「「魂の物語」として素晴らしい」君たちはどう生きるか かこすけさんの映画レビュー(感想・評価)
「魂の物語」として素晴らしい
宮崎 駿監督の「君たちはどう生きるか」を息子(小5)と観てきました。上映中息子が何度か横から「おもろない」「つまんない」と囁いてくるのを、「まあ、まあ」と宥めつつの観賞でした。
さて、私個人の感想としては、一言で言い表すのは難しいですが、「自分の奥底で、深いところで、頷くものがあった。」です。
私はラピュタやトトロなど、同監督の初期の作品が大好きです。子供の頃に観たこれらの作品は、セリフを憶えるぐらい繰り返し観るほど私を魅了し、その後の私の人生に多大な影響を与えたと言っても過言ではありません。
それと共にもう1つ、私の人生に大きな影響を与えたものがあります。それは、心理学者の故河合隼雄さんの著作と、そこで紹介されていた様々な児童文学の作品です。河合隼雄さんの著作に「子供の本を読む」と「ファンタジーを読む」という2冊があります。河合隼雄さんは「心」と「体」とは別の領域として「魂」というものの存在を仮定して、人の在りようを考えた方ですが、上記の2冊の中で魂を描いている作品として様々な児童文学を紹介されています。そこにはジブリがアニメ化した作品が「ゲド戦記」も「床下の小人たち(ジブリでは借りぐらしのアリエッティですね)」も「思い出のマーニー」も紹介されていたはずですし、「耳をすませば」のパンフレットでスタッフの方の好きな、あるいはオススメの本として紹介されていた「トムは真夜中の庭で」もありましたので、ジブリとこうした児童文学の関係は密接と言えますし、河合隼雄さんがよいと思われた作品との共通性は否めないものがあります。実際、宮崎駿さんと河合隼雄さんは対談などもされていましたので親交があられたのかなとも(詳しく存じ上げませんが)思います。
私はこの河合隼雄さんの著作で児童文学における「魂」の描かれ方について慣れ親しんでいたためか、今回の「君たちはどう生きるか」は、とてもしっくりと「魂を描いた物語」として観ることができました。そこには、私の忘れられないいくつかの夢で見た景色があり、昔この世のものとは思えない美しい海辺に立った日に感じた風があり、深く感動した児童文学の世界があり、16歳で突然逝ってしまった友人がいた。そういう映画でした。「魂」の世界を描いているのですから、その領域で観なければ訳が分からないのは当たり前だし、難しかったりつまらなかったりしても当たり前かと思います。この映画は主人公の傷ついた魂が癒やされるまでの物語とも捉えられるし、映画全体のストーリーが、宮崎駿さんの魂のお話と捉えることも出来ると思いましたが、(ここで言う「魂」は、「心」とは異なります)この物語を映画という形で作ることを可能にした宮崎駿さんの才能や経済的条件、関わったクリエイターさん達の素晴らしい力、鈴木プロデューサーの理解など全てに拍手を贈りたい。
そもそも、魂のお話というのは、商業的な視点とは相容れない部分がある、ましてや尺も決められ、観客動員数も気にして作る映画などという媒体でそれを作るのはかなり難しいと思います。その難しさは、これまでのジブリ作品で随分感じたところです。魂の世界の出来事は、例えば今回の作品で出てくる石の数が13であることに、いろんな方がいろんな考察をされていますが、魂の世界でそれが13と決められる時、それは作り手が何かを意味して13と決めるのとは違って、魂が13でなければいけないと言ってくるようなものです。それはその魂の器である人でさえ、その理由がわからなかったりします。実際に宮崎駿さんが石の数に意味を持たせていらしたかはわかりませんが、魂の世界のことを例えて表現するならそういうことだと思います。また、魂の世界のことを商業的なものを意識して改変するということをわかりやすく言えば、誰しも不思議な夢ぐらいは見たことがあるかなと思いますが、その夢の中で例えば白い衣の老婆から石ころを渡されたとしますよね?その夢の体験が意味もわからないけど、深く感動して目覚めたら涙が出ていたとして(何らかの魂の体験)、それを作品にする時に、「老婆に石ころじゃ売れないよね」なんて、美しい少女に青く光る石を渡されるように変えてしまうことが、いかに魂の世界から離れてしまうかということだと思います。
そういうのが、「君たちはどう生きるか」には、だいぶ少なかった。それが素晴らしかったです。売れることを目的にしたら実現しなかったはずです。
