「予想外にわかりやすい作品。ただ主人公に魅力なく共感は得られず」君たちはどう生きるか さへいじさんの映画レビュー(感想・評価)
予想外にわかりやすい作品。ただ主人公に魅力なく共感は得られず
遅ればせながら、話題の映画『君たちはどう生きるか』を観てきました。
巷では難解でわかりにくいという噂だったので、私もちょっと構えていったのですが、フタをあければ拍子抜け。個人的には驚くくらいわかりやすい作品でした。
ほとんど説明もなく異世界に行くような流れに慣れてない人はともかく、アニメ、特に現在のアニメでは、どこにでもある設定なので、そういったところはまったく気にならないし不思議にも思わない。
そして異世界でのキリコもすぐに一緒に消えたお婆さんだとわかったし、ヒミも最初に登場した時点ですぐに眞人のお母さんだとわかりました。おそらく宮崎駿もまったく隠す気はなく、ほとんどの人がそう思ったことでしょう。
私はもっと不条理に満ちていたり、理解困難な理念を提示されたりするものと予想していたのですが、そういうことはほとんどなく(アオサギやペリカン、インコの存在が不条理だと思う人もいるかもですけど、そういうのも不思議の国のアリスから延々と描かれ続けているものなので、どうということもない)、完全に寓話としてのお話。
あちこちに込められた、散りばめられた、ひとつひとつの暗喩や意図がすべてわかるとは言わないし、そこにものすごい深淵な寓意が潜んでいるのかもしれない。
ただ私は、古今東西を問わず物語の基本中の基本、少年の成長譚、大人になるための通過儀礼を丁寧に美しく描いた作品だと理解しました。
少年の成長譚の基本といえば、父超え(父殺し)と母との別れ。ガンダムもまどか⭐︎マギカもこれをしっかり描いているから歴史的名作足り得た。
「君たちはどう生きるか」に登場する父親は俗物に過ぎず、乗り越えるべき畏怖する存在としては描かれていない。ここでは母との別れが物語の中心をなす。
ナツコは母の面影であると同時に、眞人の初恋の存在でもある。そして異世界でヒミと会うことにより、絶対的な存在であった母を相対化することができ(母が自分の母親である前に、ひとりの女性であるということを、目の前につきつけられるわけだから)、今生の別れを覚悟することができる。
物語当初、石で自分の頭を傷つけたのは、自身の弱さ・幼さが表出した自傷行為であると同時に、それは結果として、大人になるためのイニシエーション(通過儀礼)となった。それは異世界でのキリコの頭にも同じ傷があることからもわかる。これも物語の基本であると同時に、古来より人類の風習でもある。
父が毛が伸びたら隠れるから大丈夫と言ったことも、時の経過とともに消失してしまう少年期の一時のものであることを暗示している。またラストにアオサギが異世界の出来事を忘れてしまうと言う場面も同様だろう。
つまりこの映画が描くのは、少年が大人になるときの葛藤を描いたモラトリアムの寓話であり、大人になったら記憶から薄れてしまうような類のもの。忘れてしまうかもしれないし、大人になったら必要はないものかもしれないけど、それがとても重要で意味のあるものであることは変わらない。必要がなくても、大事なものはこの世の中にいくらでもある。
宮崎駿は以前、自分たちが作るアニメなんて、二、三回見たあとは全部忘れて大人になって欲しいって公言していた。たぶん今も同じ思いで、この作品を作ったんじゃないかと思う。
大おじが目指したものについては、これはあくまで個人的な見立てだけど、多くの人がこのように思うのではないか。
宮崎駿の背景からも、大おじが目指したものは、戦後民主主義的なるものであり、「下の世界」が崩壊したのは、その挫折をそのままに描いたのではないか、と。
もっと直截にいえば、学生運動や社会主義革命の挫折。大おじの跡を継ぐものがいない、血縁のある眞人すら拒否するというのも、当時の思想が現在ではすっかり大衆から否定されていることをなぞっている。元いた世界では大人しいインコも、その異世界では人食いインコと化すのも、普通の学生たちが狂気に走ったことを重ねているように僕には映る。インコの大王は森恒夫か重信房子か。
…と、このような感じで、私にはものすごくわかりやすい作品でした。先に述べたように、あちこちに散りばめられた暗喩や意図がすべてわかったわけではないけど。
だから…というわけでもないけど、そこまで面白いと思ったり、深い印象が刻まれる作品でもなかった。また主人公の眞人も作中の努力が足りず、ご都合主義的に周囲に助けられるばかりで、あまり共感できる存在には感じなかった。千と千尋の千尋の方がよっぽど頑張っていて共感できた。
私は世間ほどジブリが好きではなく、実はあんまり観ていなくて、限られた中では、もののけ姫のほうがよっぽど胸に刺さったかな。
まあ当時は自分もまだ若かったし、感受性ももっと敏感だったろうから、そう思うのも仕方ないか。それに何より、宮崎駿もさすがに年老いて、当時のようなエネルギッシュな作品は作れないのだろうし、こういう寓話になってしまうのは必然なのだろう。
若い人がこの映画を観て、どう思うのか?
「君たちはどう観たのか」私はそれを聞いてみたいなあ。