「見る人によって受け取り方が変わるもの」君たちはどう生きるか 金の船さんの映画レビュー(感想・評価)
見る人によって受け取り方が変わるもの
宮﨑駿監督作品・ジブリという枠組みを一度頭から追い出して、なんの事前情報も入れず、なんの偏見ももたずスクリーンに映し出される絵、音、メッセージをそのまま受け取る…そのような姿勢で観てほしい作品です。楽しいおもしろいだけが"愉しむ"ことではありません。本作は口を開けていれば楽しませてくれるエンタメ的な映画ではなく、観る側の感性や経験によって受け取り方が変わる抽象画に近い作品だと思いました。
舞台は戦時中、主人公は裕福な家に生まれ育った少年・眞人(マヒト)。戦火で入院中の母親を亡くしますが、まもなく母と顔が瓜二つ・すでに父の子を身ごもった「母の妹」が新しい母親として現れます。たった1人の母を失った悲しみに向き合う暇もなく周りの親切な大人たちによってみるみるうちに環境が整えられていき、不自由など何もない生活が与えられます。まずこのような立場に置かれた時、あなたならどうしますか?何も気にせず与えられるものを享受する、非行に走る、親に反抗する…人によって違うでしょうが、眞人はとても物分かりのいい少年です。周りの親切な大人たちが自分のためを思って環境を整えてくれたことを知っているし、戦中ではわがままを言えないことを理解している。自分自身の気持ちは「あの日」に置いてきたまま、淡々と毎日を過ごします。まだ幼い少年でありながら、そのような"大人の"振る舞いができる子なのです。
表面上は問題ないように見えても、アオサギを執拗に追いかけ回したり、転校先の同級生とうまくいかなかった帰りに自分の頭を石で傷つけて流血しながら帰るなど、彼なりの世界への反抗・感情の発露がとても生々しく、息を飲みました。
眞人の本当の心を置いてきぼりにしたまま、物語は進みます。義理の母を探して迷い込んだ不思議な世界に翻弄され、時に誰かの手を借りながらついに義理の母を見つけますが「出ていけ、あなたなんて大嫌い」と突き放されてしまいます。あなたならどうしますか?必死にここまできたのに、と怒りますか?じゃあいいよ、と引き返しますか?眞人はこれまで自分の『お母さんへの気持ち』をずっと仕舞い込んできました。突き放されたことで、仕舞い込んでいた本当の気持ちが涙とともに溢れ出します。その瞬間に自我が息を吹き返し、現実を受け入れるための一歩を踏み出すことができたのです。
宮﨑駿監督は、母君とご自身の関係でしばしば苦しんだというようなことを語っているようですね。私自身にもそのような経験があり、眞人の抱える感情がとても他人事と思えず鑑賞後になぜか涙が止まりませんでした。眞人がした不思議な世界での旅は、自分の気持ちを探す旅、自身と向き合うために必要な経験だったのではと思いました。理解できない世界を受け入れ、その上で自分がどうしたいか考えることで、自身を閉じ込めていた堅い殻をやぶり自由になるということなのではないかと。
したがって、本作から私が受け取ったメッセージは『君たちはどう生きるか』、まさにそれでした。
楽しいおもしろい作品が"神" "最高"と称される世の中に、どのカテゴリーにも属さない作品を投じることができるのは、これまで"神"と称される作品群を世に送り出してきた宮﨑監督にしかできないことなんじゃないかと思います。
本作は、いいか悪いか、おもしろいかおもしろくないか、傑作か駄作か。二元的な捉え方では捉えきれないと感じます。物事に正解などありません。判断する人・時・場面によって異なる最適解があるだけです。宮﨑監督が生きてこられた80余年の間に何度も"常識"が塗り替えられ、正しさなんてどこにもない、すべては自分と向き合うことから始まる。と悟ったからこその作品なのではないでしょうか。これまで成し遂げてきた宮﨑監督にしかできない"仕事"、そして共に歩まれたスタッフの皆さますべてに、心からの敬意を表します。
(追記)
はじめに何の偏見もなしに〜と書きましたが、私は宮﨑さんの「決して人間の思い通りにならない自然」の描き方がとても好きで、幼い頃から宮﨑アニメを観て育った自分にとっては今作でもその部分が変わらず感じられたことがとても嬉しかったです。ジブリが好きだったのに今作は面白くなかったと感じた方は、ご自分がなぜジブリアニメが好きだったのか、幼い頃を思い出したり、あるいは自分の心に問いかけたりして理由を探してみると、どうして楽しめなかったのか・好きな部分はあったかなど、新たな発見があって『こんな作品があってもいいかな』と思えるかもしれません。