しん次元!クレヨンしんちゃんTHE MOVIE 超能力大決戦 とべとべ手巻き寿司のレビュー・感想・評価
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大根は脚本やめてくれ
昨今のいわゆる弱者男性と呼ばれる属性にフォーカスした大根のわかってます感の内容がしんちゃんには合ってなさすぎる。というかこんなテーマを使って悪役を作るな。
ラストのひろしのセリフも感動させようさせようというのが出過ぎている。「この国には未来がない」というセリフもこれキャラを借りただけで大根が言いたかっただけなんじゃないんかと。
子ども向けにしても大人向けとしても微妙。
大根は脚本やりたいのかもしれないが別作品に置いても駄作となっているから監督だけやっていてくれ。
終始気になったのはみさえの3Dモデルのクオリティの低さ。マイナスすぎる。
こんなクレヨンしんちゃんが見たいんじゃない。もっとおバカでいいんだよ。
平成一桁生まれには刺さる
テレビ放映で鑑賞しました。
前半30分ほど見逃してしまいましたが、最後はボロ泣きでした。
今回の敵は他人のように思えません。
現代社会への鬱屈とした気持ちや、物語終盤の辛い過去は、我々世代の誰もが経験したのではないでしょうか。
小さい頃、しんちゃんに自分を重ねて、あるいはどこか遠くにいる友達のように感じながら、毎週テレビを観ていました。
そんな小さい頃の自分の前にやってきて、
過去の心のつまづきから立たせてくれる。
仲間として一緒に立ち向かってくれる。
そして現在の自分にまた向き合わせてくれる。
現実に打ちのめされても、未来を向けるよう、先輩が激励してくれる。
社会に揉まれるようになったあの頃の子供達の側にしんちゃん達はずっと居てくれたんですね。
3Dも、小さい頃から観ていたあの野原家が本当に存在するように感じられて良かったです。
あの頃の子供達が昔の友達に会える、いい映画でした。
キミノヒトミニコイシテル
映画クレヨンしんちゃん通算31作目になるが、通常のシリーズには含まれない“特別版”。
節目の30作を経て、“しん次元”へ! 初の3DCG。
ネコ型ロボットは3DCGになったけど、嵐を呼ぶ園児の3DCG。さらに題材が“超能力”と“手巻き寿司”って…。想像出来ないゾ~。
ほっぺがぷにゅぷにゅの質感たっぷりと言うより、2D手書きアニメーションを立体化したような映像。
それがまたしんのすけの作風や世界観を大きく逸脱する事なく。最初は違和感あったが、見ていく内に。
勿論3DCGを活かした映像や演出も。
冒頭、しんのすけとみさえの追いかけっこ。3DCGならではのスピーディーさもさることながら、3DCGになった事で倍増しになったみさえのデカケツ。確かに“ケツデカオババ”だ…。
超能力発動は手書きアニメーションでは出せない臨場感やユニークさ。
クライマックスはまるで怪獣映画のような迫力とスケール。
しんのすけにとって3DCGは楽しいおもちゃの一つのよう。
しかし、他にこれと言って3DCGを活かした新味があまり感じられず。
初3DCGに挑戦した意欲は買うが、躍動感やテンポやギャグも従来の手書きアニメーションの方が上手だった気がする。
これは監督のセンスの問題かな…。いつものアニメに携わった監督ではなく、実写畑から起用された大根仁。
『モテキ』『バクマン。』『SUNNY』など冴えた良作あるが、ちと今回その冴えを発揮出来ず。
唯一センスを感じたのは、超能力を高める奥の手として、深キョンのあの曲のチョイス。確かに不思議と超能力が高まっていきそうな(笑)、このチョイスにはウケたね。
時々ムラはあるが、大人をも魅せる映画しんのすけ。
せっかくの3DCGの特別感に乏しかったので、超能力×手巻き寿司のユニーク題材の話に期待だったのだが…、
あ、脚本も大根だった…。そういやこの人が以前脚本を手掛けたアニメ映画『打ち上げ花火』もビミョーだった…。
かの預言者ノストラダムス…の隣の町に住んでいた預言者ヌスットラダマス。
その預言は…
20と23が並ぶ年、天から二つの光が降るであろう。
一つは黒い光、一つは白い光。
黒い光は強大な力を放ち、世界はごっつ大変なことになるんやでぇ…。
ヌスットラダマスというネーミング。何故に関西弁…?
