いつかの君にもわかることのレビュー・感想・評価
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『おばあちゃんいつ死ぬの』
子供を残して1年以内に死ぬ者の死生観が分からないので、作品の良し悪しは判断出来ない。しかし、最後の選択は間違っていないような気がする。
やはり、早い内に自分の死に付いては語っておくべだ。
トーベ・ヤンソン先生の小説、
『少女ソフィアの夏』の中に
『おばあちゃんいつ死ぬの』と言う台詞が登場する。この映画にも
『いつ死ぬの』と言う台詞飛び出す。女性は『自分じゃ分からないわ』と言って『ずっと先だと良いなぁ』と繋ぐ。彼はその言葉で決断したんじゃないかなぁ。
ソフィアのおばあちゃんはなんて答えたっけ?質問に気を取られて忘れている。
もう一回読もう!!
実話を基に
重かった、、ずっと悲しい。
息子が赤ちゃんの時母親が蒸発し、父親が3歳まで育てるが父親も病で寿命が近いことを知り、息子を養子に出す話。
養子をとってくれる4家庭くらいと対面して、どの家庭が一番いいかを選ぼうとするが中々決まらない。そりゃそうだよね、、完全にいい家庭があるはずもなく、どの家庭も少しはダメな点がある。
息子には寿命のことも知らず、養子に出されることも知らずに色々な家庭と対面する。父親に「養子ってなに?」「養子やだ」って言うシーンは泣ける。
父親自身も施設・養子育ちであり、タトゥーが入っており窓拭きの掃除を生業としている点で考えると良い育ちでは決してないだろう。最後に、息子が大きくなった時用に「運転免許を取った時に読んで」とか多くの手紙を準備しているシーンが1番泣けた。
終始暗いが、世の中には同じ経験をした人は何人もいるんだろうなぁ、、。珍しく邦題も良かった。
静かで沁みる話だった
静かなシーンと少ない台詞で説明的で無いからこそ行間から愛情や切なさや苦悶が溢れてくる映画でした。
自分が居られない未来に対する決断を下すのなんて難しすぎる。里親の家庭を回るたびに選択肢と可能性が与えられていくけれど、ジョンの内面が言葉にされずに淡々と進んで行く事で見るこちら側もマイケルの未来について一緒に不安や希望を感じて何が一番良い形なのか分からず今以上の幸せが想像できない気持ちになってしまいます。
この先感じるであろう寂しさの支えになるものは何か、将来の幸せは何か、どんな苦しみに会うのだろうか、この決断でどんな喜びを与えられるだろうか、どんなに愛情を注いでも考えても時間が足りずどうしたって向かい合うのが難しい事だから、この終えるための仕事に正面から取組む父の姿に深い愛情を感じずにはいられませんでした。
ひとつの親子を通して見る様々な家庭の姿も、マイケルとの相性は別として幸せで無い家は無かった様に思います。
どんな家庭がベストなのかはわからないけれど、それぞれに幸せの形が出来上がる予感を感じたし、ただそこにジョンが関われない切なさが悲しくその分だけマイケルに幸せになってほしい。
それもあって最初は自分の事は振り替えらずに新しい家族を本物のものとして生きて欲しいと思っていたジョンが、マイケルに事実を伝え思い出ボックスを通して人生に寄り添う決意をしたのが泣けました。
泣いた
言葉でなく表情で語る演技とメッセージが素晴らしく、成長したマイケルの姿を見れない悲しさや自分のことを知らないままでいいと言っていたジョンの心情の変化、マイケルは成長してジョンのことをどのくらい覚えてるのかなとかなんか色々汲み取ってしまって泣いた。
子役の子の演技がリアルすぎて凄かった。
大袈裟なお涙頂戴展開でなくて淡々と辛い現実が過ぎていく魅せ方なのは上手いなぁ。
