夜明けのすべてのレビュー・感想・評価
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夜明け直前が一番暗い❓‼️
原作知らずですが、原作の心理的機微を省略して、ビジュアル的に洗練されたそうです。
舞台挨拶を見ましたが、あまり病気や自殺に関して掘り下げていく気はなさそうでした。
原作者が了解されたか、気になるところですが、原作知らずとしては、良い演技でした。
松村くんのセリフにあるように、男女の友情以前に、相手に異性を意識する魅力の有無で、上白石さんには無い、同感です👍
二人とも良い演技ですので、すれ違う会話は楽しめます、機微は有りませんが、ビジュアル優先ですから仕方有りません。
自殺遺族の会も、形だけのようですが、良い演技です。
演技は大変素晴らしい👍ので、原作軽視で叩かれるのは、胸が痛いです。
扱う病気の方には、違和感があるでしょうが、それなりに癒しをもらえる良い演技なので、製作者になり代わり謝るので許してください、関係無いけど。
内容はともかく、演技を楽しむために、どうぞ。
【"人に優しく、自分に優しく。そして明けない夜はない。”今作はPMSの女性とパニック障害の男性の関係性の変遷を軸に心に哀しみを抱えながらもきちんと生きる人たちの姿を優しい視点で描いた映画である。】
◆感想
・藤沢さん(上白石萌音)はPMSの為に、最初の会社を入社直ぐに辞めざるを得なくなる。だが、5年後に小さな所帯の栗田科学で勤めている。
山添君(松村北斗)は、2年前に発症したパニック障害の為、栗田科学に就職する。電車にも怖くて乗れないからだ。
ー 栗田金属の社長(三石研)や社員たちが、藤沢さんや山添君に接する態度が優しい。社長は仕事熱心だった弟をある日突然亡くし、喪失感を抱えながらも毎日一生懸命に生きている。山添君の元上司(渋川清彦)も同僚を過去、過労死で亡くしている。
故に、社長も元上司もグリーフケアに通っているのだが、今作を観ると心に哀しみを抱えた人ほど、人に優しいのではないかなと思ってしまうのである。-
・藤沢さんはPMSの症状が出ている時に、山添君がいつも飲んでいる炭酸飲料の音が気になると言って、山添君にキツク当たってしまうが、直ぐに謝る。
ー 彼女は、頻繁に会社の人達にお土産を買って来る。PMSの症状が出ない時は、他人に気を使う良い人なのである。-
・山添君は、少しづつ隣席の藤沢さんがPMSの症状が出そうな気配を察し、気分転換の為に洗車をさせる。
ー 山添君も、他人の気持ちが分かる良い人なのである。そして、山添君は彼を気遣う元上司に”今の会社で働きます。”と告げるのである。その言葉を聞いて涙を拭う元上司の姿が沁みる。-
■二人の関係は、恋愛には発展しない。但し、いつもお互いに相手の事を気遣っている。そして影響し合っている。藤沢さんは山添君に自転車をプレゼントし、山添君は藤沢さんが体調不良で早退した時に、その自転車で山添さんの忘れ物(スマホ)を以前藤沢さんが山添君の体調を気遣ってイロイロと買ってくれた時の袋に入れて持って行き、帰りに会社の皆にたい焼きを買って来るのである。藤沢さんのように。
<今作は、PMSの女性とパニック障害の男性の関係性の変遷を軸に、心に哀しみを抱えた人たちが生きる姿を優しい視点で描いた映画なのである。>
地球は動いてる。
PMS(月経前症候群)のせいで月1にくるイライラが抑えられなくなる藤沢(上白石萌音)さんと会社の同僚、山添君(松村北斗)の話。
月1のイライラがくると上司であろうと怒ってしまう藤沢、それもあって会社で居づらくなり転職、その転職先の栗田科学で何かそっけなく愛想なしの山添君と出会うが…ある日、会社で発作をおこす山添君を目にした藤沢さんは、病気は違えど同じく病気で苦しむ山添君に少しだけ歩み寄っていく…。
本作の予告や解説を見ると、パニック障害、PMSとちょっと重たそうなんて思ってたんだけど違った。
とりあえず何か説明しにくいけど雰囲気が終始いい、ここ最近使われてるフィルム?昭和の様な色合いが、この作品に良くあってて心地いい。
恋人ではなく会社の同僚という関係性だったけど、互いへの思いやりの優しさと言動には涙。「友達以上恋人未満」という言葉があるけど、どの辺りにハマるんだろう。
人との関係性やストーリー、フィルムの色といい温かい作品でした。
タイトルなし(ネタバレ)
瀬尾まいこ原作は雰囲気が優しいので全体に好き。
これも例にもれず優しい。
距離感がいい。べったりせず、程よい関係。
