意見を持っていた。
何となく時代の流れを見て、好感度を上げるために「差別はダメだと思いまーす」程度なら誰でも言える。
今まで良かったことが時代の流れでダメになったのではなく、昔からダメだったのに罰がないからやり放題だったことに世間が気づき始めた、というだけのことを、理解している人が意外と少ないが、シム・リウの発言を見ると、しっかり世間を見ようと努力し考えている人だなと思ったし、本作の出演者が発表された時、だから彼が起用されたんだろうと思った。
上に書いた「有害な男らしさ」についても発言されており、普段からよく人を見ているのか、本作でも無知なフリをするバービーに「上から目線で教えてやる」ケンの演技が板についてます。
また、マーゴット演じるバービーの「私は冒険系じゃない、定番のバービー」という台詞も面白い。自分は「普通」だから、何もできない。そういうタイプじゃないからしない。困難を自分で何とかするなんて私には無理、我慢してた方がマシ。自信がない人は大抵こういう考え方をするし、女性は特に自信を持てないようにされてきた。
まさにこういう考えから、フェミニズムに反発する女性も多いのでは。今まで受けてきたのと同じ仕打ちには耐えられるが、その仕打ちを無くそうとするフェミニストのせいで女性全体が逆恨みされ矢面に立たされるのは許せない。数十年後、そのフェミニストのおかげで得た権利や立場は、当たり前のように自分のものにするにも関わらず。「時代の変化」などと言いながら。
時間が経てば自然と変わるかのように言われるが、世の中は勝手には変わらない。誰かの努力と犠牲で変わってきた。
夫が死んだら妻も連帯で殺されたのも、嫁いだ先で夫の父親に「味見」されるのも、女を政治に参加させない法律も、誰かが声を上げ、時に殺される人もいながら、それでも努力したから無くなった。
本作では決して女性をただの被害者のように描くのではなく、また女性だけが被害を受けているように描いてもいないのがまた素晴らしい。
男性には男性社会のしがらみがあり、囚われている「男性らしさ」があり、女性側も男性のことを理解する必要があることをしっかりと描いている。
フェミニズムは女性の権利だけを守るものではなく、フェミニズムを突き詰めれば結局、女性と同じように男性に押し付けられてきた社会的な概念があり、互いに縛られている偏見や無意識の差別意識を皆がなくさなければ、本当の「人権」などどこにもないということをきちんと理解している人が作ったことがよくわかります。
逆に言えば、ここまで人権や偏見、差別に関して深堀りしたことにより、そういった知識がフワーっとしかない人、フェミニズムを勘違いしている人には、言いたいことがほとんど伝わってない可能性が高いのが残念なところ。
ちなみに本作、アカデミー賞で監督や主演のマーゴットはノミネートすらされず、何故かケン役のライアン・ゴズリングだけがノミネート。これにライアンがドン引きするという笑えない話があります。
本作で伝えたかったことがまるで伝わってねーじゃん、と不快な表情を隠しもしなかったライアン、こりゃ株が上がるね。
まぁ、個人的にもエンタメというより教科書的な価値の高い作品だと思うので、面白くないという人が多くても仕方ないとは思います。が、アカデミー賞は過去にも当然真面目な社会問題を扱った、面白みは全くない作品を受賞させてきているし、むしろヒーローもののような完全エンタメ作を滅多に受賞させない方向性から見ても、こういった「教科書的」作品こそ注目してそうなもんだし、注目されればそれだけノミネートの可能性も高くなりそうなもんだが。
マーゴット・ロビーの演技力だけでいうなら、確かに「良すぎる」演技を見せ付けた作品はもっと他にあるとは思う。ただ、あれだけ注目されていた作品にも関わらずノミネートすらされないのは、本作の演技に特別何か問題があったのか?
監督も、こういった作品はそもそも作られること自体稀であり、かつこのテーマで作るにあたり男性俳優を集めるだけでも大変だったろう。
こんなに現在の社会問題をわかりやすく、データを元に緻密に作り上げた作品は現状、他にないと思うし、大抵こういうテーマだと感情に訴えるだけの作品になりがちななか、安易にその道に逃げなかったかなりの功労者だと思うけど、何故ノミネートすらされなかったのか気になるなあ。
エンタメの皮を被ったシリアス映画…でもなく、そもそもエンタメの皮を被ってもない、普通にシリアスで重いテーマの作品なので、間違いなくバービーで遊ぶような小さい子供向けではないです。少なくとも小学校高学年か中学生以上かな。
子供でも、女の子だからという理由で嫌な思いをしたことがある子、そういう女の子を見た、話を聞いたことがある男の子なら、子供でも理解できると思います。
仮に親御さんで、説教臭いポリコレ映画なんて子供には見せたくない!と思っているなら、大間違い。
これからの世界を生きていく子供達が、加害者にも被害者にもならずに生きていくために、必ず必要な知識と目線です。それを自分が気に入らないから見せない、というのは、子供のことを本気で考えているとは言えないかなと。
もちろん、子供が楽しめるかどうかは別なので、退屈なら押し付ける必要はありません。個人的にもスゲー面白いかと言われたら………なので(え?)。
ただ、途中に出てくる急な「新作の鬱なバービーだよ!」が地味に笑える。