メチャ胡散臭いが、ホンマやった…!
天から降り注いだ二つの光。それらは当たってはならない人物に当たってしまった…!
白い光はしんのすけに命中。
おシリが熱いゾ…!
超能力が使えるように…! でも、チョコビやものを浮遊させてキャッキャッ遊んだり、運動会で活躍したり、まだまだそんなもん。
野原家手巻き寿司夕食中、突然上がり込んできた初老の男と若い女性。国際エスパー調整委員会というまたまた胡散臭い肩書きの池袋教授と超能力者でもあるネギコ。
彼ら曰く、真に超能力が覚醒すれば、黒い光の力に唯一対抗出来、世界を救う存在に…。
その黒い光は…?
派遣でティッシュ配りのバイト中の青年・非理谷。
周りから見下され、いちゃもん付けられ…。
唯一の生き甲斐だった推しのアイドルの結婚を知ってショック…。
さらには近くで起きた事件の犯人にも間違えられ、警察から追われ…。
とことんついてない。どん底。
世の中に対してあるのは怒りや憎しみだけ。
そんな人物に黒い光の力が備わったら…?
この超能力を使って、自分を見下した世の中に復讐してやる…!
超能力覚醒や発動は『AKIRA』イメージだろう。
また個人的には、世の中に対して不満を抱く男が突然強大なパワーを手に入れ…というのが藤子・F・不二雄のSF短編の一つ『ウルトラ・スーパー・デラックスマン』を彷彿。
そんな非理谷の暴走に、しんのすけが立ち向かう。サイキックバトル!…というより、しんのすけはヘンタイなお兄さんと超能力で遊んでいる感じ。
今回のキーキャラである非理谷。
夢も希望もナシ。世の中はクソ。社会の底辺。
似たような境遇や思いの人も多いのでは…?
そんな彼を通じて、世の中の傲慢や不条理を訴える。
しかしこれまでのような笑いの中に風刺たっぷりは今一つ効いておらず。
原因は非理谷のキャラであろう。
かなりひねくれて屈折していて被害者意識。あまり共感や同情を感じられない。
非理谷がふたば幼稚園の敷地に入り込んで、よしなが先生や風間くんたちを人質に立て籠ったシーンはゾッとした。現実にも起こりうる事件だが、いいんかい、『クレヨンしんちゃん』でこんな怖い事描いて…?
非理谷が今のような性格になった理由。暗い過去。それが明かされるクライマックスの重要シーン。
両親の離婚。同級生からのいじめ。殴られ、蹴られ…。
幼稚園籠城でも超能力で風間くんらを浮遊させ壁に叩き付けるなど、暴力描写がちと気になった。
もうこの時点で異常者であり犯罪者であり、これまでの『クレヨンしんちゃん』のヴィランでは明らかに異質。
ハイグレ魔王とかナイスキャラだった。『オトナ帝国の逆襲』のケンとチャコも現代世の中にうんざりしているが、哀愁あった。
そうか、非理谷が先兵で、彼を利用しようとする真のヴィランが現れるんだな、きっと。
ヌスットラダマス二世登場。人の負の感情を利用し、世界征服を目論む。“令和てんぷく団”!
非理谷、危うし…!
が、パワーが増大し、非理谷は巨大化。さらに、モンスター化…!
噛ませ犬なヌスットラダマス二世。
結局は何の捻りもなく非理谷がヴィランで、巨大化&モンスター化が安直…。
宇宙から突然やって来た未知なるものや平凡な話がビミョーだった『襲来!!宇宙人シリリ』を彷彿。
怪獣映画風もユニークだった『爆発!温泉わくわく大決戦』に及ばず、これまたビミョーだった『3分ポッキリ』とどっこい。
超能力ともう一つの題材の手巻き寿司。
これ、家族を象徴している。
野原一家では団らん。非理谷の過去では、家族の崩壊。
その対比が印象的。同じ手巻き寿司でも、片や幸せや楽しさ、片や悲しく苦い思い出…。
終盤、モンスター非理谷に飲み込まれてしまったしんのすけ。
その身体の中で、幼い頃の非理谷=充と出会う。
孤独な充に手を差し伸ばすしんのすけ。
いじめられる充を庇う。オラの“仲間”だゾ!
