アイアム・ア・コメディアンのレビュー・感想・評価
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子供をたしなめる大人みたいな感情になってしまって、観るのが辛くなった
毎年観ているM-1グランプリのTVドキュメンタリーとかだと、
共感しやすくて、素直に、ひたむきに頑張ってる芸人を応援できるのだが、
今回の村本ドキュメンタリー作品は、思想や言葉や感情が先行しすぎて、
行動や結果が伴ってないのが、どこかもどかしく、
子供をたしなめる大人みたいな感情になってしまって、観るのが辛くなった。
キングコング西野が言ってた、
「大人は、過程より結果」
「自分がやりたい事と、観客に求められる事は違う」
という、2つの言葉を、村本の行動は2つとも、真逆に行ってる感じがする。
弱者に寄り添おうとするハートは、好きだけども。
昨今、嫌われ者だった西野が、結果を出して、周囲を黙らせてきてるだけに、
村本は、結果をまだ出してない以上、
周囲を黙らせる段階ではなく、相手にされてない印象が強い。
だから、ひたむきに英語を習得しようとしてるシーンを見ても、
ほんとに習得しようとしてるんか?、
カメラ来てる時しか授業出てないんじゃね?、
と、懐疑的な視点になってしまう。真っすぐ過ぎる村本に、
こういう捻くれた視線を送るのは、恥ずかしくもあるのだが、
それが、
「子供をたしなめる大人みたいな感情になってしまって、観るのが辛くなった」
という、最初の感想に繋がる。
密着される前に、結果を出してくれ。
純度100%
観ろ。
数年前から村本のファンで、たびたびSNSで炎上したり
テレビに出ると批判が続出する中でなぜ自分は
村本に惹かれるのか、今回のこのドキュメントをみて改めて言語化してみることにする。
村本の放つ言葉にはテレビ業界や、テレビの向こうの観客への媚びがない。
だからこそ、他の芸人のようにその場で爆笑をさらって後には何も残らない笑いと違って
心の中に一片のモヤモヤを残す
そのモヤモヤを不快に感じて排除しようとする人は村本を嫌いになるのだろうが、そのモヤモヤに嫌でも向き合う人はそのモヤモヤを半笑いで投げかけてくる村本という人間を無視する事はできなくなるのだ。
稚拙な英語でスタンダップコメディに挑戦する姿も、中卒でありながら首相や政治家にNOを叩きつける姿も
笑い飛ばす人は多いのだろうがそんな事をできる人が他にいるかと聞かれたら思いつかない。
人は自分が幸せな時に悲しい話しを長く聞くのは苦痛である。
村本は悲劇の中の喜劇を拾いだし多くの人にその声を届ける。観客は笑って、泣く。
この映画では多くの問題を提唱しながらも『コメディアン』として生きる村本の背中を真っ直ぐに映し出す。
ナレーションも、撮影者とのやりとりもほとんどなく
静かにその姿を追う。
世間から嫌われ、疎まれる男の純粋で熱い熱量に
観客は虜になるに違いない。
「貪欲に学ぶ」ってこういうことかと
はみ出して生きる美学
確かに村本大輔をテレビで見なくなって久しい。だがそれは彼自身が望んでいたことだと思っていた。
「テレビに出ている彼らはコメディアンではない。タレントだ」と言っていたが全くもってその通り。
村本大輔のネタはテレビ向きではない。笑いに政治を絡めようが絡めまいが、笑いの琴線は人それぞれなので、向かない人は文句も言いたくなるだろう。ただコメディアンという職業にこれだけ純粋に真剣に向き合っている芸人はなかなかいない。テレビ受けしたくて日々努力しているお笑いタレント。テレビにそっぽ向かれても、自分の信じた道を進もうとする芸人。どちらがいい悪いという話ではない。
不器用でもまっすぐな生き方をしていたからといって、いつか報われるとは限らない。「不器用で」「まっすぐで」そんな生き方しか出来ない。だから周りに合わせることができない。故に周囲からは「はみ出して」生きているように見えるだけで、彼、村本大輔は至極真っ当に自分のやりたいことをやっているだけなのだろう。