父の思い
なぜ人生、さまざまで差もあるのだろう。
たくさんの家やビルの窓をきれいにする
窓拭き職人のジョンは、
窓から見える室内に目をみはる時がある。
今も部屋の至るところに散らばって置かれている
オモチャの数に驚いていた。
あのうち一つでも息子マイケルに持たせること
ができたら、と思ってその持ち主の男の子と
たくさんのオモチャを見ていた。
生い立ちは決して幸せというのではなく、
実の親にさえ疎んじられ幼い頃に他人の元で育ち、
腕や喉元ぐらいしか見えないが、身体のどれくらいの割合で広がっているのかと思われる刺青を施している。
若い頃から一人で苦労して時には道を踏み外すこともありながら生きて来たであろう。
妻と思った女性は可愛い筈のわが子をおいて出て行ってしまった。
子煩悩なジョンが幼いわが子を必死に育てて来た
ご褒美がこういうことだとは。
病気ですぐ近い先に自分の命の終末が迫っている。
気になるのは、自分よりわが子だ。
かわいい盛りの男の子。
男手一つで育てて来たが、いい子に育った。
ジョンは、俺の子にしては優秀じゃないか、
と心の内でちょっと自慢したい気もある。
しかし、人前でそんな素振りも見せない。
それどころか、どんな人の前に出ても恥ずかしくない人間に育つようにと礼儀には厳しい。
外見とは非なる繊細な心のジョンはいろいろと
心配してしまう。
病状を知らされた時からソーシャルワーカーに相談していて仕事の合間にマイケルを連れて里親候補と面談。わが子にはどんな人が家庭がふさわしいのだろう、と。また、自分がいいと判断しても、後に間違っていた、となることはないか、とも悩む。できるなら、実の母親に託すのが一番ではないかと迷い、親身に寄り添ってくれているソーシャルワーカーのショーナに相談するがもう手遅れだと断られる。
私もかわいい盛りに置いて出て行ける母親には期待しない方が良いと思った。
条件が見合う希少な候補者から選ばねばならないことを時間があまり残されていないことも含めて知らされる。
マイケルはどうか。保育園に行っても他の子は皆ママが送って来る。パパなのは自分だけ。
パパは優しい。自分を見つめる時の目はとても優しい。パパ大好きだ。絵本を読んでくれる。肩車してアイスも食べさせてくれる。最近、知らない人と会うことがよくある。みんな自分をじっと見つめて来る。その家から帰る時遊ばせて貰ったからとありがとう、と言わないと帰れない。いつも預かって貰う仲良し母子にすねてぐずっていた日、ちゃんと謝るまで帰らせてくれない。
飼うならウサギよりワンちゃんがいい。
最近、パパはしんどそうだ。
広大なグリーンに建つお屋敷の夫婦、
郵便局員で仲良し夫婦、
里子を複数受け入れている大家族、
若い頃の過ちでわが子と生き別れて妊娠できず養子をとりたいと夫と別れたシングルの女性、
どこに託そうか⁉️
だんだん頻繁に酷い頭痛や嘔吐に見舞われるようになる。 マイケルにも見られた。
高窓を拭こうとハシゴを上りかけてやめた。
動けるうちにと、ショーナから言われていた
思い出ボックス🧰に詰める。
マイケルに宛てたその時々の赤い封書、
マイケルの赤ちゃんの頃の母親と写る写真、
さまざまな思い出の詰まった写真、
一緒に作ったケーキに立てた赤いロウソク、
34本立ててマイケルがくれた1本、
母親の手袋、窓拭き器、 を入れた。
マイケルに絵本で "し"を教える。
「身体だけ残るんだ。」心や思いは消えてしまう、と。
以前からの虫やシラミの死で少し知った?マイケル。
「いつ死ぬの。」とも聞いて来た。
少しは理解しているのだろうか?