これがちょっと引っ掛かった。しんのすけなら、“お友達”や“おシリ合い”の方がらしいのでは…?
愚かな事をしてしまった者に手を差し伸べるが、お友達にはなれない。案外、シビアなメッセージだったのかも…?
松坂桃李は声だけでも怪演。
それ以上に、空気階段が上手くてびっくり!
曲げられるのはスプーンだけじゃないわ。多分“アレ”を曲げた今回ちとSな禰豆子。
今回のひろしの名言は…
自分を幸せにする事より、誰かを幸せにしようと思え。誰かを幸せにすれば、自分も幸せになれるんだ。
また、しんのすけが書いた“将来の夢”。ただの真っ白な画用紙…。
真っ白なご飯を書いたもので、食べるのに困らない大人になる。
これ、実はとっても深いかも…?
悪くはなかったが、まあまあだったかな…。
話的には近年の『花の天カス学園』や『ラクガキングダム』や『失われたひろし』や『ユメミーワールド』や『ロボとーちゃん』の方が面白かった。
初なら3DCGの特別版の今回より、今夏の通常新作の“初恐竜”の方がずっと気になるゾ!
野原ひろしの魅力が大爆発
公開から2週間後くらいに家族で観に行きました。
最近また観る機会があったので改めてレビュー。
新たな試みの3Dが非常にマッチしていて安定した綺麗さで気持ちよく観れました。
ストーリーも素敵で超能力を題材にしつつ緩急つけた展開が熱くハラハラと笑いを提供してくれて非常に面白かった。
今回の敵役は今までと違ってちょっと質の悪いタイプで彼自身も不幸ではあるんですがやる悪行が生々しくてかなり「リアルなヴィラン」が登場。それと戦う事になるんですが、まあ野原一家の優しさと言ったら無い。
散々迷惑を掛けた嫌悪感しかないであろうヴィアンに対してひろしは彼の不幸や悲しみを汲んで「頑張れ」と言ってあげるんです。感動しました。
まさに往来の野原ひろしらしい言葉と言えます。制作の理解度が素晴らしい。
文句なしの満点でした。
「がんばれ!」が禁句な社会は間違っている!Google検索による洗脳の弊害
2023年映画館鑑賞55作品目
10月14日(土)イオンシネマ新利府
6ミタ0円
監督と脚本は『モテキ』『バクマン。』『SCOOP!』『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』『SUNNY 強い気持ち・強い愛』の大根仁
フルCG3Dアニメになったクレヨンしんちゃん
宇宙から地球に飛び込んだ正義の光の玉を浴びたしんのすけとひまわりは正義の超能力者に
宇宙から地球に飛び込んだ悪の光の玉を浴びた今回の敵の非理谷充が悪の超能力者になりしんのすけたちと対立し大暴れする
典型的な底辺で日本社会に恨みを持つ絵に描いたようなキモオタ
増税発言のホリエモンに反発する貧乏でちょっとアレな爆サイ民そのもの
オタクならこんなステレオタイプを描かれ怒り心頭に発するのも無理はないが自分はアンチオタクなのでへっちゃら
しかし話のキモはしんのすけがモンスター化したミツルの体内に吸い込まれてから
進撃の巨人のような展開にはならない
モンスターの体内はミツルの幼少時代から悲しい思い出
しんのすけがミツルの思い出に介入し孤独なミツルを励まし親友になる展開
泣ける話
母親と共に途中退場の子供がどのタイミングで泣いたか知らないが最後まで鑑賞してほしかったものだ
ゲストの大物売れっ子中堅俳優松坂桃李は声オタが嫌う専門声優ではないが決して一般ウケの話題作りで抜擢されたわけではないのはアホじゃないなら理解できるはず
大物中堅俳優歯茎と結婚し父親になってもなおここまで童貞キャラを演じることができる俳優(もちろん声優も含まる)を他に知らない
本人は童貞ではないとテレビのバラエティ番組でキッパリ否定しているがそれはどうでもいい
実際のところ童貞なわけがないし歯茎は処女じゃない
イケメンなのに本当は童貞じゃないかと一瞬でも思わせるほどの演技力を持つ俳優それが松坂桃李である
