「「弱さ」に向き合う」君たちはどう生きるか SSYMさんの映画レビュー(感想・評価)
「弱さ」に向き合う
正直、おもしろくはなかったです。観終わってガッカリしました。
もう宮崎駿には心躍るようなエンターテインメントは作れないんだな、と。
ただ、本作がどうしてこのような作品になったのかは理解できます。
当たり前ですが、2時間の映画はテーマが多岐にわたっているので、それら全てについて語ると長大な文になってしまうので、一点だけ、自分が最も大事だと思ったところに焦点を当てて書きます。
前半に眞人が自分の頭を石で殴る場面があります。おおきな傷で、出血もかなりありました。これを父親は学校の生徒による虐めだと断定しますが、眞人は転んだのだと嘘をつきます。そういう嘘をつくことで、父親に虐めがあったのだとより強固に思わせるように仕向けています。
これは、自身を「被害者」の立場に置くことで、他人への加害を正当化する行為です。同様の行いは古今東西で見られます。
最近ではロシアのウクライナ侵攻があります。あれはロシア側の主張としては、西側勢力(NATO)の拡大阻止のための自衛行為です。傍から見ればどう見ても侵略戦争ですが、ロシアの言い分としてはそうです。
また、過去にも大日本帝国は「暴支膺懲(ぼうしようちょう)」というスローガンを掲げて日中戦争に踏み出しました。これは、「暴れる支那を懲(こ)らしめる」という意味で、当時、排日抗日運動が盛んであった中国を侵略する口実として、アメリカ参戦後は「鬼畜米英」と並んで遣われました。
そのような国単位でなくても、ネット上における保守界隈では、「既得権益」や「公金で私腹を肥やしている」等の風説を真に受けて、在日外国人や女性、マイノリティへの差別・暴力が横行しています。
被害者ぶったやつの弱者への加虐行為。昔からありましたが、ネットが発達した昨今において、とくに増えている気がします。
なぜこのようなことが起こりうるかというと、加虐者の多くは「弱い」からです。それはどのような弱さかというと、知性のなさであったり金銭の貧しさであったり人によって様々です。
映画本編に戻ると、眞人は親の財力に恵まれ、子供ながらに聡明でもあります。そんな彼が、自分より貧しく、おそらく知性でも劣るような田舎の生徒らを陥れます。
これは母親の死や父親の再婚、戦争の激化、慣れない田舎の土地への不満等々の要因により、眞人の心が弱っていたためだと思います。そのように弱っている人は、本当の原因には立ち向かっていきません。近場で適当な弱い立場の人を痛めつけて、鬱憤を晴らすのが関の山です。
もっとも、眞人がおかれている境遇は眞人本人にはどうしようもないものでもあります。母親の死は変えられないし、戦争も止められません。
しかし、だからといって他人を陥れていいのかというとそんなことはありません。
眞人は、塔の中での冒険を経て成長し、自分がやったことがいかに卑怯な行為であったかを自覚します。ここで、題名の元となった吉野源三郎『君たちはどう生きるか』と通奏低音が共鳴します。
「弱さ」と向き合い、克服した眞人は「友達」と「本当の家族」を手に入れます。
なんでこんなことを考えたかというと、映画がつまんなかったからです。本作の公開前に宮崎監督作品を全て観返し、「宮崎駿最高!」という状態で臨んだので、そのガッカリは大きかったです。単純な「おもしろさ」の点では、ワーストの「ポニョ」よりちょっとマシ程度の評価です。
ただし、冒頭で申し上げたとおり、なんで本作がこんなふうになってしまったのかは理解できます。
監督の初期作品である「ナウシカ」はエンタメ作品として上質でありながら、その裏に重厚なテーマがありました。僕が宮崎駿監督に期待するのはそのような作品です。
ただ、もうそういう作品ではダメなんだと監督自身が思ったのでしょう。
一般的な観客は、劇場から一歩でたら「あーおもしろかった。さ、このあと何食べようかな」となり、作品を深く読み込もうとはしません。作品を深く考察するのはオタクだけです。
だから、宮崎監督はあえてエンタメに振らないことで、なんなら構成もストーリーもめちゃくちゃにすることで、フツーの観客にも「考えさせよう」としたのではないでしょうか。「よくわかんなかった」という感想が溢れているのが、ある意味でその証左ではないでしょうか。だって、宮崎駿はやろうと思えばいくらでも「わかりやすく」「おもしろく」作れるんですから(あえて言えば、わかりやすくおもしろく、さらに考えさせようとしたのが「ポニョ」で、結果は……)
その目論見が成功しているのかどうかはわかりません。「よくわからなかった人」は、よくわからないまま次の他の作品へ行ってしまうかもしれません。ただ、過去に作ってきたようなエンタメ作品ではもうダメなんだということはわかっていたから、『君たちはどう生きるか』のような作品をつくったのではないか、と思う次第です。
で、だからといって映画『君たちはどう生きるか』が素晴らしい作品かっていうと全然そうは思わない。つまんねえです。僕の願望としてはまたナウシカみたいなファンタジー冒険活劇やってくれ、です。まあ、そういう客が鬱陶しかったのも本作が生まれた原因の一つではあるんでしょうが。
そもそも元となった吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』も好きじゃない。著述家の菅野完がTwitterで「金持ちのボンボンのセン○リ」といっていたけど、まさにそう。インテリが頭の中だけで考えた道徳の本で、僕も読んだ時は全然いいと思わなかったし、今もそう。
だからインテリ中のインテリである宮崎駿が感銘を受けるのはわかる気がする。きっと宮崎さんは幼少の頃に読んでたんだろうけど、数年前に漫画版がでて再ブーム化したときに「これでいける!」と思ったんだろうなあ。
色々文句垂れたりしましたが、観る価値は間違いなくありました。
早くパンフレットを売って欲しいです。
8/12追記
パンフレット購入しました。
お金を出してモノを買う人を馬鹿にしている内容でした。
映画もこういう姿勢で作られたのかと思うと同時にやっぱり何も考えて作ってないというふうに受け止めました。なので上記の感想を撤回し、評価を☆3→☆1に訂正します。
大勢の人が作って、大勢の人が観る映画を、個人的なものにしてはいけません。