「ようしはイヤ。」とも。
でも、ジョンは思うのだろう、パパの心や思いが消えてしまってもいつも君のそばにいるよ、と。
退職し仕事と車の引き継ぎ。
だいぶやつれてしまった。
二人で絵本に落書きしたり、
遊園地に行ったりし思い出作り。
最後の力を振り絞りバスで向かった先は、••••
やはりお互いが求め合う相手がふさわしいと
思ったのだろうか。
壷井栄さんの『母のない子と子のない母と』を
思い出した。
、
言葉数の少ない親子の切ない物語。
実話をもとにした話だと最後にあった。
34歳で先が長くないシングルファーザーのジョンと4歳のマイケル。
人生の最大の選択である養子先を探すために、候補の家をそれぞれ訪れて本当に任せられる人を探すという話。
ジョンもマイケルも口数が多くなく、淡々と話が進んでゆく。
自分の命の先が見えてきていることを少しずつマイケルにも伝えていこうという思い、
マイケルの将来はどこに養子にいくのが幸せなのか、
そんなことを通して鑑賞している自分の死・命についても考えさせられる。
意図的に泣かせようとするのではなく、淡々としているのが逆に訴えかけるものをがある。
マグカップは誰が
冒頭から全編にわたって、繰り返し窓が映される。
これは窓拭き清掃員であるジョンの視点であり、“一般的で幸せな家庭”との断絶を表しているようにも見える。
しかし、彼らの日常には得難い『愛』があった。
ジョンは優しいだけでなく諭す厳しさもあり、常にマイケルを第一に考えている。
(玩具やパジャマを放り投げられて微笑むことができる親がどれだけいるか)
また、マイケルも幼いながら賢く、父を気遣うことだってできる。
ジョンの余命宣告さえなければどこよりも幸せな家庭であるだけに、なお哀しい。
台詞で語らず、過度な演出をせず、事件も起きない。
だが、ほんの僅かな表情から確かに伝わる。
拒んでいた『思い出BOX』をつくることにしたジョンの変化が。
徐々に事情を察して父の死を彼なりに受け止めたマイケルの変遷が。
最終的にジョンが選んだのは、財力でも経験でもなく、やはり『愛』。
何よりも、自分に代わってそれを注いでくれる相手に託したのは、素晴らしい判断だと思う。
『No.1 DAD』のマグカップは、母の願いか、父の決意か、それとも…
ジョンの病名含め余白も多いが、説明不足ではなく逆に深みが増す塩梅も見事。
事情に明るくない自分には、残念ながらソーシャルワーカーが“思いつく限り破った”『規則』が分からないのが残念。
カフェでの会話も印象的だったので、もっと彼女との関わりも見てみたかった。
パパの親心、切なすぎる
小さい我が子を一人遺して逝くのは辛い。
せめて良い養い親に託したいという親心が切なすぎる。
幼いマイケルにも大変な事情があるのがわかるようで、いい子にして里親候補の家を回る。これも切ない。
養子ではなく里親なのは、マイケルが「ようしはいやだ」と言ったからだろうが、パパもきっとそう。養子だとパパと親子関係はなくなるが、里親ならパパはずっと今のパパだ。
里親候補は、ゆくゆくは養子にしたい夫婦も含めて、全員が今ひとつ。
自己満足やペット扱いではコドモの幸せなんて二の次だろうし、経済的な心配が出そうなのも無理、里親への補助金目当てっぽいのは以ての外。そうすると彼女になるのか。
子供が欲しくて他人の子供でもいいから育てたい一心で離婚までして、里親の資格も取った女性が一番しっくり来たということでしょう。パパ自身が「普通の家庭」を知らないから、現在の自分たちのようなシングルの親ということで、生活が想像可能で判断しやすかったのかも。
ジョンがときどき会いに行く老婦人は彼の里親のひとりなんだろうか。
ジョンが愛情深く思慮もあり、マイケルにしつけができているのは、彼女のお陰かも。
貧しい父子家庭、その上パパは不治の病で余命幾ばくもない、暗く救いようもない話のようだが、周囲が良い距離感で関わってくれて行政の救いの手もあるので悲惨さはない。
関わる人々のジョンへの距離が絶妙で、この距離感はイギリス人的なのかも、と思いました。
悲劇性を盛り上げるような演出もなく、淡々と話が進んでいくが、それが逆に心に染みて随所で泣きそうになりました。
未来の我が子の、節目節目に渡せるように、手紙を書く。
その時を想像しながら。思いを込めて。
大きな束になる。
もうね、号泣するかと思った。
For Michael
4才の一人息子マイケル( ダニエル・ラモント )と暮らす余命僅かとなったシングルファーザーをジェームズ・ノートンが演じる。
映画「 赤い闇 スターリンの冷たい大地で 」の熱演に魅せられたが、この作品でも優しさの中に悲しみをたたえたジェームズ・ノートンの眼差しに引き込まれた。
マイケルに宛てた封書の束に紐を掛けるシーンと、ラストシーンが切ない。
映画館での鑑賞
ようしはいやだ
