君たちはどう生きるかのレビュー・感想・評価
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俺はこう生きたけど
頭に「俺はこう生きたけど」と付けると、
今までの作品はこうやって作ったんだ。
俺のこの体験が後のジブリの作品になったんだ。
と言ってるように思えて、
あぁこれが本当に最後の作品なんだなと思えて
感慨深くなった。
全く情報を与えないと言う策略も重なって
宮崎駿監督生きてるよな?と見終わって心配になるほど
集大成的な映画だったように思う。
誰もが、あれ?これあのジブリのあのシーン!
と思うような場面が散りばめられてて、
そのワクワクと同時にこれが最後と言われてるようで
悲しくもなる、そんな映画だったと思います。
ただ、宮崎駿監督の描くキャラクターって、
どんどん何考えてるか分からなくなって来て、
キャラクター同士の関係性も希薄になってるように
思えて、感動するべきシーンで全く心が動かなかった。
どう言う事?なんでそうなるの?
と引っかかる部分が多くて、
昔みたいにワクワクドキドキして
キャラクターたちと一緒に冒険してるような感覚に
なれなかったのが残念でした。
ジブリで育って来たと言うのがあるので、
俺はこう生きたけど君たちはどう生きる?
と言う宮崎駿監督からの問いかけだったとしたら
劇場に足を運ぶしか選択肢はなかったです。
面白いけど面白くないけどつまらなくはない
アオサギ頑張ります!観客の皆さんも大注目です。
ネタバレ厳禁!らしいので鑑賞記録のみを記載します。
8/5土曜日11:35から109シネマズ湘南シアター4で鑑賞。
167席のお部屋でお客様の入りは8割方、夏休みの土曜日の昼間の上映回なので、半分くらいは子供連れの家族客、高校・中学生らしい若者グループも多数。賑やかな感じであったが、始まったら皆さん、マナー正しく、スクリーンに見入っていました。スマホを見たり、お菓子をガサガサする不届き者もまったくなく、作品に集中していました。
私も静かにいつものようにポップコーンセット頂きながら、宮崎ワールドに浸っていましたが、残念ながら、残業続きで相当疲れていたせいもあり、ちょっとウトウトしてしまいました。
もちろん、見る価値十分です!
冠婚葬祭。宮崎駿だからこそ描けた
まさに今回の映画は冠婚葬祭。ジブリ映画の宮崎駿の作品はほとんど見てきたが、火垂るの墓を何故か彷彿とされた。
にしても今作には怒りを投影したのかは分からないが、風立ちぬ以前まで宮崎駿はどこかエウリピデスやアリストファネスに近いものを感じる。
君たちはどう生きるかの原作となる吉野源三郎の方を以前読了したが、多くの方が内容が違うという。だがこれは完全に違うのではない。(私が感じた)メッセージは似ていて、「風立ちぬ」で行った名前とモチーフを借り、もうひとつの堀の方をストーリーとして並べた手法と今回は似ている。多くの方が言われているように、今回はモチーフと名前が「君たちはどう生きるか」、ストーリーは「失われたものたちの本」だと考えているが、他にも何かあったらお聞きしたい。
宮崎駿が解釈したものと現代に伝えるためのものを現代で翻案されたのだから、原作とストーリーが異なるものがあるのは当然だし、本来あるべき翻案の姿とあってもいい。吉野源三郎がシェイクスピアならば、そのような翻案もしなくて良かったのだ。
今ではエンタメ製として様々な文庫本が映画化やドラマ化されたりもしているが、元々のメッセージ性のある作品を元来のフランスのように翻案されたものは本当に少ないと考えている。創作をしている人間からしたら、この映画は考えたくて考えたくてしょうがない作品で、突き刺さるものでもあっただろう。
また様々な人が最初の5分間を語っているが、たしかに最初のつかみと没入感というものはすごいという言葉だけでは表せない。まさに鳥肌は経ったしザワザワするというのがこういう感覚なのかと冒頭で考えた。
最初から埋まるという表現が多く、足だけではなく体も、なにかにつつまれてしまう現代社会の閉塞感も何となく感じる。
