「「がんばれ」という言葉が持つ刃。」しん次元!クレヨンしんちゃんTHE MOVIE 超能力大決戦 とべとべ手巻き寿司 ガッキーさんの映画レビュー(感想・評価)
「がんばれ」という言葉が持つ刃。
映画を観て、つまらなかった、と感じることはべつに珍しい事ではないが
不快だ、と感じたのは久々である。
シリーズ初の3DCGということで、制作期間なんと7年という歳月を経て作られた実験作。
確かに臨場感はそれなりにあるし、背景や、エフェクトなんかは迫力を感じた。
しかし致命的なのは、人物のモデリングである。
走ったりした際、ふわっとした違和感のある動きがあり、これがどうも観ていて気持ちが悪い。
しかもかと言って、じゃあ軽快な動きなのかと言うと真逆で、もっさりとした鈍重な動きに見えるのである。
「STAND BY ME ドラえもん」や「ルパン ザ・ファースト」と全く同じで、ここ10年間まるで改善されていない。
しかもこの映画、90分とは思えないほどただでさえテンポが悪く、キャラの動作の鈍重さも合まって二重にテンポダウンして見えてしまうのだ。
テンポの悪さに相まって、ギャグも全然面白くない。
焼き串が武器に見えるのも意味不明だし、方言ネタもくどいだけ。
「キミノヒトミニコイシテル」の深田恭子ネタとかほんとつまんないし、
とうてい子供には分からないネタだろうし、この時点で子供の観客を蔑ろにしている。
じゃあかと言って、大人なら楽しめるのかと言うと、センスが奇を衒いすぎていて寧ろ興醒め。ガンダムのパロディ台詞なんかまさにそう。
最悪なのが気色悪いセクハラギャグ。よしなが先生のケツだけ星人とか、フェミニストじゃなくても不快でしかない。
完全に古臭いオッサンが考えたレベルのギャグ。
テーマの描き方も本当に適当だし、
昨今、色々と話題になっている弱者男性にスポットを当てるという適当さ、
更に政治批判や、コロナ禍の要素など、とにかく手近にあるそれっぽいテーマを適当に扱っているだけにしか見えないのだ。
まあ確かに、過去作だって強烈に大人向けの作品はあったし、百歩譲れなくはない。
しかし結果、全編にわたって非常に暗くて閉塞的な雰囲気になってしまい、
そもそも基本的に子供向け作品のクレしんで、こんな政治批判な内容にしている時点で実に不愉快ではある。
果たして監督には非常にデリケートで難しい題材を扱っている覚悟が本当にあったのだろうかと疑うばかりなのだ。
基本的にターゲット層が定まっていないのである。
先述のギャグの件もそうだが、どの観客層に向けた映画なのか焦点がまるで定まっていない。
そもそも非理谷のキャラは明らかに「AKIRA」の鉄雄だし、じゃあ「AKIRA」のような壮絶なアクションが展開されるのかと期待してみたら、
実際は幼稚園を籠城して、園児たちの弁当を横取りして、人質を超能力で宙に浮かせてくるくる回すだけという、実に意味不明でスケールの低い展開。
子供向けゆえに、無駄にセーブしてしまっているのだ。
せめて、渋谷の街を破壊するくらい派手な事はやって欲しかった。
かと思えば、暴走した非理谷の最終形態は単に気持ち悪いだけ。子供は怖がるだけだし、ますますターゲット層の焦点が分からない。
そして最悪に不愉快だったクライマックス。
恐らく孤独だった過去の非理谷に、しんちゃんが寄り添って絆を深め、非理谷の呪いを断ち切ると言うシーンを見せたかったのだろう。
だが、延々といじめのシーンが長々と続くので、とにかく不愉快なのだ。
あまつさえ、しんちゃんも殴られる始末。幼稚園児がリンチされ続けるという、これほど不快なものは無いだろう。
と言うか、いくら馬鹿な不良でも幼稚園児をぶん殴ったりはしないと思うのだが。
しかも相手が、名前すらもないどうでもいい存在の不良たちなので、
「STAND BY ME ドラえもん2」で、いったい何を見させられてるんだ感が強い。
こんなどうでもいい存在をラスボスみたいにする意味が分からないし、過去のハイグレ魔王やパラダイスキングの方がよっぽどボスらしさがあった。
と言うか、そもそも非理谷の心の闇は両親の不仲の件などもあって、べつにいじめの件だけではないのではないだろうか。
しかも、ひろしの臭い靴下を武器に勝利すると言う実にくだらないオチ。
そんなものを使わずに、しんちゃんと非理谷の二人の力だけで勝利するべきではないだろうか。
言っちゃ悪いが、このシーンで感動した、泣けた、とか言っている人は、単純に上っ面な雰囲気に絆されているだけだろう。
そしてそれ以上に大問題となった例のラストシーン。
がんばれば何でもできる、君には未来がある、可能性があるという前向きなメッセージを伝えようとしているのは分かるのだが、
メッセージ性が主張が露骨すぎて、逆に説教くさいのである。
「ドラゴンクエスト ユア・ストーリー」も、ラストの説教くさいメッセージが非難轟々のようだが、本作はそれ以上に説教くさい。
しかもこれを、周りも次々とがんばれ!連呼するので、もはや新手の宗教か何かに見える。
せめて頑張ったなとか、一緒にがんばろう、と言うべきではないのだろうか。
と言うかそもそも、ひろしと非理谷は年齢的にはほぼ同世代のはずではないだろうか?
この時点で大きなズレがあって違和感がある。
そもそも指名手配犯の非理谷にとても明るい未来が待っているとは思えない。
だから薄っぺらく感じるし、まるで何も響かない。
なお、本作はかの大傑作「オトナ帝国」と類似する要素があるため、比較されがちだが、
現代社会への辟易と、ノスタルジーへの憧憬を描きつつも、
それでも、今の現代の世界を、未来の世界の為に精一杯に生きなければならない、という果てしない熱意が伝わったオトナ帝国に対して、
散々、無駄に大人向けな暗い描写をやっておきながら、
最終的に、「がんばれ!」などという、ただの精神論的な稚拙な着地をしている時点で、
その差は雲泥の差だというのは言うまでもない。
確かに過去作のオトナ帝国やアッパレ戦国でも、非常に大人向けな描写はあったが、全体がそれに釣り合うよう徹底された高い描写があった。
しかし本作は大した描写力も無いのに無駄に重いテーマだけを提示しているだけ。
悪評は耳にしてはいたが、これほど許し難い映画とは思わなんだ。クレしんをまるでプロパガンダのように使ったのは実に許し難い。
しかもこれがなんと興行収入歴代1位の大ヒットという結果に、どれだけ多くの人の目が曇っているんだろうと絶望した。
ちなみにこの映画のストーリーは、クレしん映画では珍しく原作が元で、しかも過去にはテレビアニメでも映像化されている。
本作はそれをオリジナル要素を加味した再リメイクである。