死を理解しようとしたり,思いやりが芽生えたりして劇中マイケルは少しずつ成長していく。その成長を大切にしたいから,子供をペットやコレクション扱いする人たちでも,ピキパキの意識高い系でもなく,父は彼女を選んだのだと思う。マイケルと一緒に,もがき苦しみながらも成長してくれることを期待して。
演出がいい。幼児に不自然な長台詞や無理なベタ演技を強いる事なく、いかにも「いそう」な男の子としてマイケルを描いている。TVドラマ的情動失禁もなく、闘病の描写も最小限。お陰で鑑賞者の想像力の入り込む余地が充分に確保されていて没頭してしまった。
似たテーマの仏映画「ポネット」もおすすめ(ちょっと古いけど)。
父が追い求めた理想的な家庭とは
余命いくばくもないジョンは幼い息子マイケルのために里親探しに奔走する。だが、彼の求める里親はなかなか見つからない。
最初は直感的にわかると思っていた。最愛の息子を託せる家庭は見ればわかると。しかし、それがわからない。自身も里親のもとで、また施設で育ち、暖かい家庭を知らずに育った彼には真の理想的な家庭像が描けないのだ。
きっと彼がマイケルを託せるのは彼自身がこんな家庭で育ちたかったと思える家庭なのだろう。両親が揃った暖かい家庭で育ったなら自分はこんな人生をたどらなかったはず。息子には同じような人生を歩ませたくない。しかしそれはどんな家庭なのか。部屋中オモチャにまみれた家庭なのか、高い教育を受けられる裕福な家庭なのか。
そして最後の最後に彼が選んだ里親はかつて自分の産んだ子を手放した単身女性だった。自分の子を自分の手で育てられなかったことを悔やみ続け、離婚してでも養子をひきとり自分の愛を注いで育てたいという女性。
ジョンはその女性に片親で子を育ててきた自分と同じものを感じ取ったのかもしれない。
本作は親の子への思い。そして死生観についてもテーマになっている。
ジョンは自分の死を息子マイケルに伝えるべきか悩む。幼い息子に死を受け入れさせるにはあまりにも酷なためそれを告げずに息子の前から静かに去ろうとも考えた。しかし死期が近くなるにつれ彼自身に変化が起きる。以前は顧客の老婆から聞いた亡くなった夫の話を聞いても実感がわかなかったが、それを次第に理解できるようになる。
彼の中で死への受け止め方が変わったのだ。けして死は恐ろしいものではなく悲しいものではないということを。それを悟ったからこそ彼は息子に自分の死を伝えられたのだろう。
ここにパパはいないけど天気の日には暖かい太陽の日差しの中にいてお前を温めてあげる。雨の日には雨粒の一粒一粒にいてお前を濡らしてあげる。ブドウを食べるときにはその味の中にいてお前の舌を満たしてあげる。
日々生きてゆく中で常にお前の感じる中に父はいるのだと教える。生きている限りパパを感じられるのだと。
前半からはやくも涙をこらえるのに必死で、終盤あたりは嗚咽が漏れるのを抑えるのに必死だった。まさに声を上げずに号泣した。ここ十年で一番泣かされた作品だった。
静かな映画♫
結果は良い映画♫
静かで深い映画でした。
テーマは『折り合い』その過程を静かに描いた作品だと感じています。
東欧の歴史的背景や宗教観と宗教教育変遷。地理的な内容等、
演出と主人公の演技で表現されています。
その背景を持ちつつ、テーマは普遍的な内容を中心に置かれている。
そこがこの映画を僕が好きなポイントだと感じています。
ラスト10分まで僕自身は監督が核にしているテーマを掴みかねていましたが
ラスト10分で・・・『あーーーあーーーそっかーーー』って思いました。
それはどこの国でも・・・共通に感じる事ができる事かもしれないし、
そうじゃないかもしれないんですが。。。。
※あくまで個人の妄想です。
個人的に『あーーー』って思ったシーン①
『借りた絵本にマイケル(子供)と一緒になって、むしろ率先して落書きするシーン』
ここから、パターナリズムからの転換『君(マイケル)を信じるよ』という姿への変遷。
ここに至る過程を描きたかったんだなぁ~って勝手に受け取りました。
それは同時に『死』に対する『折り合い』であったと感じてもいます。
後、好きなシーン②
研修ソーシャルワーカーとのシーンで泣きながら、
『ウォッカ2杯ですべて解決』という台詞(うろ覚えです)
を葛藤を抱えながら伝えるシーン。
個人的に演出と主人公の演技が素晴らしいと感じました。
マイケルの存在と表情、演技が沁みます。
研修ソーシャルワーカーの女性に共感しました。
※この女性登場シーンはこの家のお嬢さん??って思いましたが(^^;
ある日突然
自分の死期を知らされて、はてそれから父子家庭の我が息子の行く末はと悩むお話
私は家父長制がすべてのジェンダーやLGBTQ問題の根底に横たわっているという意見なので、ジェームズ・ノートン(父親)が一番まっとうな里親を選ぶんだなと途中で察しがつき、ラストシーンは拍手喝采したかった位
自子尊重ではない。これからの我が国でも養子をめぐっては柔軟にならざる得ないはず。それこそ私達には普通だけれど、国が「異次元の世界」を目指すしかないんじゃないでしょうかねぇ?