ミツルに対する「がんばれ」がうざいと感じるかもしれない
しかし「がんばれ」が過度に禁句の世の中は間違っているとそういうニュアンスで長谷川博己演じる鈴木先生も発言していたが同感だ
僕は人に頑張れとか言わないし言われたこともない
自分なら永野芽郁あたりの若い美人に笑顔で「頑張って」と励まされたら「うん!頑張る」とご機嫌になると思うが(なにを頑張るのか知らんけど)
しかしGoogleで「がんばれ」と検索するとロクでもないことばかり目に飛び込んでくる
どっちが自己啓発セミナーだよ
しかし記事をよく読むと本当の有識者は「がんばれ」を全否定してなかった
しかし最近一部のネット民は記事をろくに読まずタイトルだけ読んでトンチンカンな意見を書いてくる
読書が苦手でLINEやTwitterの悪影響かちょっとでも長めだと長文?を極端に嫌がる傾向だ
『ビブリア古書堂の事件手帖 』の五浦大助かよ
そのくせヤフコメだとたまに「医療関係者です」と自己紹介をはじめ本当の長文を書き殴る
うるせー
正直にこれ以上この傾向を批判すると映画.comのことだから削除するに決まっているので多くは語らないがこの思いは察してほしいものだ
サンボマスターが歌うエンディングテーマ
エンドロールも楽しめる
エンドロールのあとにもおまけ
臭い二つの玉はひろしの丸めた靴下だった
自分はひろしの大切なアレを連想したが違った
がきデカの阿部先生じゃあるまいしアレは外して投げることはできない
配役
ふたば幼稚園に通うひまわり組の園児でスケベだがいい人の野原しんのすけに小林由美子
お尻が大きいしんのすけの母の野原みさえにならはしみき
双葉商事で係長を務めるしんのすけの父の野原ひろしに森川智之
しんのすけの妹で今回は兄同様超能力者になるまだ赤ちゃんの野原ひまわりにこおろぎさとみ
野原家に飼われている白犬のシロに真柴摩利
ふたば幼稚園の園児でひまわり組の秀才の風間トオルに真柴摩利
ふたば幼稚園ひまわり組の園児で防衛隊の紅一点の桜田ネネに林玉緒
ふたば幼稚園ひまわり組の園児で坊主頭の佐藤マサオに一龍斎貞友
ふたば幼稚園ひまわり組の園児でいつも鼻水を垂らしているボーちゃんに佐藤智恵
ヤクザっぽいふたば幼稚園の園長先生に森田順平
ふたば幼稚園ひまわり組担任の吉永みどりに七緒はるひ
ふたば幼稚園ばら組(年長組)担任で吉永先生のライバル的存在のまつざか梅に富沢美智恵
ふたば幼稚園さくら組担任でメガネをかけている上尾ますみに三石琴乃
ふたば幼稚園ばら組のリーダー格のチーターこと河村やすおに大塚智子
ふたば幼稚園ばら組の刈り上げ頭のひとしに永澤菜教
ふたば幼稚園ばら組の肥満児のてるのぶ に瀧本富士子
野原家の隣に住む若夫婦の夫のヨシりんに阪口大助
野原家の隣に住む若夫婦の妻のミッチーに大本眞基子
双葉商事に勤めるひろしの後輩の川口に中村大樹
ミツルが巨大化した第二形態で唸り声を上げ火の玉を吐くモンスター非理谷に丹羽正人
5歳と8歳のミツルに塙真奈美
ミツルが憧れるアイドルだったが一般人と結婚し引退してしまう萌美に渡辺理沙
国際エスパー調整委員会埼玉支部の女性職員で触れずにアレを曲げる超能力を持つ深谷ネギコに鬼頭明里
国際エスパー調整委員会埼玉支部顧問で教授の池袋に鈴木もぐら
世界征服を目論む令和てんぷく団を組織する悪者だが池袋教授の高校時代からの親友のヌスットラダマス2世に水川かたまり
なにかとついてない根暗のアイドルオタクで宇宙からのもう一つの光の玉で悪の超能力になる者非理谷充に松坂桃李
若者に未来はないのか。
ギャクセンも薄いし、寒い。
あとしんちゃんにしては、かなり現実を突きつけられる内容だった。
ネガティブ?というのかダークというのか。
全体的にトーンも暗いし、これは見ていて辛かった。
子供たちに未来はない!って言い放つのはいいけど、それを覆すハッピーエンドが薄い。
今回の悪役の人は、恋人もおらず、子供の頃からいじめられっ子で、親が共働きで、一人ぼっち。今回はしんちゃんがいたから、少年期の記憶を変えることができたけど、
