「ドライビング・マダム・マドレーヌ」パリタクシー 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
ドライビング・マダム・マドレーヌ
パリでタクシー運転手をしているシャルル。
一日12時間働きっ放し、休みは週一。おまけに免停寸前。家族にもろくに会えない。人生どん詰まり、世の中に対してイライライライライライラ…。
とある客を乗せる事に。パリの外れまでの長距離だが、その分報酬はいい。引き受ける。
マドレーヌという老女。長年住んでいた家を出て、介護施設へ。彼女をそこまで送る。
それはいいのだが…、この老女、お喋り好き。
私、何歳に見える? さあね、80歳くらい? 92歳なの。あっそう。
まだ10代だった頃の甘酸っぱいファーストキスの思い出話を語る。ババァの初キスの話なんか聞きたかねぇよ!
すんなり目的地には向かわず、あそこに寄って、ここに寄って。あんたのお抱え運転手じゃねぇよ!
そんな感じ。面倒、うんざり。最初の内は。
しかし次第に彼女の話に耳を傾けるようになる。シャルルの心境にも変化が。不思議と交流を深めていく。
お喋り好きの老女と無愛想なタクシー運転手の珍道中。もっとユーモアあってお洒落なロードムービーと思っていた。
マドレーヌの語る過去に聞く耳立てずにいられなくなる…。
16歳の時にアメリカの軍人と出会い、恋に落ちる。ロマンチックな恋は束の間、ほどなくして別れ男は別の女性と結婚。マドレーヌは彼の子を身籠っていた。
出産し、マチューと名付け、時に母の協力を乞いながら、新たなスタートを。そんな時、レイという男と出会う。
結婚するも、レイはマチューに愛情を示さず。それどころか暴力を振るう。マドレーヌにも暴力を振るい、時に強/姦さながらに…。
このままでは自分も息子も…。身を守る為マドレーヌは、レイの股間をバーナーで焼く!
レイは命は助かったが、裁判に。DV夫からの正当防衛…世の女性たちから同情の声もあったが、その当時1950年代は法律は女性にあまりにも不利だった。
実刑。禁錮25年…。
模範囚であったマドレーヌは半分ほどに減刑される。
保釈され、息子と再会。が、息子とは大きな溝が。大学生になっていたマチューは学校を辞め、戦場カメラマンとしてベトナムへ。
もうすぐ察しは付いた。男に捨てられ、別の男からは暴力を振るわれ、罪に問われ…。そこに、追い討ちをかけるかのように息子の死…。
マドレーヌの壮絶な人生に言葉を失う。
チャーミングで朗らかな人柄からは想像出来ない。
怒らないで。笑って。落ち着いて。
怒ると一つ年を取り、笑うと一つ若くなる。
マドレーヌはよくそう言う。
それに対しシャルルは、世の中ムカつく事やクソみたいな事ばかり。
マドレーヌとて世の中に怒りを覚えた事はある。どうしようもないほどの…。
それは本当だ。マドレーヌが経験してきた怒りや世の不条理は、シャルルの比ではない。
そんな怒り、悲しみ、後悔の数々を乗り越え、笑顔で生きる事を選んだ。
悲しい事、辛い事いっぱいあったけど、それと同じくらい美しい事、幸せな事もいっぱいあった。
全てを人生の思い出に。
酸いも甘いも経験してきた人生の大先輩にこんな事言われちゃあ…。
マドレーヌと接する内に、シャルルの心もほぐれていく。
マドレーヌの話が鬱陶しそうだったのに、気付けば聞く耳立てるように。
彼女の境遇に同情したり、胸痛めたり、時に憤り感じたり、一緒になって笑い合ったり。
無愛想から笑顔を見せるようになる。丸くなっていく。
心には余裕も必要。
ちょいちょいツッコミ所やオイオイ…な点も。
マドレーヌ、かなりマイペースで身勝手。
正当防衛は同情するが、家族への影響や迷惑は考えなかったのか…?
トイレへ。レストランのトイレを拝借。その際店の真ん前にタクシーを停めた為、渋滞。クラクション鳴らす後続車を挑発。
ついつい赤信号無視。窮地のシャルルを老人の知恵で切り抜ける。茶目っ気たっぷりではあるが、嘘も方便…?
まあそれも許しちゃう気になってくる。
シャルル役のダニー・ブーンの好演。
何よりマドレーヌ役のリーヌ・ルノー。本業はフランスのレジェンド歌手だが、彼女の存在感、ナチュラルさ、愛らしさに魅せられる。
到着の予定時間も大幅に過ぎ。
最後にディナーもして、腕を組んで夜の街を歩いて、ようやく施設へ。
お金の支払いを忘れた。シャルルも貰うのを忘れた。
また必ず会いに来る。その時に。
そう約束した。
早速翌週、会いに。妻も連れて。
そんなまさか…。
マドレーヌはその日の朝、急死した。
心臓に重い病を抱え、もう限界だったという…。
それを感じさせないほど魅せてくれた笑顔と人柄…。
彼女を思うだけで目頭が熱くなってくる。
マドレーヌから手紙。それと、思いがけないプレゼント。
どうして、こんな俺に…?
たった一度、ほんの数時間乗せただけ。
それなのに、ここまで人によくする事が出来るものか…?
それなのに、こんなにも死を悲しむ事が出来るのか…?
他人も同然なのに。
それが、一期一会。
それが、美しき旅路。
それが、人。
シャルルが振り返った時、後部座席にはマドレーヌが居るだろう。微笑みを浮かべて。
これから先の人生という道を。
見終わって何の躊躇もなく思える。
いい映画だった。
さながらタクシーでパリ探訪。街並みの美しさと言ったら…!
ミニシアター系作品では今年のベスト候補。
フランス映画の良作。
見ながら、日本でリメイクするのも良さそうと思った。
その時は、誰がいいかなぁ…?
>「あんたのお抱え運転手じゃねえわ!」
そうなんですよね。あからさまに感じられるシャルルのその気持ち。それでいて表面的にはさほど文句も言わずビジネス的に対応している様子。出だしのその感じがよく出せてるから、だんだん聞き入っていく先の描写が素敵なんですよね。秀逸。