藤沢さんと山添くんの距離もそうだけど、栗田科学の人たちの距離感。
職場が優しくて、いい。
誰かを助けることができる、かもしれない。
普遍的なケア、宇宙を貫く光(映画の)
2024年。三宅唱監督。月経前の極度の心身不調を抱える女性と、パニック障害を抱える男性が、小さな教育素材製作会社の同僚になることから、お互いを思いやるようになるまでの様子を描く。症状を抱えたマイノリティ当事者の特殊な話でありながら、恋でも家族でも友情でもない普遍的な「ケア」の形を描いている。
原作小説がありながらさらに映画作品化する意味は、症状が現れる人間の表情の変化や、周囲の人々の様子を、映像として直接的に、かつ、時間経過を含めた文脈の中で、映し出すことにあるだろう。宇宙からの光を子供に説明する教材の製作(プラネタリウムの巡回)が、主人公たちが症状による生きづらさを引き受けていくこと(そしてお互いにケアしあうこと)と自然に重ねられているのも、「光」を扱う映画表現でこそ可能となっている。星々の様子が光によって把握することができるように、主人公たちの様子も様々な光の中で描かれる。もちろん、映画自体、光の投影によって可能になる「光の芸術」なのだから、この作品からは「映画の光は宇宙を貫く光だ」という強烈なメッセージを感じられる。
主人公たち二人の帰宅途中になるトンネルがすばらしい。
静かに、淡々と。
劇中に出てくる2つの病気のどちらも体感は無いので正確には分かりませんが、
でも何かのきっかけで酷く落ち込んだりする症状の出る人は見たことがあるので、何かの病気とかを抱えながら生きている人達は居るんだろうな、と思いました。
病名の付く症状であるかどうかに関わらす、劇中の2人のように「自分を理解してくれる人」がいたら幸せだと思います。ちょっと変な自分やちょっと他の人と違う自分も「あなたはこういうとこもあるから無理しなくていいよ」って解ってくれる人。
てっきり主演の2人はそのまま恋人どうしになるのかな?と思ったらそんなに単純な話ではなかったけれど、
恋人になる前に既に「人生の相方」というか。。「自分の理解者」になってる感じは良かったです。理解し合ってても依存はし合っていないというか。ベタベタにくっついていなくても離れていてもそもそも1人ずつちゃんと1人でも生きていける上で絆はあるというか。
原作とかは何も知らないんですが、5年後くらいとかにまた再会して2人は一緒に暮らしていけてたらいいな、と思いました。
ほんわか、静かに過ぎる時間で良き、でした。
ずっと心に抱きしめていたい「心のお守り」になる映画
ベルリン国際映画祭の方が「小津安二郎」と表現していましたが、まさにそうだと思います。
正直、この映画に、恋愛やハラハラドキドキの展開、全くなしと予告され、じゃあ何が楽しいんだ?と、不安な気持ちで観に行きました。
しかし!!この映画を観ていたら、恋愛やハラハラドキドキがなくても、映画館に観に行く価値のある「映画」があるとわかります。
最近流行りの、刺激的な商業的映画を欲してる方の方でも、この映画は大丈夫です。
むしろ驚くほど、ジュワっと心にしみると思います。
この映画には、人々の日常がドラマです。
みんなの日常がストーリーです。
心は変化するし、景色も変化する。
本当は「変化」ではなく「うつりかわる」という言葉が正しいのかもしれませんが、日々うつりかわる心と景色に思いを寄せられる、優しい映画です。
登場人物の生きづらさを押し付けませんので、今苦しい方も、そうでない方も、ずっと「心のお守り」にできると思います。
人を選びそう
病気を抱えてる人がどう苦難し、苦労し、一般社会からはじきだされ、
それでも周りのやさしさにも支えながら前を向いて生きていく、
それを淡々と描いたような映画。
何かすごい事件が起こったり、劇的な恋愛に発展するわけでもなく・・・
ある意味ドキュメンタリーに近く、
人によってはかなり退屈に感じてつまらないと思う。
それにしても登場人物に悪い人はでてこなくて、優しい人ばかりで
やさしさにあふれている。そういう意味で優しい気持ちになれる映画なのではないか
と思う。
主人公たちを受け入れられなかった人たち(最初勤めていた会社であったり、別れた恋人であったり)も決して悪ってわけではないんですよね。そこを悪として問題視するような描かれ方をしてなかったのはすごくよかったと思います。
プラネタリウムで上白石さんが読み上げてた文章がすごい良いことを言ってたと思うけど、
完全に他ごとを考えてしまって聞き逃してしまったのが個人的に悔やまれます。
