劇場公開日 2023年7月14日

「本作の意味」君たちはどう生きるか つぁさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0本作の意味

2023年7月26日
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鑑賞方法:映画館

楽しい

まずこの作品の「意味」ですが、基本的には以下のような感じですよね。これを直接言ったとしても伝わるメッセージにはならないから「千と千尋の神隠し」や「ハウルの動く城」などのようなファンタジーの形式を取った。まずファンタジーを楽しんでもらって、一歩引いてみてもらう。その背後にある現実と同じ構造を徐々に意識化してもらうというパターン。このパターンに観客はすでに親しんでいるという前提で本作は作られています。つまり「ファンタジーに意味不明な部分があるのは、その裏側にしか本当の意味はないからだ」という理解の上で観客も観てくれているという前提があるので、この前提が共有されていなければまったく意味不明になります。以後感想。

あらすじ
主人公は母方が産業で財を成した家である。母は開戦3年目に死亡。父は社会的に有能だが物語に関係してこない(社会的な成功は本作で言う「どう生きるか」とは関係がない)。母の死後(あるいはその前か)、母の妹にすごい速さで手を出すところに驚く人もいようが、家業のために妹が強かなだけか。翌年に父と母の妹はデキ婚。
開戦4年。主人公は家の工場移転に伴い、疎開を兼ねて母の実家を初めて訪れる。同時に父が再婚する母の妹に会う。実家は古い屋敷で、山を背にした敷地は広く、日本家屋の母屋のほか、池、裏山、閉鎖された洋館を有する。閉鎖された洋館は母の大叔父が建てさせたものである。大叔父は失踪している。
金持ちの主人公は転校初日から浮いており同級生にタコ殴りにされる。主人公は騒ぎを大きくしてやろうとしてか、石で自分の側頭部に傷をつける(やや大げさに出血が描写されてはいるが、ここは切ると本当に血が止まらない。血の池くらいはできる)。そのまま学校には行かなくていいことになる。主人公が熱を出して寝込み数日後、母の妹が身重のまま失踪。一族の者が迎えに来る必要があるというアオサギの執拗な誘いに乗り、主人公は森に分け入っていく。
洋館が建っている場所には、もともと維新の頃に落下してきた巨大な隕石が立っていた。大叔父はそれを洋館で石棺状に囲わせて保護したのだという。
この洋館は地下構造が複雑で危険なため、大叔父の失踪後は閉鎖されてあった。主人公は誘い込まれた世界で、アオサギの言う通り(?)若い頃の母と、母の身重の妹とを見つけることができる。大叔父は積み木状の白い石の積み方に微妙な調整を加え続けることでこの世界のエネルギーを維持しており、主人公にその作業を継いでもらいたいと言うが、主人公は「石には悪意がある」と断る。大叔父は主人公の母に再度主人公を呼び寄せさせ、悪意のない新しい13個の石を使って仕事を継ぐように求める。今度は主人公は「自分には自分でつけた悪意の印が頭についているため、その仕事はできない」と断る。インコの大王の乱入により白い石のバランスが崩れ、世界と大叔父が消え去り、全員が解放される。

要点
主人公の家の家業は航空機の部品納入である。作中では近所の工場で戦闘機のキャノピーを製造し、鉄道で納品している。有名な話だが、宮崎駿の家の家業が航空機製造だったことが関係している。母方の親族としては母、母の妹、失踪したはずの母の大叔父が出てくる。祖父、祖母は出番がない。祖母は母が若い頃に亡くなっている。母、母の妹、屋敷に古くから仕える7人のばあや、大叔父のほかは、かつて大叔父が持ち込み困窮した鳥たちと、人間の生まれくる命であるワラワラたちだけが、石棺のような洋館の中の世界での話の主要部分に関係してくる。このことから、この話は翼に心を奪われ、そして放射能によって翼を奪われた彼ら一族の物語であることがわかってくる。
また、大叔父は、異常なまでに細やかな石の積み方の調整により、世界に供給するエネルギーを安定させる作業を繰り返し、この世界を作り上げた。大叔父は外から鳥を持ち込んだ。セキセイインコは進化し数を増やし、繁殖し足の踏み場のないほどに繁栄しているが、密度はもう限界である。ペリカンは生まれくる人の命を喰らうが、このほかに食べるものがないという。大叔父は現状を維持するのが限界であり、世界に新たな力を与えて鳥たちを以前のように暮らさせてやることができない。そこで主人公に、悪意のない新しい13個の石を使うように勧めるが、オウムの大王がこれを奪おうとしてバランスを崩し、世界ごと崩壊させてしまう。

解説
これは終わってしまった日本の航空産業などの自主技術開発、使えといわれ渡されている扱いの難しい原子力、エネルギーにより一時的にもたらされる繁栄、そして生じる生活環境の行き詰まりの話だ。最後に主人公は「悪意のない新しい石であっても、自分に悪意があるかぎりは使うことはできない」と言って大叔父の仕事を継ぐことを断る。これが主人公の「どう生きるか」に対する答えになっているのだが、13個の悪意のない新しい石とはなんだろう? 理解不足で「君たちはどう生きるか」がどんな問いなのかまではっきりと行き着くことはできなかったが、それはおそらくこういうことだ。たとえ原子力をやめて安全なエネルギーを供給したところで、一時的な繁栄のあとの行き詰まりは見えている。そのとき、側頭部の傷のような、柳条湖事件のような手段で対処してしまうことも見えている。そうであれば多大なエネルギー供給は、何を見越してなんのためにするのか? これを考えなければ将来を考えたことにはならないだろうということだ。

つぁ