もう立つことのない一本の赤いロウソク・・・号泣😭💦
①日本語も時代と共に変化していくことは頭では理解している。しかし、歳を取ってくると言葉の意味の飛躍に時々文句を言いたくなる。
「号泣」とは本来“声をあげて泣くこと”である。しかし、しばらくの間に単に“眼を潤ませて”も“静かに落涙”したくらいでも「号泣」と表現される様になってしまった。
『違うやろ』と言いたいが、もうこの時点で“老害”なんてしょうね。
②でも、この映画では文字通り号泣させられた。映画を観てこんなに泣いたのは『ギルバート・グレイプ』以来かも。
ただ、上映中は声を出すのが恥ずかしく声を殺して落涙していたが、とうとう我慢できなくて次の映画(『オマージュ』)の本編前の幕間でオイオイ泣いてしまった。
ああ、恥ずかし…
③これも年のせいか、最近は殆どどんな映画でも泣かせるシーンでもないのに涙ぐむことが多い。
だから段々冷静に映画を批評できるのかないと思ってしまう。
本作でもマイケルが登場してきた時からウルウルしてしまった。
④ジョンは生い立ちやタトゥーを入れまくっているところや、仕事にクレームをつけて支払いをケチる客の家の窓や車のフロントグラスに卵をぶつけるところ、あまり母親に相応しくないような女性を選んでしまったところとか、若い頃は結構ヤンチャだったのでは、と思わせるがマイケルといる時は誠に良い父親である。
⑤ウサギ(と思うけど)のぬいぐるみくらいあげろよ、オバハン(私より年下だろうけど)。
⑥ジョンを見上げるマイケルの顔の静止画で映画に幕を下ろしたところもよろしい。
基本的にはハッピーエンドではない話なんだけれども私としてはハッピーエンドとしたいな。
私としても同じ立場であれば里親にあの女性を選んだろうから。
静かな良い映画でした
朝イチで紹介されていて、見たいと思いました。
一部の映画館でしか上映していないのが残念です。
お涙ちょうだい系かと思っていましたが、淡々と親子の情景が続きます。
1時間半は短い映画と思いましたが、見た感じでは長く感じました。
もっと子供の言葉もお父さんの言葉も聞きたかったとも思いましたが、
そうすると、よくあるお涙ちょうだい映画になってしまうでしょう。
これはこれで良い映画だと思いました。
私的にはラストはちょっと、ん?と思いましたが、それが映画ですね。
人それぞれの感想が生まれる映画だと思います。
良かった
おみおくりの作法がとても良かったので観たが、期待を裏切らない良さだった。
ジョンがマイケルを諭さねばならないときの向き合い方、すごかった。
・預け先の子と仲良く過ごせず謝らせたいとき
・ぬいぐるみを返すとき(なら渡すな!と思った)
パンフレットにも写真があるけど、マイケルが寝る前の、2人手と額を合わせてのお祈り。
父に死が迫ってて養親探す、とストーリー知ってて観に行ったから、こんな優しく包むように育てられてるマイケルを、ジョンと同じくらい大切にしてくれる人を探すって難しいんじゃないかと不安になった。
それが的中したかのように、養親になりたい(なってる)人ってあんなのしかいないの?と思うレベルの人たちのオンパレード…
ジョンじゃなくても絶望するよ…
自分たち2人しか視界に入ってないようなデブ2人、
ぬいぐるみ返せだの子どもにオレ様の電車は触らせられない等々最低すぎる2人、
すでにたくさんの里子がいるけど、子どもたちがあまり幸せそうに見えない2人…
すでに里子を預かってる人もどうなの?って人ばかりで、うわぁ…ってなった
海外ではどうかわからないけど、
里子も養子も、実親と暮らせない子のための制度で、子が欲しい親に子をあてがうものじゃないと思うんだけどな…
人生の1ピースとして子どもがほしい、
最期に良いことしたと満足したい、
は…?????
