「ガラス玉に光を透かしたかのようなきらきらした作品」きみの色 とさんの映画レビュー(感想・評価)
ガラス玉に光を透かしたかのようなきらきらした作品
人の大きな岐路の物語ではなく、不幸な人間が救われるわけではなく、強力なライバルが現れたり躓きに奮起する作品ではない。退屈だと思う人は多くいる作品かもしれません。
おそらく多く語る必要も深堀る必要もない、基本的に普通の人間たちばかりの物語なので、強い個性や所謂キャラクター性を愛でたい人にもあまり向いていないでしょう。
けれど人生をそれなりに送っていると悩みきっていたことが「話してみれば意外と」という機会は多いし、自分が硬く高い壁だと思っていた障害は実は薄いベニヤ板だったとみたいなことはよくあることだし、何よりキャラクター性の強い人間というのは実際のところあまりいない。この設定や世界観の抑揚の少なさは逆にリアリティを感じました。
この国のどこかにこんなにやわらかな愛ばかりに溢れた世界があったらいい。
きみちゃんの自主退職の理由とか、兄と家を出たとか、確かに気にかかるエピソードはありましたが、正直この映画の物語の中では語る必要はないと思ったので、個人的にはあまり気になりませんでした。
寧ろそういった終わってしまったことの深堀りはノイズになりそうだし、そもそもきみちゃんは自分のしたことの大きさも理解しているので反芻させる意味が無い。
きみちゃんがたくさんの優しさを受けて、ゆるやかにまた進み出せることに喜びながら鑑賞していました。
こういう友達が欲しかった、こういう大人にいて欲しかった、そういうものの疑似体験のようで、劇場から離れたくなくなるほどとても居心地が良かったです。
色がテーマというだけあって色彩と、何より光が美しく眩しい。
極彩色ともパステルカラーとも違う華やかさと穏やかさで、この色彩を浴びるだけでも行った価値があります。
劇中歌たちは彼らが白い画用紙に好きな色や画材で描いた絵で、しろねこ堂、そして「きみの色」は彼らの小さな展示室なのではないかと感じました。
なので「水金地火木土天アーメン」を主題歌にしなかったのは良い選択だったなと思います。様々な色を楽しむ作品なのに、水金〜だけを強調してしまうと、作品がトツ子ちゃんの色の絵ばかりになってしまうので。
彼らの音楽は彼らが自由に描いた絵なんだと教えてくれるミスチル、という構成が素晴らしく胸を打ちました。
自由に絵は描くのは実はとても難しくて、力がいる。彼らが自分の作品を舞台で披露できたということは彼らが小さな力と自由を手に入れた証明。
何よりかつて「大切なことを大切な人に伝えることができなかった」彼らが大きい声や音で好きなものを主張できたことはとてもすごいこと。人生を大きく動かすことはないけれど、人を少し良い方向に向かわせるような、半歩前に足を進ませるような経験なのだと思います。
子供が懸命に描いた作品が張り出されているを見て「この色がすてきだね」と言っていたい、そんな気持ちで心にちょこっと余白を作りながら観るととても楽しめる気がします。
ミスチルも言っています。堅苦しくならずに楽しんでいいんだって。多分これはそういう作品なのではないでしょうか。
(後日追記)
池袋グランドシネマサンシャインでIMAX、立川シネマシティで極音、川崎チネチッタでライブザウンドを観ました。
それぞれの音響設備の違いとこだわりに映画初心者は圧巻です、というのは余談。
回を重ねるごとに気付きがあり、とても驚いています。これは作品の中にというより、見る側がどれだけ考えながら視聴し、見終わったあと余韻に浸れるかなのではないかと思いました。かっこいいアクション大作のような見るだけで楽しい作品とは全く別の作品です。これはハンバーグとスルメくらい違います。
噛まないと味が薄いですが、噛めば噛むほど味が出る。受け身で見たい人にはあまりおすすめではないかも。
なのでストーリーを追うだけでは足りない二回目以降がとても良かった!
初見では作品の流れに任せていましたが、主にきみちゃん、そしてルイくんの救いの物語なんだなと思いました。
きみちゃんという女の子は純粋できれいなんだけれど押しに弱くて、良くない友達が出来たらきっと流されるしかなくなってしまうんだろうなという危うさを感じました。そこから自分で立ち上がる力もなく、拠り所がないからどんどん悪循環を重ねていってしまいそう。きっとあのままおばあちゃんから逃げていたらそう傾いていってしまって、事が起きてからようやく気付いてもらえるような気がしました。
学校に連れ込んだのもルール違反ではあっても、学校が子供を守る施設なのだから、学生という選択肢が少ない中でよく決断したなあと感心します。
きみちゃんが最悪の結末にならなったのはトツ子ちゃんの愛のおかげなんだよな……としみじみ思います。まあ、これはただの妄想で、きっとトツ子ちゃんは特に意識していないのでしょうが。
そんな子供間の優しさと、大人たちの子供に対する信頼が眩しい。
トツ子ちゃんとお母さんとの修学旅行の話が最も印象的で、お母さんはこの時叱らずに済ませたのは、トツ子ちゃんがきちんと状況を理解し、今後こんなことはしないという反省を自分の中で出来ているとわかっているのではないか、叱る必要がなくただ傷付けるだけになるという判断なのではないかと思いました。
これを優しさや愛と呼ばずに何と言うか、私には分かりません。
きみちゃんとおばあちゃんとの会話、ルイくんとお母さんの会話も根底には「自分の人生の決断に対する責任は自分できっちり持たねば」という心を感じ、これは三人が大人になる話なのだと思いました。
きみちゃんが学校を辞めたことを謝らず、秘密にしていたことを謝ったのが個人的にすごく良かったです。
きみちゃんにとって学校を辞めた判断は彼女が熟考した結果、それはリスクやこれからの大変なこともすべて自分のもので、他者に謝ることではないのだと思ったので。
そして何より、おばあちゃんがこれまでどれだけきみちゃんを大切にしていたかを言外に感じた気がします。
しかし普通年頃の男女が揃ってこっそりバンドをしていたら不純異性交友を怪しまれそうなものですが、そこで一切問題になっていないのは、彼らがこれまでそれだけ素行が良かったのか。
でもかっこつけたがりそうなバンドのライブで「昨日のごはんはあったかソーメン」をあんなに楽しそうに歌われてしまったら、毒気も抜かれてしまうかもしれません。
何度見ても新しくて眩しくて、人生でどれだけこんな作品に出会えるだろうと感じています。
苦労や不幸、ドラマチックな展開ばかりが物語ではないと教えてくれてありがとう。人の苦しみからくるものではなく、優しいからくる幸福を喜ばせてくれてありがとう。
これは私がずっと出会いたかった作品だったのではないでしょうか。ひとまず、わざわざアカウントを作って、こうして長いレビューを二度書くくらいには。
当初「あまり大衆受けはしなさそうだな」と思って4.5を付けましたが、とんでもない。世間が好きでなくても私が愛していればそれでよし。
私にとって大切な作品になるに違いないので5を付けます。私の世界に優しい光をありがとうございます。