夜明けのすべてのレビュー・感想・評価
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多くを望まないこと
PMS(月経前症候群)に苦しむ女性(上白石萌音)とパニック障害に苦しむ男性(松村北斗)の日常を描いたお話。
お互い病気に悩むからこそ、お互いを理解しようと気持ちが働いたことから距離が近づくがラブストーリーという訳でもなく
淡々と日々を描く。
感想は「すごく面白かったよ!見てみて!」と
誰かにオススメしたくなるような作品ではないけれど、
エンディングでは良い涙でも、悪い涙でもない、
分からない涙が溢れた。
誰かに優しくしたり、優しくされたり
思いやりのある世界で暮らせる幸せを思う。
それを願いながらも満足できない日々、
人生は何を取って何を捨てるか
そんなことを考えながら流れた涙だったように思う。
病気を抱えながら生きていくのは大変なこと。
それでも、ちゃんと働けて、ちゃんとお金を稼げて、
自分で自分の暮らしを支えていけることのすごさ。
誰かに理解してもらえるありがたさ
どうか、社交不安症やパニック症、その他
普通に働けるのに上手く適応できずに苦しむ人々が
安心して働き暮らせる世の中へと変わっていきますように🙏
心の闇
2024年の作品
この作品は物語というジャンルだが、非常に象徴的に「人の心の揺らぎ」を紡ぎだしている。
そのために物語という構図が当てはめられたのだろう。
この心の揺らぎの振れ幅が一定の範囲を超えると、身体に現れてしまう。
それに病名がつけられることになる。
PMSとパニック障害
そしてこの物語のテーマは「失ったと、思っていた」ことなのかもしれない。
この「青い鳥」にも似た型は、人間が考える不条理や理不尽などを通して、人々が求めている「それ」を見つけ出しに歩かせるきっかけを作り出しているのだろうか。
藤沢が失ったのは職場
高校時代に顕著になってきたPMS
自分自身を消去法で探しても答えは見つからないままで、1か月に数日間起きるPMSの所為で苦しんでいる。
しかし、その苦しみは連鎖したのだろう。
母がなぜリハビリ施設に通わなければならないようになったのか?
「語られない」それは、娘の心配が招いた原因不明の体調不良だろうか。
藤沢の転職先となった栗田科学
ここで出会った山添
彼から感じる閉鎖感
まずその異質な感覚に感化されたのが藤沢だった。
また始まってしまったPMS 同僚から心配されてしまう。
そして、
突然始まった山添のパニック障害 自分と同じ薬
「自分と同じ」 これはひとつの糸口になるのだろう。
それでも山添の閉鎖感は、藤沢を寄せ付けない。
藤沢に起きた気づきと、それを受け入れない山添
「髪を切ったこと」
変になってしまったことが、山添の笑いを思い出させた。
おそらく彼は、2年間笑うことを忘れていた。
大きな会社はパニック障害で退社したが、また復帰したいと思っていた。
しかし調整は難航していた。
寄り添ってくれている彼女
しかしキャリアアップと「それ」とを天秤にかけたのだろう。
山添のアパートで話さず、「外」に連れ出したのは、彼がパニックを起こさない場所ではなく、パニックになっても「外」で自分のキャリアアップの話をすることにしたからだろう。
2年という歳月は、簡単に男女の仲を破壊する。
面白いことに、山添は藤沢に対し「男女の友情」のありか、なしかについて語り始める。
その対照は間違いなく藤沢だったはずだ。
元カノと比較してキャリアもなければチビ でも、次第に回復し始めている体調の原因こそ、あの笑いにあったことに気づいている。
そして山添は言う。「藤沢のPMSを、起きる前に止めてみる」
「誰かのため」 または「何かのため」
味覚を忘れ、感覚を失い、他人と自分を完全に分けていたころとの違い。
自分の周りから消えてしまったもの 失ってしまったと、思っていたもの
これらを取り戻すように思い出し始めたこと。
アノニマス会で栗田社長が言った言葉 「弟が、突然いなくなった」
この言葉には、直接的なことを覆い、彼自身の心から何かが消えてしまったことを意味しているように聞こえた。
やがて発見された弟の声
プラネタリウムに込めた想い 大航海時代や星座の意味
弟が思いを寄せた大宇宙
そして、夜があるからこそこの世界の咲にある世界を知り得たという事実。
「夜についてのメモ」
この移動式プラネタリウムの解説を手掛けながら、山添はやりがいを掴んだ。
藤沢は、同じくこの解説に関わりながら、自分を支え続けていてくれた母のことを考え始めたのだろう。
