劇場公開日 2023年9月29日

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「原作リスペクトが半端ない傑作」沈黙の艦隊 アラカンさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5原作リスペクトが半端ない傑作

2023年9月29日
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鑑賞方法:映画館

かわぐちかいじの原作コミックは、30 年も前に連載された傑作で、全 32 巻で完結している。原子力潜水艦が独立国家を宣言して世界の軍事機構に一石を投じるという壮大な物語は非常に緻密に構成されていて大変読み応えがあった。この作品で提起された世界平和の維持の難しさは、30 年経っても非常に現実的な問題となっている。

かわぐちかいじ原作の実写映画化といえば、2019 年の「空母いぶき」があったが、原作の改変が甚しく、明確に「47」が敵であると書いてあるのに、映画化にあたっては「東亜連合」という架空国家に変更されて、リアリティが消し飛んでしまった上、主役級の自衛官の人物像がバリバリのクソパヨクに変えられたりと、原作棄損の酷い有様に開いた口が塞がらなかった。海上自衛隊の協力が得られなかったのも当然と思われた。

しかし、本作の作りは全く違って原作尊重の意図が徹底されており、勝手な改変がほぼ見られなかった。プロデューサーも兼任した大沢たかおは、自ら海上自衛隊とも交渉して全面的な協力を獲得したそうである。潜水艦の映像の多くは本物の潜水艦で撮影されていて、リアリティが半端ない。この映像を見ているだけでも十分に満たされるほどである。

物語の進行も原作の緻密さが遵守され、原作コミックの第1巻から第3巻の途中までが内容となっている。見事な作り方であり、本気で取り組んでいる姿勢がよく伝わって来た。大沢たかおの海江田艦長は、自信のある態度が非常に好ましく、原作からそのまま抜け出たかのようである。改変がない訳ではなく、中村倫也のエピソードは映画のオリジナルである。中村倫也があの配役というのに非常に贅沢なものを感じさせられた。

配役は豪華で脚本もよく練り込まれており、緊張感が切れるようなところがない。日米の軍関係者も政府関係者もそれぞれ好演していてリアリティが良く出ていた。動きの少ない潜水艦内のシーンは、潜航や浮上を感じさせるのに、カメラを僅かに逆方向に動かすなどの工夫が見られて膝を打った。

ただ残念だったのは音楽である。物語上重要な音楽としてモーツァルトのレクイエムやジュピター交響曲やハフナー交響曲が使われているのだが、いずれも今流行りのエセ古楽器演奏だったのには非常にガッカリした。セコセコした安っぽい演奏はシーンの荘厳さを台無しにしていた。冒頭のレクイエムはベーム指揮のウィーンフィルのものに差し替えるべきだし、ジュピターやハフナーはクレンペラーかカラヤン盤を使うべきである。エンディングの歌も全く映画に無関係で、何故こんなものを流して気分を悪くするのかと真意が解しかねた。

音楽以外には本編の問題はなく、非常に見応えがあった。このまま全話分を映画化してほしいものである。
(映像5+脚本5+役者5+音楽3+演出5)×4= 92 点。

アラカン