メッセージや事柄を抽象化するのが上手い創作者というものは、どうしても魅力がある。
死そのものの恐怖ではなく、今という意味、生まれるという存在への焦点。あっぱれにも程があって、これほどまでに自分の語彙力の無さを痛感した。本を人よりはよく読んだと思っていたが、やっぱりまだ足りない。本の重要性も身に染みた。
多くの数字も出てきていたが、個人的に気になったワードは裏切り、禁忌、あと何かあったような。記憶が飛んでしまったな。にしても人間はいつの時代でも天災にも人災にも見舞われていて、私は自分に不利益なことはやはり嫌だから、憂鬱とした気分にはなってしまうね。ただそんなことがない世界は一生来ないし、その世界でどう自分が生きるかなのだね。
私はまだ成人してばかりだし、戦争も経験しなければ、唯一体感した大震災も小さな頃で記憶には無い。経験をしていない人間が、人災や天災を少しでも肌に感じさせる方法はやはり映画や舞台しかない。目の前で見なければ意味が無いものがほんとに多くあって、これは宮崎駿だからかけたんだ。私には一生書けない。
確認したいところがあるためもう一度見に行こうと決心したが、ドアプレートの数字やまひとの机から崩れ落ちた本の名前、あそこをボヤかさずにいくつか題名を記して映し出したということは何らかの意味があると考えている。
唯一覚えているドアプレートの数字があったが、私たちに今を生きるしかないというメッセージ性も語られていた。そしてそのドアプレートはまひとが開けていたのも重要であった。(手元を見ていないためもしかしたら違うかもしれないが)
コペルニクスやアインシュタインのモチーフもあって良かった。個人的に気になったの中盤で落ちた薔薇だが、あのバラが落ちるというまではニュートンの有名なリンゴのやつだけれども、なぜバラなのか、最初に星の王子さまを思い浮かべたが何か違うような気もするしこれに関しては私の勉強不足であった。
私の勝手ながらの解釈のため全部間違ってる場合もあるし、意味がわからないし言葉足らずで何が何だかと思うかもしれないけれど、ただ宮崎駿は私に考えるという行為を止めさせないでいてくれた。これだけでも十分の成果で、星5だけではなく星9くらい出したい。
後半でずっと語りかけていた、君ならいい世界にできる。でも僕は嘘をついた、その石を積むことは出来ない。ならこの世界は崩壊する。石は必要だけれど、自分の意思も必要なんだね。
まさに今から人生をあゆむ私たちのための映画でもあり、それをまひとを主軸とするのは本当に良かった。人は忘れるものだとは言っていたけれど、映画や紙媒体は残すことが出来る。記憶を残すための手段はいくらでもあって、宮崎駿はどう生きるかと提示したが、あなたにもまだ生きていて欲しいよと思ってしまった。でもこれが最後の作品でいいのかもしれない
意味がわからない 自らの過去作の劣化コピー
新しい母に馴染めない少年が、さまざまな経験を経て、受け入れる物語とは理解した。全体的に過去の(自らの)ジブリ作品を意識しているような設定、場面、登場キャラクターが多いように感じたが、いずれも過去作に劣っており、劣化コピーになっている。クリエイターとしての限界を感じた。
問題はあの異世界が魅力的に感じないこと。千と千尋や猫の恩返しでは異世界ではあるもののそれぞれ秩序がありあの世界は世界で成立していることに魅力があった。この作品は異世界が不気味でどことなく陰鬱な雰囲気が漂っており全く魅力的に映らなかった。
登場人物もスッキリした好感を持てる人物が少なくその魅力も無かった。青鷺受けを意識しているのかもしれないがあのビジュアルは流石に受け付けられない。主人公は少年であることを考えれば全然受け入れられる。ヒミは時代錯誤感がある。後なぜワラワラごと燃やしてたの?ワラワラはコダマの劣化コピー。可愛い受けを狙っているのが如実に感じられ不快感があった。インコも見た目及び人を躊躇なく食べることが不快。
あと墓の主ってなんだったの?