語られない母のリハビリの理由
「自分の所為」
藤沢は、母に寄り添う人生を選んだ。
それが彼女にとっての答えだった。
2024年現代 単純に藤沢の選択を指示する人は少ないだろう。
でもそれこそ、いま彼女が出した答え。
赤い手袋に込められていた母の愛
それは今始まったことではなかったはずだ。
絶えず隣には母が見守っていてくれていた。
そして、その時間は少しずつ消えていく。
そう思った時、藤沢は母に寄り添って生きることに「意味」を見出したのだろう。
その選択に誰も何も言ってはならない。
山添と同じように、ただ見送るだけだ。
辞表を持って朝一出勤してきた藤沢に、栗田はただ辞表を受取ったが、その目に浮かぶ涙
それを見て藤沢の眼にも涙が浮かぶ。
何気ない日常で、変わってしまう瞬間
寂しさ
それでも毎日の日常は変わらないようだ。
失ったと思っていたものは、そこにあった。
それに気づいた時、人は成長するのだろう。
「夜についてのメモ」は、この世界に何故昼と夜があるのかを伝えていた。
PMS パニック障害という「夜」があったからこそ、二人はそれぞれ自分自身を再発見した。
そして、
夜になればまた朝が来るように、その間際の夜明けの直前に、気づきという「奇跡」がやってくるのだろう。
これは、物語というよりも純文学に近い。
このジャンルを使って「心の闇」から朝になる瞬間を捉えている。
なかなか知的な作品だった。
心を病む人に元気を・・
PMS(月経前症候群)の藤沢美紗(上白石萌音)とパニック障害の山添孝俊(松村北斗)、病名は違っても心の病を抱える二人が最初はぶつかるものの次第に相互理解の心が目覚め助け合ってゆく様を描いています。
夜明けの意味については終盤のプラネタリウムの中で語っています。
「夜がやってくるから私たちは闇の向こうのとてつもない広がりを想像することができる。地球が公転する限り同じ朝や夜は存在しない、今、ここにしかない闇と光、全ては移り変わってゆく、喜びに満ちた日も悲しみに沈んだ日も必ず終わる、そして新しい夜明けがやってくる。」
原作の瀬尾まいこさんは過去にパニック障害を患っていた経験があり、その経験が代表作『夜明けのすべて』の執筆に繋がっています。ブラック企業でなくとも働くことはそう簡単ではないし職場それぞれの人間関係の難しさは避けられない、悩みを抱える若者たちに元気を授けたいと創られた映画でしょう・・。
私もPMSで、同じようにイライラして態度に出してしまいます。人が変...
静かで優しく居心地の良いところ
見た目ではわからない障がい
日常の先にある、優しい映画
U-NEXTで視聴。SixTONESの松村北斗さんが出ているので見始めたのですが、気づけば最後まで鑑賞していました。自分が軽度の発達障害や自閉症かもしれないと判断されている身なので、山添くんや藤沢さんのしんどさがリアルで胸がぎゅっと痛くなりました。そこから少しずつお互いの苦しさをわかちあい距離が近くなっていくふたり。でもそこからが、本当に日常のようで。他の映画みたいに恋人になって一波乱あることもなく、日常を切り取った様にそのままエンドロールへと向かっていきました。この映画を見た人が、しんどい人が少しでも楽になってくれればいいなと思います。原作小説も借りて読んでみようと思いました。
良い意味でとても質素で味気ない。
映像やストーリーに特別な仕掛けがある訳でもなく、ただただ誰かの日常を客観的に見ているような、正にプラネタリウムを見ているような感覚。
特に状況や環境が移り変わる場面では、直接的な描写はなく、深い意味もない。
恋人と別れたり、転職して行く場面などの何かしらの変化がある場面はいつもグラデーションのようにぼかされるような、曖昧な表し方。
でもその曖昧さが、傍観者の探究心をくすぐっていると感じた。
演技というより、ほんとに誰かの日常という感じ。
誰かの日常に、役者が当てはめられているだけのような、そんな自然な物語だった。
でも途中途中の山添くんが発する、無神経でトゲがあって無意識な嫌味も含まれるような発言が、すごく心臓をえぐってくる。
届かないとわかっていても思わず口を挟みたくなるような強い、芯のある言い方。
私が藤沢さんだったら二度とは話しかけられないな。と思うような言葉があった。
藤沢さんが初めて自身のpmsを打ち上け、山添くんのパニック障害に寄り添おうとする場面。
お互い頑張ろうね。という言葉に対して返ってきたのは、屁理屈じみている正論。
その真っ直ぐな言葉が、傍観者の私には痛かった。
そして藤沢さんが時々見せる苛立ち。