実際のこういう生い立ちの人間はそうはいかない。
エールを送るならば少し、ファンタジックにしすぎではないかと思った。
ひろしみたいな、家庭もあり、家も車もあり、定職のある人に、最後は頑張れと言われるだけ。
力強く何度も「頑張れ」と言おうと、中身は薄っぺらで、なんのエールもないのである。
やはり見下されているのだろうか。
この終わり方は、ハッピーエンドではなく、見捨てられたんでは?と感じてしまう。
結局、私たち若者は、見捨てられてしまったのか。
この映画を見る子どもたちに向けて作ってほしかった
「この国はお先真っ暗」と言い続ける大人たちばかりが印象的なストーリーでした。
「俺らが若い頃はいい時代だったけどこれからを生きる君たちは大変だね」と伝えられて観客の子どもたちはどう受け止めればいいのか。
自分たちが勝手に諦めてしまった世界への希望を子どもたちに押し付けてほしくなかった。
原作が子ども向け作品でないことは承知ですが、やはり映画館では子ども連れの家族がメインの客層でした。
脚本家が今の社会や未来に絶望していることは十分伝わってきましたが、観ている子どもたちに向けて作ってほしかったです。
例え大人向けの作品だったとしても俺たちは逃げ切りました!という無責任なストーリーだと思いますが・・・。
ラスト、サンボマスターが歌うエンディングが良く救われました。
「君はいたほうがいいよ」というメッセージが映画本編から伝わらなかったことが残念です。
いままでもこれからもしんちゃんはしんちゃん
確かにキツイ場面はあります
そこはクレヨンしんちゃん
おバカでお調子者で優しく思いやりがあり超前向きで子供も大人もほっこりさせてくれます
観る前に否定的な評価がかなりあって気になってましたが個人的にはいつものクレヨンしんちゃんでした
そして決めてはもはや鉄板の靴下🧦ネタ(笑)
深キョンネタもサンボマスターも良かった
平日の昼間の上映、赤ちゃんが泣いてました(お母さんが困って途中で退席されたり)
赤ちゃんの泣き声の中で観るしんちゃんも悪くなかったです
(p.s)
最近は「がんばれ」という言葉を総じて否定的に捉える風潮があります
人と時と場合によるのであり一律に考えることはおかしなことだと思ってます
なのでなおさら終盤の「がんばれ」の連呼にジーンときたのかも
純粋さを突き進むしんちゃん
3Dアニメにしたことでいつもと違った角度からの描写を加えて描くしんちゃん。
音楽もそうだがしんちゃんの前向きな思考が起こす行動に観てるものの共感をもたらす。(純粋な子供のエロさも)
そして挫折や失敗により悲観することなく前向きに進むことの大切も子供たちに伝えることを忘れない点も良かった。
しんちゃんの集大成
今までクレヨンしんちゃんを観てきた社会人の層から小さいお子様まで刺さる作品だったと思う。
クレヨンしんちゃん特有の面白いギャグや小ネタも多く劇場のお子様の笑い声も聞こえてきた。やはりクレヨンしんちゃんは面白いイメージがずっとあり22歳を手前にした自身も笑そうになっていた。
また、終盤のしんちゃんが幼少期から中高生の充くんに対して仲間と言い切り守るシーンには涙を流してしまった。
しんちゃんはずっと5歳児のままでずっと僕等の仲間で居てくれる。その事実が時に優しく僕等を守ってくれるし、共に頑張る味方で居てくれている実感をくれる。
その点でしんちゃんの集大成の作品と言っても過言ではないと思う。
充の生い立ちと現代の社会情勢を絡み合わせて映画のテーマにしてくるあたりが国民的アニメの劇場版の深い部分だと改めて実感した。
松坂桃李さんの声優も非常に良かった。
面白かった!
クレヨンしんちゃん久しぶりに見たけどこんなに大人でも楽しめる作品だったっけ、最高!
•日本の課題とかがテーマになっていて良かった。
•普通に笑えるシーンも多かったし感動もめっちゃした!
