「本当に本当の引退作品 としての一つの解釈」君たちはどう生きるか 缶ピーさんの映画レビュー(感想・評価)
本当に本当の引退作品 としての一つの解釈
幾度となく引退表明を公表してきた宮﨑駿ですが、いよいよ今回が本当の引退作品になるようです。
ある日空から《アニメーション》が降ってきた。
《宮﨑駿》は《アニメーション》に魅入られ、《アニメーション》を使って《スタジオジブリ》を作った。
《宮﨑駿》はその世界に心酔して行き、狂人となった。
《宮﨑駿》は《スタジオジブリ》で世界を創造し、新たに生まれる子どもたちを現実世界に送り出していった。
《鈴木敏夫》は《宮﨑駿》の血縁者の《宮﨑吾郎(眞人)》をこの《アニメーション》の世界に連れてきた。
《宮﨑駿》が作り出した世界(地獄)を《宮﨑吾郎》は目の当たりにする。
その世界(地獄)は子どもを食い物にする《大人達(インコやペリカン)》に満ちていた。幾人か作った世界を理解し、子どもたちを送り出してくれる大人も居たが、
子どもの為に作った世界は大人達に奉り上げられるばかり。
《宮﨑駿》は己の終わりを悟り、《宮﨑吾郎》にこの世界を引き継ぐ事を勧める。
《宮﨑駿》からこの世界を引き継ぐ事が出来るのは血縁者だけだ。
《宮﨑駿》は《積み木(この作品)》を作る事でほんのわずかこの世界が終わる事を延ばした。
《積み木(作品)》を定期的に積み上げれば、《スタジオジブリ》の世界は続くらしい。
しかし《宮﨑吾郎》が拒むまもなく《どっかの偉いインコ》によって《スタジオジブリ》の世界は崩壊を迎えた。
《宮﨑駿》のいない世界で、
《宮﨑吾郎よ(眞人よ)》『君たちはどう生きるか』
そんな話だったと思います。
そう解釈すると、宮﨑駿が《スタジオジブリ》が崩壊する様を作品で表現した事に、本当にこれが最後の作品なのだと感じました。一つの歴史が幕を閉じる場に立ち合い、劇場で一人泣きました。
私が宮崎駿ばりの創作と脚本を練って監督に読んでもらいOK出たらジブリから出させてもらいますよ。
私は宮崎駿監督の今までの映画の続編に興味があるのです。又はスピンオフ外伝とかですかね。私に創造は期待しないで下さい。想像を膨らませた続編が精一杯なのです。待ってろ監督!
今鑑賞してきましたが、私も正にこの解釈でした!
スタジオジブリと宮崎駿の物語。スタジオジブリのクリエーター達に向けた宮崎駿からのメッセージなんだろうなと思いました。
こんな見方もあるのか。
面白いです!
エンドロールに宮崎吾郎さんの名前が出て時には
「あ、やっぱり」と思った。どこかゲド戦記っぽかった。
(ゲド戦記は大好き。)
なるほど…の考察でした。
そしてコメント欄に追記された件にも共感です。
監督自身の迷いの表れのような眞人には、私は視聴者(自分)も思いを重ねられるようにできているように受け取りました。
咀嚼するほど、ざわざわとした一連の流れに、すーっと光が道がみえていく。その光はざわざわしたもののなかでも眞人が捨てなかった意志(目標)があったからこそ見つけられたのだと思いました。
ジブリだから面白い題材を持ってくるに違いない、と勝手に思ってしまっていたと気付かされました。本人の偉業と、その人物を物語にしたら面白いストーリーになるか否かはまったくの別物なんですよね。
私は宮崎吾朗氏の雑多に入り組んだ映画の作りが好きですが、なかなか評価されないですよね、それを宮崎駿氏がやってみたのが本作かなとも思います。やっぱり、なんでもかんでも正解の無い設定をたくさん入れ込んだからって面白くなるわけじゃない、それは各名作のパーツを使っても、天下の宮崎駿でもだよ、と、宮崎吾朗氏を弁護するような映画にも見えます。
年老いるまで自身で作り上げた世界を、若き自身の手で終わらせる。
それは新たな世代と観客へ、どう生きるかという問いになっているのではないでしょうか。
もしかすると、その問いかけの対象にこれから産まれくる子供たち(夏子の子orこれからの宮崎駿)が含まれているのかも知れません。
このレビューを書いた後に、
大伯父も眞人も宮崎駿なのではないかと思い始めています。
理由は
塔の中からセルフオマージュが多く見られました。それがあの世界を生み出した大伯父が宮崎駿駿である根拠です。
眞人は幼少期に火事で亡くした母を助けられなかった罪の意志に苛まれています。これは母を病から助けられなかった宮崎駿自身の後悔と重なります。
私はラストに出てくる夏子の子供こそが宮崎駿だと思います。この話は、宮崎駿が自分自身の存在を肯定するお話。宮崎駿が父と母の間に生まれてきてよかったんだと肯定する話。
「君たちはどう生きるか」という題ですが、映画のストーリーの後に宮崎駿の人生が続いて行くと考えています。
私も本当に最後の作品だと感じました。その解釈に納得し寂しさが込み上げます。
エンドロール、ターコイズブルーの画面と米津玄師さんの歌声、歌詞を聴いていると泣けてきました。エンドロール見ながら号泣でした。
宮崎作品の母親はいつも不在、もしくはどこか歪でした。
トトロでは病に伏し
千尋の母は千尋に冷たい
ソフィーの母は裏切り
ポニョでは息子に呼び捨てさせる
今回は母が不在で、さらに妊娠中で不安定な継母。しかしいないはずの母はヒロインになっている。
正直今回はわかりかねています。
庵野と米林と見ると確かに面白いですね。
妊婦さんは米林監督だと思いました。メアリの2が予告で流れたので。
姉は火を使ってメディアを焼いていらるから、庵野監督なんじゃないかな?って思いました。
なんとなく腑に落ちる考察ですね。すごい。
妊婦さんとヒミはどう見ますか?
作品って感じですかね?
ひみは過去のすごい力を持った作品たち、妊婦さんはこれからの作品?現世に一緒に帰ったし。
理解したくないなと思いつつ、やっぱりそうだったのかとコメントを拝見しながら確信できました。ただエンドロール一覧を見ながら、駿監督のジブリはもう無いけれど、クリエイターには彼の遺伝子が受け継がれたのかなという気はしました。監督自身が受け入れているのか、皮肉ってるのかまではよくわかりませんでしたが。