自身では落ち着かせることのできないその苛立ちにより生まれる言葉には、心から同情した。
苛立ちにより言ってしまった言葉をあとから振り返り反省する。これの繰り返し。
辛すぎて途中出てきた、藤沢さんがベランダから家の下にいる山添くんを眺めるシーンで、飛び降りてしまうのではないか。と思った。
でも映画チックなものは何一つなく、下手な人物補正もなにもない。
得られる知識はあっても、傍観者に寄り添う言葉はない。
映画としてはすごく味気ない。
しかし1種のプラネタリウムとしては忘れられないものになった。
五臓六腑に染み渡るような暖かなフィルターがかった映像が、着々と脳を溶かしていくようだった。
物語の盛り上がりこそ無いものの、今まで見たことの無い、素晴らしい映画だった。
今はこれ以上の言葉が見つからない。
諦めがついてからの話
会社に泊まり込むのが日常なほど
仕事に忙殺されてきた上昇志向の強い人が
町の小さな会社でそこを居場所だと思える
これは容易いことじゃない
そこまでどれほどの葛藤や苦難があるか
PMSであんな頭おかしいキレ方する人間を
受け入れてくれる会社レアすぎる中で
まだ最終決まってもないのに退職願出せるの
あまりにすごすぎて驚く
PMSもパニック障害も自死遺族も
悩んでるそぶりや抱えてるそぶりはあっても
そこに深くは踏み入らない進み方で
表面的に感じた
自死遺族の登場のさせ方とか
人の死を深そうにするための
ちょうど良いエッセンスみたいに使っていて
かなり嫌悪
精神科医がパニック障害の患者に
医師の倫理観に欠ける牽制したり
話ろくに聞かずに薬出して
ちゃんと治療しないところとかは
精神科医の本当に最低だけどリアルで
あそこはとてもよく描かれてるな、と思った
あとは上白石萌歌、へたくその演技上手かった
プラネタリウムのナレーションのとき
素人の頑張ってる感がしっかり出てて
しっかり演技に向き合ってるのを感じた
情緒不安定の人
静かに凄い映画
静かに凄い映画。
見ながら幸福感が段々と馴染むように沁みてくる。
この監督の前作「ケイコ 目を澄ませて」では結構尖ったものを感じたけど、今回はとても巧みで引き込まれる。
上手に盛り上げて、ラストシーンも秀逸。とても普通で。その普通さが泣ける。
前作と同様に16ミリフィルム撮影。監督は、その質感が好きなのだろう。デジタルカメラの硬い鮮明な映像と違い、16ミリは、解像度が高すぎない、被写体と少し距離があるような、あまり語りすぎない映像が好きなのかもしれない。リアル感だったり、第三者的な距離感のある感じや、空気が写っているようなところが。
とても自然なのに、作り込みの凄さを感じる。色々と仕掛けている。それを「あたかも」でなく、さりげなく。観客に気づかれなくてもいいようなある意味奥ゆかしさ。
映画は、語りすぎない方が上手く行くことが多い。語りすぎると本質がボケてしまう。
カメラも無闇に動かすのでなく、どっしりと構えている。するとフレームの中で人間が活き活きと動きだす。
とても映画的な高揚感がある。この映画には、溝口健二も相米慎二もいるよな~と思いました。
<原作を読んでから2回目鑑賞>
原作にあったクイーンの「ボヘミアン・ラプソディ」の話がなかったり(版権の問題だと思う)細かい点が違うけど、一番驚くのは、クライマックスは映画のオリジナルだということ(原作には全くない)。
あのプラネタリウムの話は、とても丁寧に伏線(亡くなった社長の弟の語りのテープなど)を作り、とても自然に、原作にあったのかと思えるぐらい原作の意図を的確に「言葉」に変えて、上白石萌音のナレーションと映像で映画的なスペクタクルを演出して、映画的な深みを与えている。
とても良かった
演技、台本、BGM、作品のすべての質感がとても良く、いろいろ受賞しているだけはあると感じた。
パニック障害やPMSというセンシティブの当事者の生き辛さを丁寧に描き、決して悲観的にはさせない塩梅が素晴らしかった。
また、変に恋愛的な展開にならないのも中年の私にはありがたい。
夜と朝と人の暖かさ
三宅監督が撮る光の中で
三宅監督前作「ケイコ 目を澄ませて」同様、画面に陽が差し込むとこちらまで日光の暖かさを感じるような柔らかな空気感を映した本作。
そこに描かれるのは決してドラマチックではない、市井の人がただ"居た"という記録です。
登場人物に自分を重ねるわけでもなく、派手なドラマに心を動かされるわけでもなく、ただ彼らが出会い変わってゆく様をじっと見つめる。
私はこの映画が大好きです。
全499件中、21~40件目を表示