辿々しい英語でジョークを並べ、全く無反応なときどんな気分だっただろう。
辿々しい英語で必死に想いを語り伝え、客席から笑いが起きたときどんな気分だっただろう。
日本語の独演会でも、早口ではあるが決して流暢とは言えない語り口。時には言葉に詰まり滑舌も悪く、時には聞き取りづらく「えー」とか「あー」でごまかしたり。客席は次の言葉を待ち固唾を飲んで見守っているほんの一瞬の間があったり。とにかく見ていてヒヤヒヤしてしまう。
だけど、そんな彼の一生懸命な姿は、応援したくなる。背中を押したくなる。黙って見守りたくなる。思いっきり抱きしめたくなる。
自分の好きなことを自分で決めて自分で進んでいく生き方を「はみ出した生き方」なんて言ってはいけない。
誰かが言っていた。
「みんな村本大輔になればいい」 と。
本作鑑賞後、なぜか目頭が熱くなっていた。鼻を啜っていた。
なんだかとても幸せな気分になった。
まだ続く青春物語
テンポのある喋りで人気を博する一方で、沖縄・原発・在日コリアン・安倍政治のいわゆる政治問題を尖った笑いのネタにしている事でテレビでは干されたウーマンラッシュアワーの村本大輔さんを追ったドキュメンタリーです。
安心安全運転を心がけるTV業界が忌避する「アブナイ」彼のネタにばかり注目が集まりがちですが、「結局はそれが面白いのかどうか」に真摯な思いで賭けていることがゆっくり浮かび上がって来ます。たった一人のステージで社会問題にも斬り込むスタンダップ・コメディアンに憧れる彼はアメリカへの進出を夢見て、本場の小さなステージに立ってみるのですが、
「う~む、その英語力では全くダメでしょ」
「書いたものを読みながらのステージでは笑える筈はないでしょ」
と、僕でもその無謀さが分かります。しかし、彼は前進に伴う変化を恐れないのです。
ただ、彼が前に進む過程で切り離したかに見えるウーマン・ラッシュアワー(解散はしていない)の相方・中川パラダイスさんをどう思っているのか、また、中川さんが村本さんの変化をどう考えているのかをしっかり見せて欲しかったな。
何でみんな観ないの?Part2
主人が村本さんのファンで、先に鑑賞していた。
「泣いちゃった」と言っていて、私も興味が湧いて行って来ました♪
とはいえ、ウーマンの漫才は
「バイトリーダー」しか思い浮かばないm(__)m
早口で毒舌、ちょっとデリケートな人?って印象の村本さんと、お隣りでニコニコしている中川パラダイスさんのコンビよね?って位の認識です(°▽°)
あ!あと村本さんはゆう姫ちゃんと付き合っててビックリした!って位w
最近はあまりTVも見なくなったので、"干されていた"ってのも知りませんでしたが、彼の過激な発言は今の日本のTV向きではないのだろ〜なとは想像出来ます。
(コロナの影響もあっただろうが、あまり関係ないのかな??)
私は、日本のお笑い芸人さんはストイックで真面目で熱心に笑いを追求してして、笑いに真摯に向き合っているという印象で、とてもかっこいいと思っています。
本作の村本さんが正にそうで、渡米して1人舞台に立ち、観客を笑わせる姿がとてもかっこ良かったです!
「お笑いは世界一強い」
彼の信念、熱い想いに感動すらしました。
そして、何かと誤解されがちな彼ですが、決して煽りに行っているのではなく、純粋な人なんだなと感じました。
マイク一本握りしめ、マシンガントークで舞台に立つ村本さん。
神がかって見えました!
いつ時代が彼に追いつくのか。。
正直TVに期待はしていないけれど、又日本のTVで彼が吠える事があるのなら、是非見てみたいと思う。
多分主人が泣いた所。
ここだなってわかったけれど、突っ走る、吠える村本さんのままで終わった方が、私は好みでしたw
でもすごい作品で、見応えのあるドキュメンタリーでした。
何でみなさん観てないのなんでなんで?