宮崎駿最後の作品、いやジブリ最後の作品にしたかったのかな?
作品が始まって20〜30分経って、この映画はいつ面白くなるんだろう?と、でも必ずどこかで挽回してくれるはず!だって天下のジブリ宮崎駿作品なのだから!と信じて見てましたが、とうとうラストまでその時は来ませんでした。
もう感想うんぬんよりもなぜこんな作品になってしまったのかを色々考えて見ました。
制作中に宮崎駿監督がなんらかの理由で現場からリタイヤしてしまい仕方なく続きを息子の吾郎さんが勘で完成させた。
ここまで視聴者置いてけぼりにしたのは実はわざとで、過去のジブリ作品のファン達に「ジブリはもう終わり、限界です。いつまでもジブリに幻想を抱かずもっと新しいものを見つけて生きていってください」というジブリファン達にジブリ卒業を促す宮崎駿最後のメッセージだった。
宮崎駿監督80歳を超えて、お年寄りによくある頑固さが抑えきれずに周りが制御できなくなってこんな作品になってしまった。
など。
宮崎駿監督いままで素晴らしい作品をありがとうございました、お疲れ様でした。
自分は紅の豚が1番好きです( ^ω^ )
賛否両論というレビュー
賛否両論のレビューを読んでいて、どんな作品なのだろうと原作?の本の方は未読で鑑賞。
アニメというコンテンツはリアルとファンタジー、その両方を自由に表現できる事が最大のメリットだと思っているので、今作はそれを体現したような作品だと思いました。
宮崎監督ほどの演出家になれば、万人が理解できる分かりやすい作品を作ることは簡単だと思う。しかし、それでは宮崎監督自身が面白くないのでしょう。
考察する余地を残し、情報も必要最低限表現していく事で、観客がこういう事なのか、もしくは、、、と考えたり、観たもの同士で話し合ったり。そういう作品にしたかったのではないかと思います。
そのような表現だから、ここからは私自身が感じた感想です。
母を亡くした少年の成長と義母を受け入れるための通過儀礼がベースにあり、戦争の愚かさ、貧富の格差、セキセイインコの大量発生や地球規模の環境破壊といった社会問題も取り込み、正しいも悪いも決めつけない。
この作品を観た者が何を感じどう思うのかを問いかけていくような作品だと思いました。
それこそタイトルの通り、「君たちはどう生きるか」。
宮崎駿監督が作品作りの集大成として、子どもの頃に宮崎アニメを観て大人になった人達に、これからの世界を君たちはどう生きていくのかと、、、。
色々、考えるきっかけになるような作品だと思いました。
宮崎駿のもうひとつの集大成。大衆向けではないけど好き
又聞きの評価がどれも「難しい内容だった」というものが多かったので興味本位で視聴。
結論を先走るならば、「なるほど。確かに深い映画だ」、「宮崎駿らしい描写で考える人生論」というものが浮かんでくる。
タイトルにもある通り、“生”が大きく関わってくる作品だからこそ、そのテーマも重く深いものになってる。
“どう生きるか”と考える瞬間は人生の中に幾度と無くしてあるもので、その度に始まる新たな出会いは勿論、かけがえのない存在との別れ。それらを何度も繰り返すことで、人として真っ直ぐに成長をしていく。
それらを宮崎駿風の冒険活劇を通して、映画として見せられていたのではないかと思う。
難解だったという意見に関しては、同情をせざるを得ないのが正直。
上映中にも過去のシーンと今見ているシーンとを照らし合わせて、「このシーンの描写は前のこのシーンと重ねることで意味を成すのか」と思えるような描写が幾度と無くあったこと。
またそれ以上に先述の「どう生きるか~」の考えに至るのも、上映終了後小一時間考えに考え抜いて至り得た感想である。
普段にはあまりない経験だった、からこそ「難しい」といった意見も感覚として理解を深くも思えてしまう。
総じて、自分個人としては面白かったし、知人に勧めるのも憚らない完成度の映画にとは思うが、何分難解さを秘めいているのも事実であるからこそ、映画的「大衆娯楽」性があるかと言われると一考の余地がある。
宮﨑駿監督の描く児童文学作品
