「移動性独立国家。」沈黙の艦隊 レントさんの映画レビュー(感想・評価)
移動性独立国家。
日本政府が米国と極秘で開発した最新鋭原子力潜水艦シーバット。その艦長である海江田と乗組員は訓練航行中に第七艦隊から離脱し、独立国大和を名乗る。はたして海江田の真の目的とは。
非核三原則を国是とする日本では核の軍事利用はできないため核兵器はおろか原子力潜水艦の保有も認められない。しかし影の総理たる海原官房参与は防衛力のかなめとして原潜の配備しいては核武装も視野に入れた国防計画を進めていた。
現段階ではシーバットは米軍第七艦隊所属であるために非核三原則には抵触しないが、このような計画が秘密裏に行われていることが明るみになれば政権はひっくり返るだろう。
日本の核武装は現実的にはあり得ないが、それが東アジア地域の安定につながるという考えもある。いわゆる核抑止論だ。
劇中何度も自国の安全は自国で守るべきだというセリフが出てくる。核保有国に囲まれた日本が核を持てば確かに力関係が拮抗してバランスが保たれ、かりそめの平和を得ることができるかもしれない。
アメリカとの同盟関係にも縛られず、アメリカが引き起こす戦争に巻き込まれるリスクもなくなるだろう。核保有によって日本は初めて一つの国として自立し、その主権を主張できるのかもしれない。
しかし、核兵器削減が世界的潮流となっている中で新たな核保有というのは国際社会に認められないだろうし、何よりも唯一の戦争被爆国であるため国民の信任は得られないだろう。
また、ロシアのウクライナ侵攻のように核抑止による安定が通常兵器での戦争という不安定を生じさせるパラドックスに陥るため、そもそも核抑止論には実効性が乏しい。
海江田は理想を実現するには力が必要だと言う。その力とは核を言うのだろうか。彼は核武装することで独立国としての主権を主張し大国と渡り合おうというのか、あるいは冷戦後核が拡散し核保有国が増えたことにより冷戦時代以上に核が脅威となっているこの世界の現状に何らかの一石を投じようというのだろうか。
原作が書かれてから三十年以上が経過し、当時とは世界情勢がかなり違っている。特に核の拡散状況においてはNPTを批准してない国による核保有が増えたこと。そしてより深刻なのは非国家による核保有、つまりテロリストによる核保有、あるいは核テロの脅威だ。
海江田が考える世界政府の樹立と沈黙の艦隊計画はあくまでも前述の核抑止論を前提として核保有国を対象としたものであり、テロリストを対象とはしていない。だから今の時代、彼の計画では世界平和及び核廃絶は実現困難な状況になってしまっている。この点については今回の映画化では改変されるのだろうか、続編に注目したい。
映画は潜水艦シーンなどは過去作で使われたCG技術を使いまわしてるのでそれなりだが、固定カメラの映像は臨場感があってよかった。ただ、演出が悪いのか戦闘シーンは間延びした感じで緊迫感もなく、正直乗れなかった。官邸での会議のシーンも話してることはたいして内容がなく、これも緊迫感にかけるものだった。唯一よかったのは潜水艦ものではタブーとされる音の使い方、あえて逆手にとって戦略的に使うのはうまいなと思った。
ちなみに本作は原作者のかわぐちかいじ氏いわく、ひょっこりひょうたん島が発想の原点になっているという。あの作品の原作者の一人である井上ひさし氏の「吉里吉里人」もある村が日本から独立をしようとする話で、当時読んで猛烈に面白かった記憶がある。是非とも映画化してほしいものだ。