「アメコミ風ゴジラの続編。これでいいのか?」ゴジラ×コング 新たなる帝国 アラカンさんの映画レビュー(感想・評価)
アメコミ風ゴジラの続編。これでいいのか?
字幕版を鑑賞。ハリウッド製ゴジラの5作目で、2021 年の「ゴジラvsコング」の続編である。アメコミのような軽いノリで、大暴れする怪獣が見られれば満足という客向けなので、「ゴジラ -1.0」のような感動を求めると肩透かしを喰らう。登場人物も前作から引き継がれており、特に各人物の説明はないので、前作を見ておく必要がある。ゴジラのデザインも踏襲されているが、あまりにずんぐりムックリし過ぎていた前作よりはだいぶスリムになった気がする。
前作同様、話は非常に荒唐無稽であり、リアリティを求めるのはナンセンスである。地球の中に巨大な空洞があって、そこがゴジラなどの巨大生物の生まれ故郷だというのだが、何故か重力が逆転しているというワケワカの設定になっている。地球の中に深く入ってしまえば自分より下の地球の質量が減るので、重力が減ることはあっても、逆転する理由はない。また、特に必要な設定でもなく、何故あんな話になるのかと首を傾げた。そもそも、地下なのにどこから光が来ているんだという疑問は何の説明もされない。
ゴジラがトップネームにあるのだが、前作よりはるかに出番が少なく、ほぼコングがメインの話であり、都合よく働かされる姿には、ゴジラファンとして非常に忸怩たるものを感じた。「巨猿の惑星」とでも呼ぶべき状態がかなり続く。ゴジラがローマに定住しているという話も何だかなである。ゴジラが動き出す度に市街地や橋などを壊すので、ローマ市はとんでもない出費を抱えてしまうはずである。
前作同様に、今作のコングは何と手話を理解して、自分も手話を使うので、人間とコミュニケーションが取れてしまっており、モンスターの条件から外れてしまっている。ゴジラまで人間や他の怪獣の言いなりになって活動してしまうようでは、大昔に見た子供に迎合しまくった怪獣映画を見せられているような気がした。コミュニケーションが取れるなら、暴れるシーンなど不要だったのではないかと思われてならない。
本作に登場する怪物はコングとゴジラばかりではなく、他にも何種類か出て来るのだが、全てが CG で作られている。いずれも魅力に乏しく、コングの食料になってしまったりしているが、筒切りのように刻んだ獲物をコングが食べているシーンは、缶ビールでも口に運んでいるように見えて仕方なかった。コングの義歯についても、どうやって上顎に固定したのか全くわからない。抜けた穴に差し込んだだけでは何も噛めるはずがない。
何もかも謎の世界で、何一つ謎が解明されることなく話が進む。かと思うと、登場人物の一人が突然状況を説明し始めたりする。本当に訳がわからない。そういう点にこだわりを持つような客筋を求めていないのだろう。ロケだけは世界中で行なっているようで、潤沢な資金の存在が察せられた。
本作には、前作同様に巨額の 47 資本が投入されたようで、代償として 47 人俳優が登場しているのが見え見えである。ゴジラ研究者とその養女との親子の関係をさも大事そうに描きながら、同行したクルーの一人がとんでもない目に遭ったのに誰一人それを悲しまず、全く尾を引くこともなく話が進んだのには呆れ果ててしまった。これを書いた脚本家は、FF7 でエアリスが死ぬように進言したというスクエアのクソ社員並の冷血感なのだろう。
音楽は本格的にクラシカルな作りで好感が持てたのだが、完全にオリジナルの曲で、伊福部昭を感じさせるようなところが皆無だったのには残念だった。CG での戦闘シーンはそれなりに見応えがあったが、やはり脚本の出来の悪さがハリウッド版の難点であると思わされた。この先、更に続編が作られる可能性もゼロではないと思うが、この調子で続けられても見る意味があるのかどうかは極めて怪しいという他はない。いずれにせよ、くれぐれも 47 の言いなりにはならないで欲しいと表明せずにはいられない思いに駆られた。
(映像5+脚本1+役者3+音楽4+演出3)×4=64 点。