3回鑑賞しました。
初回に鑑賞した時は、何となく面白いんだけど消化不良気味な感じは否めませんでした。ストーリーがわかりにくいのか、演出のテンポが悪いのか、今回の久石譲氏の音楽が全編通じて静かなトーンだからなのか…色々考えました。
しかし何度も鑑賞していくにつれ、次第に自分の中でこの映画の輪郭をはっきり捉えることができるようになった気がしました。
この物語の主人公を取り巻く現実はとても辛いことばかりです。戦争、親との死別、新しい親との関係、不慣れな田舎での暮らし、イジメ…。
そんな主人公は自暴自棄になりつつも、不思議な鳥(アオサギ)や実母の残してくれた本とのを出会いを経て少しずつ生きる力を取り戻していきます。そこから物語が動き出します。
誘われるように入り込んだ不思議な世界で主人公は様々な出会いを体験をし、少しずつ成長していきます…。
難解…と言われているようですが、難解なのはあの不思議な世界の構造だけで、物語そのものはシンプルで少年の瑞々しい成長譚である…というのが3回目を見たあとの自分の感想です。エンターテイメントというよりは、児童文学という言葉が相応しい映画だと思います。
このようにこの映画の輪郭を捉えてからは、初回にはピンと来なかった演出も、静かな音楽も全てが腑に落ちるようになり、3回目の鑑賞後は含蓄のある素敵な児童文学作品を読み終えたような感じを覚えました。
最後に、個人的にこの映画の好きなシーンは、終盤、ある目的の為に主人公がありえない身体能力を次々と発揮していくところです。非常に爽快なその演出に「未来少年コナン」を彷彿とさせる宮﨑駿監督のアニメーションの真骨頂を見た気がしました。
タイトル詐欺と言いたくなる内容
まずはじめに言っておきますが、私はジブリ映画のアンチではないです。
紅の豚とか大好きです。
ただこの映画はつまらないです。
意味がわかりません。
以下、映画の内容等について思ったことです。
・なぜこのタイトルにしたのか?
事前の情報がなく、予告編もない今回の映画。「君たちはどう生きるか」というタイトルおよびポスターから同名の書籍をジブリ風にアレンジしたものかと思っておりました。いや〜全く関係ないやん。少なくとも自分はそう思いました。そもそも、あの内容なら、このタイトルにした意味が本当にわかりません。
・なぜ予告編などを出さない。
自分は映画を観るかどうか決める時は、予告編を観たり、あらすじを確認したりしてから決めます。なので、今回は非常に困りました。観るかどうか、かなり悩みました。
・意味がわからない。
全体を通して意味がわからなかったです。というか内容がない。その時々で思いついたシーンを繋げましたって感じでした。謎も疑問もほったらかしだし。ラストについては、「はっ?だから?」って感じでした。
以上
この映画の内容について色々な考察がありましたが、そもそも全体の内容を考察しないといけない映画はあまり良くない(悪く言えば駄作)というのが個人的な考えです(考察には明確な答えがないので)
確かに考察が必要だったとしても、良い映画はありますが、そういう作品は結末についてはわかりやすくしっかりとしています(この作品はそれができてないので)
あと、考察の中に監督の人生を描いてるみたいなことがありました。私もその考察については、反論はしませんが、それならこの映画は初めから観に行かなかったと思います。
あっ、だから予告や事前情報を出さなかったのか〜
2023/08/08追記
自分は未熟者なので今回のこの作品は正直、面白さを見出せなかったです。
もしよろしければ、「こういう所が面白よ」と、コメントにて、ご教授していただけると幸いです。
また、ストーリーはどういう所が面白かったということも、ご教授していただけると幸いです。
2回目以降観る時の参考にさせてもらいます。
2023/08/13追記
コメントにも書きましたが、金が絡むなら匂わし、皮肉はダメだと思います。