総じて良作ですが、後半三分の一は演出過多で陳腐になる
中川パラダイスはええやっちゃ
冒頭からのマシンガントーク芸には素直に感心した。200本あったテレビ出演が1本になってしまったのはコロナの影響もあるだろうけど、「ビビってますよ、いつも」という村本は、しゃべりの時は下の方で握るハンドマイクをふるふる震わせていて、そこにビビる気持ちが現れているようにも思えた。原発、在日朝鮮人、沖縄米軍基地、障害者、政治家…。日本じゃなかなかネタにしづらい話題をストレートにぶつけて笑いに繋げていく姿勢は日本のコメディアンとしては貴重だし、口をつぐめばなかったことになってしまうという通り、村本のような人間は社会に必要だろう。
展開としては、親を絡めたエエ話ふうな終幕は作劇としてわからなくもないが、できれば彼が吠えたところで締めてほしかったところ。あと、38歳のときに訪れた韓国のシーンでは当然、38度線ネタを入れてくるかと期待したが…残念!(by波田陽区)
THE MANZAIでウーマンが優勝したころはお笑いが好きだったのに、今は日常的にテレビをほぼ観なくなったし、たまに目にする流行りの使い捨て芸人には一切笑えない。テレビ各局と吉本興業の癒着ぶりや例の松本人志問題などを知れば、日本のメジャーな領域でのお笑いを素直に楽しめる状況にはもうないように思う。村本自身は今も吉本所属のようだが、米国で成功して早く吉本にも噛みついてほしいもの(無責任なオーディエンス)。
天上天下唯我独尊
めちゃくちゃ面白い
ウーマンラッシュアワーのオールナイトニッポンを聴いていたので親しみがある。シネウインドに何度もライブにいらしていて、なかなか夜は外出できず見れなかったのだけど見ておくべきだったと大後悔だ。
村本さんがアメリカでライブをされて最初のライブではまるで受けていなくて、村本さんでもそうなのか、でもノートを見ながらではダメではないのかと思う。キリスト教あるあるのネタを地元の日本人芸人に相談すると、それはみんな何十年もあるあるで言ってるとダメ出しされる。しかしその後、ノートを見ながらでも見事に受けをとるのですごい。
日本でもライブの様子やそのネタも惜しみなく出てきて、見事に面白い。特にお父さんのネタは反則レベルで笑えて泣ける。素晴らしかった。次に機会があったら絶対に見に行きたい。
熱い、熱すぎる村本大輔!
欧米ではミュージシャンや俳優でも一人の個人として政治的意見をしっかりと発言する。そして社会もそれは当然・当たり前な事と受け止める。と言うよりも自分の意見を持たない方がおかしいというのが普通。未成熟な日本社会では個をしっかりと持ち自分の意見を述べる人間をつま弾きにしてしまう。それを気の毒なくらいに可視化してくれたのがお笑いの村本大輔。どんどん出演回数が増えて行く中、東日本大震災後の政治ネタで一気にTV界から干されてしまう。そして権力の強さを見せつけられた。が・・・そこで強いものに迎合することなく、自分の思うコメディアンの道をもがきあがきながら一歩ずつ進んで行く姿に胸が熱くなる。本場アメリカでの武者修行も「なりたい自分」になるための重要なプロセスで、着々と力をつけて行く姿が大きく見えた。そして、仲良くない家族と言いつつ家族を滅茶苦茶大切に思っているところも好感度が倍増。日本がもう少しだけ大人な社会になって村本大輔の笑いについて行けるようになることを望むばかりだ。
コメディにしか出来ない事。
ドキュメント映画として、そしてこの人に⭐️星つけた。私はお笑いファンではないが、最近一番観たかった映画だったのよ。
昔々、テレビやラジオの無かったころ共通の話題と言えば男女の話か政治位しかなかった訳で、だからお笑いの歴史で政治ネタは非常に重要だったんです。圧政への不満や夫婦喧嘩の愚痴、蔑まれたもの達に笑いと生きる活力を、そして奢れる者達に気付きを与え続けて来たわけです。
「お笑いに政治を持ち込むな」はメディアが発達して自分の政治的主張と異なるモノが目に入るようになって来た現象から来てる、、嫌なら見なきゃいいだけ。見たくない物の中に重要な事が隠されてることが多いけどね。
彼の両親とかプライベートな部分は知らなかったから色々響いた。コロナはこんなとこにもドラマ作ってたのね、後半盛り上がります。
海外での成功を心から祈ってます。
たまに帰って来て新しい毒を僕らに注入して欲しいです。
暗闇の中でこそ
政権への忖度か
テレビでの政治的な発言により、政権に忖度する局の上層部に嫌われ、ネットでも叩かれ、テレビに出れなくなったウーマンラッシュアワーの村本大輔は、活動を劇場やライブに移し、自分が目指す笑いをスタンダップコメディに求めるようになった。日本全国をまわって年間約600ステージをこなし、スタンダップコメディの本場であるアメリカ・ニューヨークにも行き、英語によるコメディを作り、毎晩コメディクラブに立って作ったネタを磨き、さまざまな人との出会い、コロナによるパンデミック禍の苦悩、家族との関係などを紹介したもの。地上波のテレビからは姿を消しながらも、真摯にコメディに捧げ続けた彼の3年間をカメラが追ったドキュメンタリー。
