「テロに見舞われたフランスの地方都市で展開する愛と連帯の物語には江戸落語のテイストが漂う」ノーバディーズ・ヒーロー Freddie3vさんの映画レビュー(感想・評価)
テロに見舞われたフランスの地方都市で展開する愛と連帯の物語には江戸落語のテイストが漂う
街でジョギングをしている中年男が路上の娼婦に目をとめるところから物語は始まります。男は自分より年上であろう娼婦に対して「君と寝たい。ただで。口説いてるんだけど」みたいな驚きのセリフ。なぜただなのかと返されると「売春には反対してるんだ」。そこに娼婦の夫が迎えにやってくると自分の連絡先のメモを娼婦に渡すジョギング男。で、引き続きジョギングをしてると娼婦からTELが。ふたりは夜、怪しげな雰囲気のホテルで会います。コトにおよびますが、達したときの娼婦のおばさん(失礼)の声が大きいのなんの。男はまだ達してなかったので引き続き継続してたら、不意にテレビから、すぐ近くの街の中心部で起きた爆弾テロのニュースが…… とまあ呆れ返るぐらいの怒涛の展開。
登場人物もIT技術者である主人公の中年男、その男に口説かれた あの時の声がやたら大きい熟年娼婦、妻の仕事を認めつつもやたら嫉妬深い そのDV夫、怪しげなホテルのフロントで働く未成年と思われる黒人の女の子、テロの実行犯の嫌疑がかかるアラブ系のホームレス青年、主人公の仕事仲間の女性、主人公が住むアパートの住人たち……と多士済々で、例によって皆がそれぞれの形でそれぞれ変ということになっております。
ここで「変態」という概念について考えてみましょう。いささか乱暴なやり方になりますが、変態を二つの種類に分けてみます。まずは人間の本源的な部分に存在する、先天的な変態性を「ナチュラル変態」としましょう。これに対して、巷にあふれる扇情的な情報や個人の妄想から生まれる、後天的な変態性は「プロセス変態」と呼べると思います(ナチュラル、プロセスの二分法がチーズの種類みたいになっておりますが、それはさておき)。後者のプロセス変態を作品に展開すると、ポルノやアダルトビデオの類いになると思いますが、アラン•ギロディ作品が扱うのは前者のナチュラル変態の世界であって、セックス描写をしてもポルノの方向には行かず、人間讃歌になったり、滑稽な感じになってコメディの方向に進んでゆきます。その特徴がもっともよく顕われているのがこの作品だと思います。
まあそんなこんなで変な人たちがわちゃわちゃやってそれなりに爽やかな大団円を迎えるわけですが、実は上記のように属性がバラバラな人たちが緩やかながらも連帯感を感じているような雰囲気もありまして、最後のとこで私は不覚にも目頭が熱くなりました。今回の特集3作品のなかでは個人的にはいちばん好きです。なんだか、長屋に住む八つぁんや熊さん、ご隠居や与太郎がわちゃわちゃやってる江戸落語の世界みたいということで十分に堪能させていただきました。
ということで、アラン•ギロディ特集を無事完走しました。なんか、映画鑑賞の地平を拡げることができたような感じ。面白かったです。作品の性質上、配信やテレビ放映は難しいと思いますのでラッキーでした。出会いに感謝