食事でメニュー(ポスター)から塩ラーメン(映画タイトル)を注文(映画鑑賞)して不味い醤油ラーメン(面白く無い内容)が出てきたら許せないですよね。文句を店(監督他)に言ったらメニュー(ポスター)に鷺が書いてるから察してくださいと言われたら、腹立ちますよね。まぁ、美味しい(面白い内容)なら許せますが(満足しますが)
人生をアニメーションという比喩を通して考えさせられる
ジブリの新作「君たちはどう生きるか」
生と死の厳しさ、戦争、人生の生き方と困難。
この幅広いテーマを一本の映画で、しかも全て比喩で表現されている。
一つ一つの所作や言動に意味があり、どこに感銘を受けるか受け手の見方によって大きく変わる。
そのため全ての人がこの映画から大切なものに気付かされる素晴らしい大作だと思う。
しかし万人にオススメするわけではない。この映画は最初から最後までほぼ比喩で表現されている。だから頭を空っぽにして受け身でも楽しめるジェットコースターのような映画だと思うと意味がわからず退屈な時間になると思う。
目線、セリフ、ワラワラ、アオサギ、積み木、波、、それらが何を表しているのかどんな心情の変化があるかを考えながら見る必要がある。
名作と呼ばれる映画は必ず賛否両論分かれる。ただこのレビューを最後まで読んでるあなたは確実に充実した時間を過ごせるだろう。
僕たちはどう観たらいいのか
ジブリでいちばん好きなのはとなりのトトロ。ネコバスの行き先が「メイ」になるところで落涙必至。それ以外の作品には特に思い入れがない。なので正直、本作が意味するところを考えるのはめんどくさいだけでしかない。
宮崎駿のキャリアなのかジブリ作品群の投影なのかわからんけど、好意的に解釈しなければ、82歳の監督は認知症じゃないかと思ったほど(超失礼)。監督の作品づくりはシナリオが彼の頭の中にしかないというやり方だし、出来上がりを観た鈴木敏夫も宣伝に困って、事前情報を出さない手法を採ったのではないだろうか(暴論)。
仕事疲れもあって中盤はスクリーンを薄目で観つつも度々意識が違う場所へ飛ぶ始末(レビューを見たら寝た人多かったようで…)。それでも客は大入りだしオレ自身観てしまったわけで、あらためてハヤオ&ジブリのブランド力すごい。それははっきりわかった一作。
サギが出てきます もうおわかりですね
宮崎駿監督の作品には駄作はないと常々思っております 今回も少なくとも期待は裏切られないだろうと思って映画館に足を運びました 「君たちはどう生きるか」からは着想をえたらしいです でもサギのキャラクターが出てきて、異世界に主人公が入るあたりから、原作は全くかんけいないことがわかりました それからはひたすら退屈な時間を過ごすことになります
サギってそういう意味なんですね 監督自ら「何か期待してるらしいけど違うよ」ってことですね アニメで哲学的な問答をどう描くのかに期待したのですが、過去に見覚えのある陳腐な”ファンタジー”場面のオンパレードでした 引退を撤回して10年も費やしてまで何を描きたかったのでしょうか
明らかにサギなんですが訴えても賠償はとれませんのであらかじめご了承の上鑑賞を
君たちは死や喪失をどう乗り越えるか
死や喪失に対し「はい!これが苦しいんです!」という明確な主張はありませんでしたが、序盤の主人公の説明できないような行動から、苦しみや喪失感が伝わってきました。
私たちも、身近な人を喪ったり、世の中の不条理や悪意に遭遇したりと、そういった苦しみが誰しもあると思います。
失意といっても色々です。ちょっと「いいな」と思った好意、幼かった頃の、感受性が強い時の、密かな思い。でも、それが思いもよらない形で無惨に裏切られた(と思ったり)、 小さなプライドを守るにはあまりに心にさざ波が立ちすぎる事件が起こるときもある。
と、若くてきれいな義母を主人公が横目でちらっと見た視線から感じました。詳しくは本編。
でもこの映画を極彩色の世界を主人公と一緒に駆け抜ければ、一生懸命になる自分に爽快感があったり、ひそかな思いを暗い恥の感覚としてではなく別の面から捉えることができ、新しい自分になっている事に気づくと思います。