現代社会が抱える矛盾や課題をテーマにした笑いを目指し、年間200本以上のテレビに出演していた人気者だったのだが、時の政権を揶揄するようなネタが、政治的発言、とされたのは本人からしたら、何で?、だったと思う。村本の発言をカットし、放送しないテレビ各局の姿勢に嫌気が差したのもわかる。韓国やアメリカに渡り、何が受けて何が受けないとかを探求する姿勢も良いと思った。コロナで海外渡航が出来なくなり、独演会も軒並み中止となり、そこから地道に地方巡りをしてる村本に感動した。
今度広島に来た時には聞きに行ってみたいと思った。
実直に生きる職人、安住の地より信念の先へ
2024年劇場鑑賞60本目 名作 85点
2024年劇場鑑賞108本中3位の作品
少し前に公開された東出昌大を追ったドキュメンタリー映画"WILL"と甲乙付け難い、一個人の生き様そのものが怒涛のドラマになってしまう今作は、わたしみたいな彼の存在は知っているが、詳しくは無くて、勝手な世間のイメージでなんとなく認識し、特別興味もない様なありふれた国民が観るからこそ、無関心が関心に変わり、興味から好意にすら変わる、それほどの力が彼とこの映画には確かにある
安住の地に居座ることなく、信念を突き通し挑戦し続ける、声明し続ける彼の勇姿が、突出した存在になってしまう日本の国民性と沈黙が金とされる文化に一石を投じる、そんな作品である
ウーマンラッシュアワーというお笑いコンビが、それなりに親しい上で、お互いを引き出し合う、"魅せる"為に利用し合っているような関係が、奔放な相方を思いやる愛を含め商売道具だと割り切っているような淡白さが、業界で生き抜く上と、そこをはみ出る上で良い関係を築けている様に見えて、関係者やお客さん全ての人への尊敬の念と対価を払う、真剣そのものを感じた
みんな口を揃えて、日本のジョーカーと呼ぶがほんとまさしくで、ジョーカーもなるべくしてジョーカーになってしまうのが、その他大勢が静寂が正義が故だから、もっと一人一人がうちに秘めるだけでなく、世界に関心興味をもち参加することから始めないと、いつまでも名ばかりの民主主義で、資本主義は終わらない
幕が降り拍手喝采の中一人立ち尽くすシーンや、雑居ビルの地下で暗闇の中一人腰を落とすシーン、予告にもある韓国人が今まで見てきたお笑い芸人で1番新鮮という言葉に、対して日本に馴染みがある異国の人という渦中の外の人にとっても、そう認識されてしまう、色物扱いという悪意の無い貴重な声に、驚きと虚無が入り混じるかの様に彼も新鮮とぼやく
そういったそのシーン一つ一つの前にそれぞれ前兆があって、その上での上記の様なシーンの台詞の行間や沈黙が、彼への共感と監督が我々に何を見せたい伝えたいのかが手に取るようにわかる
彼自身を知る両親や旧友、相方しかり、彼の人物像を浮き彫りにしていく過程で、きっと心なしに人を傷つけた時期や、無鉄砲に自我を主張・押し売りをしていた時期があったんでしょう
恵まれなかった部分も恵まれていた部分もあるが、さぞ愛されていい子だっただろうし、次第に人の痛みに気づいたり、人様に迷惑もかけ幸福を分け与える、そんな立場になるにつれて、言動に対しての対価を惜しむことなく還す心を備え、これからも止まることなく走り続ける彼を応援したい
是非
本当にタイトルのとおりなのがすごい。
途中、渋谷公会堂のライブの場面がある。
演目が終わり、幕が閉まる時の、ものすごい拍手。
自分の感想はそれだ。
ただただ、拍手するしかない。
その幕の裏で呆然と佇んで動かない村本。
このまま、ほんとに映画のワンシーンのようだ。
いやこれ自体映画ではあるんだけど、フィクションのストーリーとして作られた映画のような場面がそのまま現実にそこにある。
そんな場面が、他にもいくつもある。
ほとんどそんな場面の連続と言ってもいい。
いつのまに、こんな人になっていたのか。
アイアム・ア・コメディアン。
コメディアンという生き様。
そのタイトルが少しも誇張には思われない。
そしてそれらは、何の変哲もないマンションの一室で、何の変哲もないノートにつづる言葉から生まれているのだ。
僕らと何も変わらない。
彼の政治的な発言も、何も特別なことはなく、おかしいと感じたことを、普通に声にしているだけなのではないかと思う。
ただ彼はそれを笑いに変えることができる。
それだけを武器に戦い続けて、いつの間にか、彼にしか辿り着けないような場所に来ているように思う。
その過程をコロナ禍を挟む3年間にわたり記録した見事なドキュメンタリー作品。
よくぞ映画にしてくれた。
見れて良かった。知れて良かった。ありがとうと言いたい。
父子の愛憎の応酬
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