•運命は変えられる!
•カンタム好きだからめっちゃ良かった!アクション仮面出るかなと期待しちゃったけど出なかった、ちょっと残念、
これから毎年映画館で見ようと思った!
深キョンの曲リピートしよー
予想以上に泣かされました!
クレヨンしんちゃん劇場版では、期待せずに行き高確率で泣かされますが、今回はここ数年のクレヨンしんちゃん作品でも、けっこう重めで泣かされた回になりました。
実際、現代の子供は家庭の中や外で孤独を感じていたり、幸福感が不足していたり、矛盾や押し付けでストレスを溜めていたり…ネット上でネガティブな思想や動画の誘惑に流されてしまいがちな危うい環境に置かれていると言うのは、中学生の子を持つ親として不安を感じていましたが…しんちゃんの映画は、それを、しっかり表現していたと思います。
こんな時代だから大人は子供をしっかり見守り生活パターンや癖や次に何を言うのか、好きなもの嫌いなものは何か、どんな友達が周りにいるのか、その子達は本当に自分の子供を友達として付き合ってくれているのか、自分の子は友達を大切に思っているのかなど…いざという時、子供の疑問や悩みをしっかり聞いて共感して説明して前を向いて一緒に頑張ろうと言える関係性が本当に今は大事だと思います。共感と共闘なく頑張ろうは無責任で、まさに、しんちゃんファミリーは無自覚に毎回、共感、共闘できている、素晴らしい家族だなって見習う点は多いと思いました。父の足の臭さは時に武器になったり…本当に笑えるところもあるし、最近見たアニメで巨大な真っ黄色のタツノオトシゴを見たんですが、それっぽいのが出てきたりで、キャラデザ怖すぎず良かったと思います。
自称非リアと言っている人が多くいる気がする昨今トレンドになりつつあるこの時代に、なかなかの挑戦的な脚本になってるとは思いますが…問題から目を逸らさず、助け合って頑張れば今より明るい人生がみんな歩めると言う応援メッセージが発信されている気がします。子供と向き合う時間が少なくなっている現代、家族の時間の充実が社会の人間関係の充実と結び付いているのではないかとも取れるし、自分は愛されていると感じる事が多いひとであれば、他人に嫉妬したり、己のエゴのために平気で相手を傷つけたりという事が少なくなるのではないかと思ったりもする。いろいろ考えさせられる映画でした。
子供は春日部防衛隊は今回は出番少なかったねって言ってました。確かに、そうだね〜なんて言いながら、でも子供なりにいろいろ感じていたようで、面白かったし、考えさせられたと言っていました。
若者もお父さんの立場も分かってないおじさんからの説教
ひろしの立場ですが、家族で見に行くようなものじゃなかったです。結構批判されている弱者男性が犯人なのが問題って言うところより、弱者男性自体の描き方自体が浅すぎて、アニメ見てるやつは全員ロリコンで犯罪者っていうイメージのままなのがキツイ。
いじめとかグロテスクな表現は多いのに解決方法はなく、頑張れ!で終わるのもキツイ。何でこんな作品になったのかこの監督・脚本の名前はだれだ?と思ったら大根仁さん54歳か
54歳っぽいなーwそんな感じの脚本でした
考察を試みます
この作品の感想を見ているとなんとなく誤解が多いように思えるので作品の意図について自分なりの解釈での説明を試みます。以後映画視聴済みの前提で記載します。
この作品のテーマを一言でいえば「仲間とともに厳しい現実に立ち向かえ」です。
本作の悪役である充くんですが、彼は友人や彼女もおらず、アルバイトで日銭を稼ぎ、日本や自分自身の未来に絶望する若者です。そんな彼が空から降ってきた光で悪の力が増幅され、復讐行為を始めます。
少し話が飛びますが、映画を観た方ならご存じのように、最終的に充くんはしんちゃんと友達になることで救われます。当然ながら、充くんの社会的な立場や日本の未来については何も問題が解決していないにも関わらず、悪の力が失われるのです。
つまり、監督は年収のような社会的なステータスや日本の経済成長・高齢化などは重要な問題ではなく、信頼できる仲間や家族がいないことこそが問題であると主張しているのです。