それは何かというと、主人公が意図せずお婆さん・キリコさんたちやアオサギと関わったように、人は当初「この人と」とは思っていなかった人たちと一緒に世界を懸命に生きていく、と思います。大変な目に遭った時、今現在だけの姿や見た目にとらわれず、心の全ての感覚を使って人を判断することを学んでいくのだと。
見る時によってつど姿を変えるアオサギ、キリコさんなどが、そんなメッセージを送ってくれている気がしました。
以下、ネタバレあり
①アオサギ
・物語のトリックスター(予測できない動きで物語を進展させる人物)のような、鍵となる人物。最初はトラウマの引き金を連呼して刺激してくるなど、とんでもなく邪悪で、人の心の聖域にずかずかと入ってくる人物に見えます。しかし油断ならない相手ながらも、物語後半ではその飛行力が必要になってくる人物。
→現実世界でもそういう人たちと協働しないといけない時がありますよね。憎い、嫌い、じゃ割り切れない。相手の力が必要。
②キリコ
・使用人たちの一人のおばあちゃん。はっきりした態度で一際きわだっています。最初は矢と引き換えにタバコをねだるなど、「裏取引を持ちかける」ずるい人物だけのように見えましたが、精神世界のアナザーワールドでは、持ち前の気性のしっかりしたところを生かして主人公を救ってくれ、命を慈むような思いがけぬ優しさを見せる人物。
→ 物語中盤で、主人公がおばあちゃんたちの人形に囲まれながら呟くシーンがあります。
「おばあちゃんたち、ごめんね」と。
なんでごめんね、なのかなと最初は思ったのですが、おばあちゃんたちは最初は戦争中の薄暗い雰囲気の中で、卑しさ、得体のしれなさ、醜さ、平凡さとともに描かれていました。
だから主人公も「所詮自分とは関係ない知らない人たち」「賤しいつまらない人たち」と見下げ、距離を取りたいと思っていたと推測します。
そして、そんな自分の先入観や心の氷に気づき、謝罪したのでは?と思われます。
なんてったって、異世界のアナザーワールドで守ってもらった後に見たおばあちゃんたちの人形には、醜さはなく、慈しみや安心感に満ちていましたから。最初と全然印象が違います。
不条理な悪意にさらされることのある世の中で、おばあちゃんたちは本当に「護ってくれる」よき身内だと本能的に主人公は察知したのだと思うのです。
このあたりから主人公が望みのために闘っていく、という転換点が始まったと思います。
もっと踏み込むと、「君たちはどう生きるか」という生き方の智慧がさりげなく描かれているようになりません。ーー先入観を排し、かつ過去や背景を考慮し、相手のよさに目を向けながら、包括的に理解しようとしていくうちに人間の本質が見えてくる。そうすると、自分の中のここは安全という身内や仲間が決まるので、外の世界に向かっていける、体当たりできるようになるーー主人公も後半では、「警戒すべきもの」と「安心できるもの」とがちゃんと識別できるようになっていました。例えば、の解釈ですが。
以上が最終的に仲間になる①アオサギや②キリコから私が受け取ったメッセージです。
まとめると、
・死や喪失、失意を乗り越えて生きていかなくちゃいけない
・そのためには、身近な人たちとの新しい関係をしっかり認めて築いていきながら、今を一生懸命駆け抜ける営みの連続によって、仲間を得て、不条理な悪意を退け、自分の望みを明確にし、生活の中での立ち位置を確立していくしかない
そういうことを、象徴的に繰り広げられる色彩豊かなファンタジーの中に凝縮させたのではないかなと思いました。
極彩色の世界を、説明のつかない出来事のなかを一生懸命駆け抜ける主人公と伴走させてもらい、まとめて自分自身を振り返ったような気持ちでした。言葉にならないで感じてきた思いーーしいていえば、自分の学生時代の鬱積、絶望、そして憧れを、その後の社会人時代でどう闘い、どう昇華していったか、という自分自身の物語をも、映画の中にかいま見た気がしました。
この物語が何に?
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