実子にしろ養子や里子にしろ、
親に良い人生だったと満足してもらうために存在するんじゃない。
親は子に教育を受けさせる義務とか、幸せになるよう愛し満たしてあげる必要があると思うが、
子には親に対する義務なんてないよ。
最後に選ばれたあの人は、
粗野な印象も否めなかったけど、つらい経験してきた故の優しさもにじむ人柄だった。
最後の笑顔が素敵な人で名前知りたいと思ったけど、パンフレットのローズマリーって人?
ジョンが養親に恵まれたように(度々出てきた老女は養親だと思ったけどちがうかな?)
マイケルも良い人に縁付いたと思いたい。
それにしてもジョンが良い人で、自分の育ちもひどい環境だったのに、自分の子にあんなに素晴らしく向き合える人がなぜ子を置いて亡くならなければならないのか…
ジョンとマイケルがずっと2人で生きていければ良かったのに…
ジョンの担当で一緒に養親探ししてくれた若い方の女性の、立場上守るべき規則とクライアントのジョン、自分の良心の板挟みになってる台詞が良かった。
車の修理をしてくれた人、ジョンの養親だと思われる女性、ジョンの周りにはジョンを想い心配してくれる人がいる。
後任に親切な引き継ぎをできるジョン、怒りを抑えられ、何こいつと思うような養親との面談など、どんな場でも大人の振る舞いができる。
マイケルもきっとそんな人になる。
ジョンの窓拭きにケチつけた仁王立ちクズに天罰が下りますように。ジョン、よくあの場で怒り抑えたよな…
生卵投げつけてくれてスカッとした。
人としての品格、器の大きさは、
下に見てる職業の人を仁王立ちで監視し、料金をケチるような輩には理解できないだろう。
最初やらないという意志が固かった息子への贈り物ボックスに、ひとつひとつ愛おしそうに入れていくシーン、
なぜジョンが病気に、なぜこんな良い父親が息子を残して死なねばならない、涙出た。
マイケルが大好きな赤の封筒に入れた手紙、
息子を捨てて行ったけど、ジョンが彼女を愛したことは事実なんだろうなと感じさせる母親の手袋(中に母子の写真を入れるとこ 涙)
ジョンの最期が満たされたもので不安の少ないものでありますように。
マイケルが幸せになりますように。
赤い風船と黄色いトラック
余命わずかなシングルファーザーのジョンは自分の死後に
幼い息子マイケルが暮らす新しい家族を見つける為に奔走する実話から着想を得た物語
父ジョンは窓拭き清掃員…彼が窓越しにそれぞれの家庭をのぞき見る
恵まれない環境で育ったジョンはどんな思いで幸せそうな他人の家庭を眺めていたのだろう…
里親選びをしながら息子が新しい家族と窓の向こうで幸せになって欲しい…そう願っていたのに違いない
抑え気味な台詞や淡々と進む流れ
父親の深い愛情と健気で可愛らしい息子に
優しく心を撫でられた
帰り際、前を歩く老夫婦が「あの家で良かったなぁ安心したよ」と…私も思わずうなずいてしまいました
献身的なソーシャルワーカーの協力の元
観客達もいつしかジョンと共にマイケルを本当に託せる家族探しに同行してるリアル感に間違いなく入り込んでいたのだろう
マイケル役のダニエル・ダモント坊やのラストの表情は秀悦!