充くんの両親は仕事で帰りが遅く、充くんが寂しい時に側に入れなかった描写が充くんの過去の中で重要なイベントとして描かれています。また、いじめの描写も同様に充くんの中で見ることになりますが、重要なことはいじめられていたということではなく、いじめられた際に助けてくれる人がいなかったことです。
そのためしんちゃんが充くんを仲間と呼んで一緒に戦ってくれたことで充くんの抱えていた問題が解決します。当然、充くんの後日談は描かれませんが、仲間がいればそこは重要ではないのです。充くんにはアイドルのような存在でなく、困ったときに助けてくれるような仲間が必要だったのです。
さて、ネット上でしばしばひろし達が充くんに「頑張れ」という最後のシーンに対する不満が見られます。大抵の意見は所謂「勝ち組」のひろしが充くんに説教をしていると捉えられていますが、あまり正確ではありません。
まず、今回の作品のテーマを考えれば最後に充くんにかける言葉は絶対に「頑張れ」ではないことがわかります。充くんが悪の道にそれてしまったのは仲間がいないことが問題であり、断じて充くんの努力不足ではありません。たとえひろしでも仲間がいなければ充くんと同じようなことになっていたと言えるでしょう。
つまり充くんとしんちゃんが仲間になったラストシーンでは「頑張れ」というような問題を充くん一人の責任にする他人事の発言ではなく、日本の未来は厳しいかもしれないけど一緒に「頑張ろう」が正しい言葉であり、充くんに声をかけるならこれが正解です。しんちゃんと充くんは仲間なのですから「頑張れ」とは言わないでしょう。
ではなぜ「頑張れ」なのかというと、これは充くんへのメッセージではなく観ている人たちへのメッセージだからでしょう。ここからは私見が濃くなりますが、監督は視聴者の一部ないし多数は適切な信頼関係・仲間関係を醸成できていないと判断して、未来が暗いと感じるならば重要なことは年収や経済ではなく仲間であることを説いた上で、視聴者に「頑張れ」とメッセージを送るのです。頑張る内容は仲間づくりであり、明るくない未来を生き抜くことです。しかし、仲間とともに前を向けばこんな世界でもやっていけると監督は主張しているのでしょう。しんちゃんと充くんのように。
この作品でのメッセージには一貫性があり、キーワードは仲間です。年収や家庭をもつという一般的に幸福とみなされる事柄は重要視されていません(家族は仲間とも見なせますが、充くんの家庭が幸せでなかったように家族がいることが重要ではないのです)。日本の未来は暗いかもしれませんし、きっと苦しいことも多いでしょう。その中で「仲間とともに厳しい現実に立ち向かえ」と監督は伝えています。そうすることが幸せになれる方法なのかもしれません。
予告で違和感を感じた3D
見てるうちに慣れました。
4歳と8歳と見ました。途中まだー?と言われましたがそこからラストまで一気に進み、夢中に見ていました。
3Dのせいで少し下ネタ暴力シーンはリアルに感じた笑
充くんの生い立ちを見て、共働き、離婚=大人になって悪の気持ちが出来る感じに引っかかりました。
なんならもっともっと両親の毒親感を出して欲しかったです。
エンドロール可愛いし、曲も良かったです!
自己啓発セミナーみたい
前半は楽しく見れた
ただ、後半はよくわからずヌスットラダマス?を放置していたあの博士はかなり罪深いはずなのに、全く糾弾されていないことに驚き
そして、ヌスットラダマスも警察に捕まっておらず、ヒリヤも逮捕されていしないも謎
そんでやっぱりラストがひどい、というより怖い
ちょっとつらい
5歳の娘と見に行く。これで4作連続で一緒に見れた。
みさえがしんちゃんの頭をぐりぐりする描写は体罰で引く。
悪者の若者が、ティッシュ配りのフリーターで不幸な生い立ちだ。気の毒でしかなく、盛り上がらない。しんちゃんが彼に命がけで味方するのだけど、そこまで仲良くないだろととってつけたような感じだ。社会的弱者の若者に対して、幸福を願うくらいで、なにかしてあげられることなど何もないので見ていてつらい。自分の子どもがそんな境遇に陥らないように気を付けようと思うばかりだ。
ただ、劇場では子どもがたくさん笑っていた。若者がでっかい化け物になったところは、怖いという声が聞こえた。たしかに怖すぎる造形だ。
予想以上に面白かったです!
