「いつくしみ深い、宝物のような父と子の絆」いつかの君にもわかること mayuoct14さんの映画レビュー(感想・評価)
いつくしみ深い、宝物のような父と子の絆
命尽きるまでの時間で「息子のために何ができるか」を全力で考え行動する若い父親と、父の思いを全力で受け止めようとする幼い息子との、宝物のような「関係性」と「時間」を追った素晴らしい作品でした。
「泣かせ」の要素はほぼ皆無で、全編非常に抑制の効いた演出が貫かれています。
しかし、父と子が二人で過ごす何気ない日常の描写が、そして息子が時折見せる、何とも言えぬさまざまな表情が、物語を雄弁に語ります。
また、彼ら二人の日常は極めて慎ましく貧しいですが、優しさと温かさに溢れています。
誕生日ケーキの材料をスーパーで買い、手作りケーキにマイケルが赤いロウソクばかり34本挿して祝うシーン、
父のタトゥーと同じようにカラーペンでマイケルが自分の腕に模様を描くシーン、
具合が悪く(あるいは疲れて)寝ているジョンに何度も毛布をかけ直し、それに気づいてジョンが「おいで」とマイケルを抱きしめるシーン、
みんなみんな慈しみ深く、何物にも変え難いプレシャスな時間の描写が紡ぎ出されています。
父親のジョンは窓拭きの仕事をして生活していますが、窓からの人々の暮らしぶりや風景を見て「自分の生活」との差を感じる彼の思い、少しだけ自身の口で語られる、決して幸せとは言えない生い立ちも段々とわかってきます。
それらも併せて映画が投げかけることで、また一段と胸のつぶれる思いにかられます。
大好きなパパと、愛する息子と、二人で過ごせる時間はあと少ししかありません。
残された時間で懸命に息子の里親を探そうとするジョン、連れ回される息子のマイケルにとってそのことは嫌に決まっているし、理解するのはあまりに難しいことだと思うのですが、物語が進むに連れて、4歳の子供が自身の理解力で受容する態度に変化して行く、そんな子供の持つ可能性や希望の片鱗が見える、奇跡のようなラストが待っています。
父が息子に対して、真摯に「これから何が起きるか」を語る場面はこの映画の白眉です。
息子(マイケル)に恐竜が死ぬ絵本を読み聞かせながら、
⚫︎「死ぬ」こととはどういうことで、
⚫︎それは生きるものにはすべて避けて通れないことであり、
⚫︎「死んだら中身は空っぽで身体だけになる」ことを、
説明の時間の少し前に虫が死ぬことを体験した息子にもわかるよう、きちんと説明します。
(4歳のマイケルには死の説明が悲しみに直結する程の感情の醸成がない分、かえって理解できることになるのではないかと感じました)
ジョンが未来のマイケルへの手紙や思い出の品、写真を箱に準備しているシーンは「いよいよなのか…」とこちら側も覚悟を求められますが、こんな風にきちんと準備することの大切さも、スクリーンを通してとても素直に頭に入ってきます。
過剰な演出や台詞が盛り込まれる映画も多い中、説明的演出をきっぱりと排除し、削ぎ落とされた映画の中身と、まるで本当の親子と思える主役の父と子の姿は心に深く深く入り込み、この映画の力にとにかく圧倒されました。
最後にもう一つ、情感に訴える音楽が素晴らしいものでした。この音楽の効果もあって、さらに涙が止まらず。ギターのもの悲しい音色が堪りませんでした。
これまで何百本も映画を観ていますが、劇場を出た後に思い出し、帰り道にまた何度も泣いた映画でした。今のところ、今年の一番どころかオールタイムベストになりそうな映画です。