一人で抱え込まないでほしい
精神的
男性の自分にとって衝撃。でもそれだけではない暖かい作品
女性特有の問題、なんとなく把握はしてたけれど、そこまでだろうと思っていた。
男性の自分にとってはわからないけれど、上白石萌音の急変する演技で、衝撃を受けてしまった。自分の理解のなさとそのような環境に出会ったらどうするだろう、と。苦しんでいる姿をみるとこちらまで辛くなってきた。
パニック障害の山添とあいまり、作中、いつ発作が起こるのだろうと、ハラハラしながら魅入っていた。
ただ、病気(と言っていいのだろうか)はきっかけであり、作品としては日々の豊かさであったり、助け合いだったり、優しく暖かい日常が描かれる。
辛さが誇張されることもなく、三宅監督特有の暖かさからくる、音楽と映像、周りの人物全体が見守ることで、とても良いバランスになっていた。
大きめなスクリーンで観たが、フィルムで作られているので、中小のスクリーンでみるのが味があってよいかも。
松村北斗の演技の新味を評す。
こんな会社が理想
2024年劇場鑑賞30本目。
本編後舞台挨拶中継付上映なのでとりあえず最初のハードルはクリア。まぁ取材陣を入れていたので結局ネタバレができませんでしたが、その中でも本編の裏話をなんとか入れてくれていたので良かったです。
内容知らずに観に来たのですが、とにかく女性の観客しかいなくて、自分の視界は全員女性なくらいでなんか大丈夫かな、とファンになりましたが、生理の時に攻撃的になる病気の女性と、パニック障害がある男性が同じ職場で働いているという話。社長や、男性の元上司が優しいのですがそれぞれ事情があり、その事情のために上司同士でつながっていて、困っている人を暖かく見守ってくれています。
自分も障害者の施設で働いていて、職員の方にもなんらかの障害があるのではないかと思える人がいたことがあります。妄想がすごくて、明らかにそんな話をしていないのは自分もそこにいて知っているのに、あの人がこんな事を言ったと自分に言ってくるようなことを繰り返して、結局退職しなくてはいけなくなりました。その人の親も含めてその人に障害があることを認めておらず、そうなるとこちらも表立ってフォローできなくなるので本当に残念でした。
主人公たちの働いている会社は社員一同何かあったときに支えてくれるのが本当にすごくて、自分の時はそうはならなかった。早くあの人をやめさせてくれという意見を抑えられなかったのが残念でした。
まぁはっきり言って恋愛映画ではなく、だったらいっそルックス的にもっと地味な人をキャスティングしたほうがわかりやすかった気もしますが、是非みんなに観て欲しいから満点です。こういう病気はだれでも突然起こります。
プラネタリウム(天文)の分野が雑に過ぎる
今年60本目(合計1,152本目/今月(2024年2月度)13本目)。
(ひとつ前の作品「ファイブ・ナイツ・アット・フレディーズ」、次の作品「風よ あらしよ 劇場版」)
この映画自体は原作があるので、それを無視することはできない状況です。
一方、この映画の「主軸となる見方」では、PMSやパニック障害の当事者に対する接し方などが論点になってくると思うのですが、もう一つこの映画では主人公が務めている科学系おもちゃ等の製造の中小企業という前提から、いきなりプラネタリウムや天文の話に飛ぶという「飛びよう」がすごく、そこは一定知識があると???という部分は否めません。
一応にも趣味が天文観測であるのでこの部分はかなり気になったところです。映画の感想自体は多くの方があげられているので、感想というより上記気になった点をメインに書いていきたいと思います(あらすじ自体は多くの方が書かれている通り)。
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(減点0.4/天文に関する描写が不用意だったり、配慮が足りない(個別につき下記)
・ 後述しますが、2023~2024年の映画で、「サブ筋として」プラネタリウムや天文(星座ほか)の話が出る映画としては極端にマニアックな話題が出るかと思いきや、ちゃんと拾っていると???な部分が多々あり、ここは配慮ができなかったのか、と思います。
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(減点なし/参考/ベテルギウスまでの距離)
・ 映画内では「500光年」としてストーリーが進みますが、日本の科学館(博物館、プラネタリウムを併設する施設ほか)では、450~700光年と資料がバラバラです(どの観測結果を引用したかによって異なる)。この点、「一説によれば」の一言がほしかったです。