普段アニメを見せたことはなかったのですが
小学生の子供2人はずっと笑っていました!
私もクレヨンしんちゃんの映画を見るのは初めてに近かったのですが単純に面白く何度も笑ってしまいました。
ただ大人と子供では全然感じ方が違う映画だと思います。また大人でも不快と思う方もいる様なので、感性によって見方が大きく変わるのかなぁと思いました。
野原家にかかる色即是空の掛け軸。隠と陽。
時間と空間の捉え方。3Dをしん次元と表現したこの映画は私の想像とは違った意味で非常に面白い内容の映画でした。今を懸命に生きると過去も変わります。環境によって作りだされる可哀想な人物像がいることは確かですが、自分の意思で人は変われます。環境のせいにし、人のせいにし、自分軸で生きて来られなかった青年が過去の仲間と再開し新たに出会った人たちに応援され、前を向いて歩いていくことを決めるストーリーです。未来は自分が思い描く世界へと導かれていきます。私たちが歩いていく道は懸命に生き、自分と仲間を信じればただ明るい。シンプルにそれを伝えたかったのではないかなと思いました。
ナイーブな問題に首を突っ込んでいる
取り扱った題材が現代の経済、恋愛的な弱者による凶行というナイーブなものだけにこのオチに批判意見が挙がるのは仕方がないと思う。私も批判の立場だ。あまりよろしくないと思った。そもそも今作のメッセージ性が子供の方を向いていように思う。
野原一家が平凡な一般家庭ではなく勝ち組家族とすら揶揄されるほど時代が変わってきた昨今、ヒリヤのような弱者は増加している。弱者による凶行もだ。
追い詰められた弱者はなぜ凶行に走るのか?それは劣等感があるからだ。「強者になれなかった自分が情けなく弱者でいることに甘んじている現状は不良である」という価値観があるからだ。人間は弱い生き物だからすぐ他人に責任転嫁をするしストレスを何かにぶつけようとする。その結果だ。
私見だがそういった「強者でなければならない。強者であるべきである」という私達が共有する内外的な価値観こそ弱者を追い詰める最も大きな原因であり、残念ながらこの作品はその価値観を助長するものになっていると思う。
幼少期に視聴する作品は価値観や人格形成に大きく作用する。この映画がとても影響力のある子供向け作品だからこそ「頑張れ!」という具体性のないただマッチョなオチを付けるのはやめて欲しかった。
イジメられた過去を改竄、記憶を無くす、状況の改善を応援などではなく「そういう生き方もある」「罪を犯していないならば生き方を恥じる必要はない」という容認のメッセージを同時に盛り込んでいれば違った評価もできたと思う。またそうすれば弱者に対しての社会的な容認の意識を広めることができ、凶行を防ぐ一助になるのではないかと思わずにはいられない。
この作品を見に行った人々がヒリヤを見て「社会に存在すべきではない哀れな悪役」「弱者は努力が足りない。改善すべき」といった独善的で安易な捉え方をしないよう祈るばかりだ。
ヒリヤくんガンバ
見た!
敵はドルオタ弱者男性比理谷充(非リア充)くんなので、snsで賛否両論なのはわかる。
しんちゃんたちがヒリヤくんに向かって「がんばれ!」と言って救う映画です。
現代のインターネットでは、「がんばれ!」はあまり好まれない言葉だからみんなアンチしているが、ヒリヤくんはずっと「応援されたい」という気持ちがあったのでまあこれはべつにいいかなというかんじ!
CGについてはわたしは新しい技術をあんまし受け入れられないド古人間なので、みさえの髪とかキモくて「やっぱ絵がいいよーー」と思った。
しかし、ヒリヤくんはたくさんの弱者男性の負のエネルギーを注入されてとんでもないバケモノと化してしまうのだが、その見た目があまりにも醜猥で、「力を持ってしまった無敵の弱者男性の成れの果て」ってカンジがあまりにもグロテスクにCGで描写されてたから、なんか、リアルでいいなと思った。
こーゆーグロさはCGにしか出せないんじゃないかなと思う。良い!!
つかヒリヤくん、立てこもり事件起こしちゃったし社会復帰ムズくない?……大丈夫?………
ということを考えると、ヒリヤくんガンバ!(笑)というふうに捉えられるのもしかたがない。
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