ですので、この作品の中に出てくる物ごとや台詞を、こういう意味だと考えることはあまり意味がないのかも知れません。それより自分の中の魂の世界とリンク出来たら、深い体験になる映画ということかも知れませんね。
それでは、なんの意味があるの?と思うかも知れませんが、私は魂の物語として必然的に描かれたシーンが沢山見つけられたし、些細なシーンにも魂が癒やされていく過程で意味あるエピソードとして宮崎駿さんが描かれているのを感じましたので、とてもわかりやすく感銘を受けました。
これまでの作品で見たことがあると感じた数々の場面を、焼き直しと捉えた方は沢山あるかも知れませんが、
私にはそもそも宮崎駿さんの中には「君たちはどう生きるか」で描かれた魂の世界があり、これまでの作品にそこから切り取ったものを入れて来られたんだなと感じます。だから、全くそれは気になりませんでした。
だいぶ前から宮崎駿さんは、魂の世界を描きたかったのではないでしょうか?でもそれは映画としてのエンターテイメントを考えたら難しかった、その葛藤の痕跡があり、思いに反して観客にわかる受ける形にしなくてはいけなかったという悲鳴が聴こえていたから、自分はハウルとポニョは違和感が強いということかなと、今回の作品から感じところです(あくまでも、個人的な感想です)。そのあたりの作品では、「人にしたいの?キャラにしたいの?」というのが掴めない登場人物や、これは何かを示すためにだけ描かれているような登場人物だなと感じたことがあり、違和感がありました。
今回はそうではなく、主人公が生きている現実世界での周囲の人達の、主人公に対する愛や思いやりが(それが正しいかそうでないかとは関係なく)きちんと受け取れました。魂の世界に引き込まれていく人が現実世界にちゃんとよい形で帰還するためには、ここをきちんと描かないといけないんだということをよくわかって作られていることに安心しました。千と千尋やハウルでの親の描かれ方ではなかったです。そして、親だって一人の人として苦しみ悩み生きている存在であることをこの映画の登場人物から感じ取ることも出来ました。理想の親を体現するキャラクターでも、現代的な親の何かを象徴させるための登場人物でもなかったです。
長々と書いていますので、鬱陶しく感じられる方もあるかも知れませんが、今回の本作を通して、魂の世界を描いた素晴らしい児童文学の作品に再び光が当てられるといいな、最近書店から消えつつある作品もあるので、そう思います。
もし、児童文学の中の魂のお話なんていうのに、なんぞや?と思い、興味を持たれる方があったら、是非河合隼雄さんの著作を読んでみられるとよいのではないかと思います。
1つだけ、「君たちはどう生きるか」に物足りなさを感じるとすれば、それは非凡な感じがしなかったということでしょうか?もし仮に私が魂の物語を作れと言われたら、勿論こんな完成度にはならないですが、ざっくり同じような構成で同じようなストーリー展開のものを作るだろうなと感じるところです。そのぐらい古典的でオーソドックスな「魂の物語」の雛形みたいなところがありました。ですがそれでも、これをアニメーションで作ったことの意味は大きいし、それは宮崎駿さんの晩年でしかなし得なかったかもしれないと思います。
そして、改めてアーシュラ・K・ル=グウィン(「ゲド戦記
」原作者)や、ミヒャエル・エンデ(「モモ」や「はてしない物語」作者)、フィリパ・ピアス(「トムは真夜中の庭で」作者)といった素晴らしい児童文学を生み出した方々の類まれなる才能に脱帽する次第です。これらの作品を読み、クリエイターとしてこんな素晴らしい作品を自らも生み出したいと願った純粋な監督の情熱が、「君たちはどう生きるか」から垣間見える気がしました。
ある種の方には共感を得られる感想だといいなと思います。
「この映画は主人公の傷ついた魂が癒やされるまでの物語とも捉えられるし、映画全体のストーリーが、宮崎駿さんの魂のお話と捉えることも出来ると思いました」成る程!!この映画の本質的なところが、ストンと落ちた気がしました。深い内容のレビュー、どうも有難うございます。この映画の理解が随分と進んだ気がいたしました。
わたしはかなりの駄作と評価したのですが、かこすけさんのレビューを読んでそういう見方もあるんだなあ、なるほどと感銘を受けました。
「魂を描いた作品」それならわかりやすいものではなく、感覚的なものになるのも合点がいきます。素晴らしいレビューをありがとうございます。
ただ、、、、この作品を好きか嫌いかでいえば、やっぱり私はうーん