(※) 似た事例に、NHKアニメの「ふたつのスピカ」において、アニメ版は「スピカまでの距離は約350光年先」とあったのに対し、のちのコミック版ほかでは「当時の知見であり、現在では250~300光年とされる」と書かれたものがあります(同アニメの公開時期と現在とでは、こうした配慮の有無については当然差はあるもので、ここに触れていないのがかなり厳しい)。
(減点なし/参考/「なくなって(墓場ではなく)天に上る星座」)
・ 映画の中では冬の星座の一環として、オリオン座とふたご座が示されていますが、そうであれば「ぎょしゃ座」もそうであるはずです。
(減点なし/参考/移動式プラネタリウムの描写が不十分)
・ 移動式プラネタリウムなのである程度色の表現に限界がある点理解はしますが、オリオン座のリゲルが真っ赤に表示されていたり、そのすぐ近くに比較的明るい星が描写されていたり(この星は、エリダヌス座の「クルサ」で3等星)、やや変な部分が多々あります(かつ、この映画はエンディングロールで示される通り、科学館等がクレジットにあがっているので、そこが何か言わなかったのかという気もする)
(減点なし/参考/うみへび座のアルファルドの扱いについて)
・ うみへび座は全天で最も広い星座で、そこに2等星のアルファルドがあるため「孤独なもの」として描かれているのですが、星空を見上げても星座境界線等が実際に見えるのではなく(描かれているのではなく)、星座を問わなければ近くにレグルス(1.4等星)などがあります。
※ なお、うみへび座は一般に春の星座とされますが、ある地点から一周ぐるりと見渡したときの360度のうち220度を占めるほど「横に長い」星座なので、実際には「どの季節でも見える」星座です。
※ また、「うみへび座」と「みずへび座」の混同が多いので注意です(後者は日本では沖縄でしか見えない。
この先もずっと観続ける作品
泣くことで映画の良さ、評価とはしたくないけれど、終始涙が止まらなかった。
日々感じてしまう生き辛さに優しく穏やかに自然に、寄り添って希望をそっとみせてくれる作品。
山添さんは元々上昇志向が強く、知らず知らずのうちに自分を苦しめていた。しかし心身を壊してもなお上昇志向は残っているが、上昇志向とはまた違ったベクトをみつける。いまの環境に愛着をもつ、言葉にするとありふれているが、わたしにとってすごく理想的な仕事の仕方をみせてもらった。
どうしても抗えないこと、生き辛さはあるけれど、それでも、そのままでいられる場所がある。きっとその人にとって生きていける場所がある。人と人がそっと支え合う温かい場所で生きていきたいと思った。職場の人たちがみんな過剰に仲良いわけでもなく、でもお互いに思いやりがあり、社長や【おばちゃん】的な雰囲気を放つあの2人のような大人に、自分もゆくゆくはなっていきたいと思った。
日常の中で苦しくなったとき、なにかに迷ったとき、この映画をまた観たい。
そんな私にとってのお守りの映画がまたひとつ増えた。
これで、またきっと生きていける、無理なくそう思わせてくれるずっと大切にしたい作品でした。
本当に素敵な作品をありがとうございます。
日常が淡々と流れていくようなそんな映画
自分が障害者支援の仕事に関わっていることもあり、まだ私自身も過去にPTSDを患ったこともあるため予告編で内容が気になり見てみました。
内容的にはパニック障害とPMSを抱える男女それぞれの生きづらさがありながらもお互いを少しずつ理解し、さらにそこに関わる人や環境が映し出されていき、特に大きな展開や事件が起こることもなく淡々と日常が流れていくような映画に感じました。主人公2人は互いに生きづらさを抱えながらその中で辿り着いた小さな会社はみんな優しく接してくれて受け止めてくれて、以前の会社の上司もそれを見守ってくれて、でもそんな会社の社長や以前の会社の上司も実は過去に大事な人を亡くした大きな悲しみを背負っていて、それぞれみんな何かを抱えながらそれでも少しずつ自分や相手を理解し歩み寄って生きているんだよなーとなんとなくそんなことを思いました。作品の最後的にもわりとぼんやりで2人が結ばれハッピーエンドみたいなわかりやすいものではないけど、なんかたまにはこういう映画見るのもいいよなと思いました。若干、シーン的にこれはアドリブかな?と思うとこが気になりました、松村さんがばっさり髪切られたとことか!まあ、ぜひ見てみてください!