号泣ストーリーになるはずのテーマを実に柔らかい感動に引き寄せてくれた良作でした
いつくしみ深い、宝物のような父と子の絆
命尽きるまでの時間で「息子のために何ができるか」を全力で考え行動する若い父親と、父の思いを全力で受け止めようとする幼い息子との、宝物のような「関係性」と「時間」を追った素晴らしい作品でした。
「泣かせ」の要素はほぼ皆無で、全編非常に抑制の効いた演出が貫かれています。
しかし、父と子が二人で過ごす何気ない日常の描写が、そして息子が時折見せる、何とも言えぬさまざまな表情が、物語を雄弁に語ります。
また、彼ら二人の日常は極めて慎ましく貧しいですが、優しさと温かさに溢れています。
誕生日ケーキの材料をスーパーで買い、手作りケーキにマイケルが赤いロウソクばかり34本挿して祝うシーン、
父のタトゥーと同じようにカラーペンでマイケルが自分の腕に模様を描くシーン、
具合が悪く(あるいは疲れて)寝ているジョンに何度も毛布をかけ直し、それに気づいてジョンが「おいで」とマイケルを抱きしめるシーン、
みんなみんな慈しみ深く、何物にも変え難いプレシャスな時間の描写が紡ぎ出されています。
父親のジョンは窓拭きの仕事をして生活していますが、窓からの人々の暮らしぶりや風景を見て「自分の生活」との差を感じる彼の思い、少しだけ自身の口で語られる、決して幸せとは言えない生い立ちも段々とわかってきます。
それらも併せて映画が投げかけることで、また一段と胸のつぶれる思いにかられます。
大好きなパパと、愛する息子と、二人で過ごせる時間はあと少ししかありません。
残された時間で懸命に息子の里親を探そうとするジョン、連れ回される息子のマイケルにとってそのことは嫌に決まっているし、理解するのはあまりに難しいことだと思うのですが、物語が進むに連れて、4歳の子供が自身の理解力で受容する態度に変化して行く、そんな子供の持つ可能性や希望の片鱗が見える、奇跡のようなラストが待っています。
父が息子に対して、真摯に「これから何が起きるか」を語る場面はこの映画の白眉です。
息子(マイケル)に恐竜が死ぬ絵本を読み聞かせながら、
⚫︎「死ぬ」こととはどういうことで、
⚫︎それは生きるものにはすべて避けて通れないことであり、
⚫︎「死んだら中身は空っぽで身体だけになる」ことを、
説明の時間の少し前に虫が死ぬことを体験した息子にもわかるよう、きちんと説明します。
(4歳のマイケルには死の説明が悲しみに直結する程の感情の醸成がない分、かえって理解できることになるのではないかと感じました)
ジョンが未来のマイケルへの手紙や思い出の品、写真を箱に準備しているシーンは「いよいよなのか…」とこちら側も覚悟を求められますが、こんな風にきちんと準備することの大切さも、スクリーンを通してとても素直に頭に入ってきます。
過剰な演出や台詞が盛り込まれる映画も多い中、説明的演出をきっぱりと排除し、削ぎ落とされた映画の中身と、まるで本当の親子と思える主役の父と子の姿は心に深く深く入り込み、この映画の力にとにかく圧倒されました。
最後にもう一つ、情感に訴える音楽が素晴らしいものでした。この音楽の効果もあって、さらに涙が止まらず。ギターのもの悲しい音色が堪りませんでした。
これまで何百本も映画を観ていますが、劇場を出た後に思い出し、帰り道にまた何度も泣いた映画でした。今のところ、今年の一番どころかオールタイムベストになりそうな映画です。
I like home
おそらく癌?なのかな 周りに助けてもらいつつも孤軍奮闘する姿に、母や祖父母はどうしたん?と思いつつ見た 疑問は少しずつ解消していく 窓から覗く光景も家庭も様々 自分がいいと思ったお家が息子にはベストだろうか、死とは何か伝えるか否かと悩む父の気持ちが痛い程解る 遂には梯子が登れなくなり真っ直ぐに歩けなくもなり...ラマを見て穏やかな表情になるところとか、あまり多くは語られませんが、とても感動的。
下した結論に関しては...
子供目線に屈んでくれてるし、トラックの積荷、お家は少し散らかってるけど妙な見栄もなく、愛情深そうで私もあの方が一番だと思いましたよ マイケル役の男の子の目線の演技が秀逸
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