「生粋の江戸っ子」理想郷 いぱねまさんの映画レビュー(感想・評価)
生粋の江戸っ子
表題ならば優越感に浸ることができるのだろうが、田舎に於いては逆に劣等感、取り残され感、勿論生活の困窮、何よりも閉塞感とルーチンワーク そんな毎日の死んでいるような生活に突然として金がもたらされる運が巡ってきたとしたら・・・
スコセッシ監督『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』でも序章は同じだが、今作はあそこまでの潤沢な金は舞い降りない そんなさもしい話だが相手も待ってくれずボヤボヤしていると余所の村にチャンスが逃げて行ってしまう
そんな将来性も何も後先考えず金をせしめたい兄弟の家の隣に住んでいるフランスからの移住者とのご近所トラブルが取り返しのつかないところまで発展してしまった実話を元にした作品である
ジャンルとしては、ミステリーホラーになるであろう 章立てではないが前半と後半とに分れる構成になっている
アヴァンのシーンは馬1頭に3人の男が飛びかかり絞めるところから芝居は始まる 比較的ゆっくりとしたしかし荒々しい対決シーンからスクリーンに釘付けにさせるスペインガリシアにて開催される"ラパ ダス ベスタス"はこの後、後半に繋ぐ事件への伏線へと繋がる インタータイトルを全ては留められなかったが後半の「印を付けて再び野に放つ」というところがキモであり、今作品の用意周到さを伺わせるアイデアである
風力発電設置の是非を問う村民投票でNOを投じた移住者夫婦は、他の村民、とりわけ隣人の兄弟からイジメを受けている 初めは嫌がらせレベルだったが、生活を脅かされる器物損壊(井戸にバッテリーを投入され、自家製有機野菜を鉛汚染に晒される)を受けてからのギア変換は凄まじい 唯一のレクリエーションである小さな飲み屋でもそのドメスティックな環境(住環境が狭小故、不可避)に益々イライラを募らすのだが、警察に被害届を出してもなにも解決せず、その闘いは激化の一途を辿る
と、こんな詳細な粗筋を書き連ねると文字数が足りなくなるので端折るが、要は目の前の金を濡れ手に粟と知りつつしかし閉塞感から逃れたい兄弟と、逆に若い時分に旅行できたこの地の自然の雄大さに感激した主人公夫の、観光産業としての田舎ビジネスを村民に導いてあげたいとの想いとの、決して交わらない意地のぶつかり合いが産んだ悲劇をドラマは届ける 結局降参した夫婦は土地をでていくことを約束するがそれには移住資金が必要でその為には1,2年間は農業を続けさせて欲しいと申し出る しかし引っ込みがつかない兄弟は、ここでアヴァンの伏線回収で同じように巨漢の夫を絞め殺してしまう しかし、常に嫌がらせをVカメラで撮影していた夫はすんででカメラを木の幹に置きその一部始終を撮影する事に成功していた 此処で前半は終わり、後半はその妻の闘いがリスタートされる
夫の行方不明に対する、ある種敵討ち的な姿勢でそのまま村に残り、自身も捜索の幅を狭めて行く その中で夫がどれだけこの地と、そこで生まれた希少な友人とに幸福を得ていたのかを、あのVカメラで撮影されたささやかな誕生日会に於いて同じ柄のベストを着た姿に見出されるのである
それまでは兄弟に対する嫌がらせに対して夫に屈服を促した妻だが、娘の強烈且つ辛辣な引き揚げの説得もまるで耳に入らない 逆に放蕩だった若い頃の娘に対して何も説教をしなかった自分なのだから、今度は娘にそれを強いる反論である
その燃える信念、執念は雪解けの森に奇跡をもたらす Vカメラが見付かり、さすがにもう経年劣化に依り、記録媒体が復元不可能となっていたのだが、そこにVカメラが落ちていたという物的証拠が功を奏し、夫の遺体が発見される そこからの逆転劇を予感させる中で、兄弟にトドメを刺しに隣へ訪れる 相手は兄弟ではなくその母親だ 「息子達は近く収監される そうなったらあんたも1人きりになる 困ったことがあったら相談に来い」の捨て台詞を吐き、車中でのニヒルな笑顔で切れの良い作劇はクライマックスのラストを迎える
娘に対しての身体と人生を張った教えが見事で感動しきりである 今迄本物の恋愛をして来ず、単にその時の欲と損得だけで、子供迄設けてしまったシングルマザーの娘に、「いつかあなたも愛をみつけて」と諭すシークエンスは敬服する作劇である 勿論、入口は一寸前にネットニュース等で話題になった北海道に移住したyoutuberの若い女性に対するやっかみに満ちた嫌がらせと、実は女性側も村民を利用しようとした節との、どっちもどっちな話に始終してしまうレベル次元になるところを、真相を探ろうとする復讐劇に転換させたストーリーテリングの妙を強く感じた力作であった
敵に懐く飼い犬や、所々不気味な通奏低音のBGM、偶々前回観賞した"ドミノ"を酒場で催していた偶然のタイミング等々、未だ未だ解釈が試されるシーンや、連続してみる観賞での出会いがこうしてもたらされる可笑しみをヒシヒシ感じさせる時間を過ごした