温かなまちの住人たち
じんわり優しくなれる映画
待望の三池監督作品。淡々と流れる普通の会社の日常と少し特性のある若手の社員2人の物語。登場人物全てが優しくて刺激が強い映画が多いこの頃、久しぶりにほっとする映画を見たなぁと言う感じだった。
それにしても脚本が本当に素晴らしい。近頃ドラマでも映画でも原作と意図の違う変更を問題視されてるけど、この映画は原作と違うところはあってもちゃんと根っこを理解してるから原作ファンもすんなり受け入れるだろうし、観終わった後素晴らしい感動をくれる。
特に派手な演技や音楽が無くても観てるうちにいつの間にか涙が流れてた。
俳優陣も素晴らしくてキャスティングした人に賞をあげたい。ありがとうあなたのおかげで素敵な実写の藤沢さんや山添くん栗田社長に会えました。
一つだけ言わしてもらえるならばクイーンファンの私はボヘミアンラプソディのくだりも入れてくれると嬉しかったなー
自分ではどうしようもないことを受け入れるということ
キネマ旬報1月号で監督のインタビュー記事を読んだこと、原作者が瀬尾まいこだということで、観ようと決めていた映画。原作小説は未読。公開日2024年2月9日に鑑賞(2024年劇場鑑賞4作目)。
物語は、治療の難しい「上手く付き合っていくしかない病気(症状)」を抱えて生きる若い男女(山添くんと藤沢さん)の交流を軸に穏やかに、ゆっくりと展開していく。藤沢さんと山添くんが出会って、関わるうちにお互いを受け入れて成長していくというストーリーかと想像していたが、どうやらそう単純な話ではないようだと途中で気づく。
2人の周囲には、近親者を自死で亡くした人、介護を必要とする人(藤沢さんの母ら)が登場する。何故そういう人たちが登場したのか?。見終った後しばらく考えていると、タイトルの言葉が浮かんだ。
難治の病、老い、身内の死。自分ではどうしようもないものを抱えて苦しんでいるとき、心で寄り添ってくれる人がいると、そうした受け入れ難いものを受け入れて生きていく大きな力になる。そういうことを原作者と監督は言いたかったんじゃないのかな。
三宅監督のインタビュー記事によると、原作とは舞台設定が異なっているらしい。栗田科学というプラネタリウムを作る会社は原作には登場しないようだ。星の話、宇宙の話が出てくるので、星空が重要な意味を持っているのかと思い、星空がどこで出てくるのかを待っていたのだが、終盤にプラネタリウムの星空がちらっと出ただけ。星空それ自体は、この物語の重要な演出要素ではなかったようだ。
クライマックスの重要な演出要素は、藤沢さんを演じる上白石萌音の語りだった。星空は見せる必要はなかった。彼女の語りで十分だった。ずっと聞いていたくなるような語りだった。
難しい役を演じた松村北斗と上白石萌音の2人の自然な演技は良かったが、個人的には「君の名は。」で聞かせてくれた上白石萌音の声の魅力を再確認させられた作品だった。歌手、声優、ナレーター、朗読。彼女には、そういった声の仕事も、もっとやって欲しい。きっと長く、多くの人を魅了する名優になるはずだ。
全449件中、401~420件目を表示