「宮沢鉄道に乗って」銀河鉄道の父 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
宮沢鉄道に乗って
宮沢賢治の著作を愛読したり、特別思い入れあるって訳じゃないが、それでも子供の頃『銀河鉄道の夜』が国語の題材であったり、ちょっとかじって読んでみたり、アニメ映画を見たり、1996年には伝記映画が2本競作された事を覚えているなど、自分の人生に於いても少なからず宮沢賢治に触れている。
本作はそんな宮沢賢治のただの伝記映画ではない。
宮沢賢治の生涯も勿論描かれているが、と同時に、父の物語でもある。
父・宮沢政次郎。
あの宮沢賢治の父という事もあって、この父も知られた人物。
自身も父から代々引き継いできた家業の質屋の主人。厳格な父だったという。
息子に店を継がせたいが、別の道を歩みたい息子と度々衝突。
やがて息子の文才を認め、宮沢賢治の一番の読者に。
本作は“銀河鉄道の生みの親”と、“銀河鉄道の父”と、父と息子のレール(物語)である。
大森一樹監督の1996年の『わが心の銀河鉄道 宮沢賢治物語』で政次郎を演じていたのは、渡哲也。威厳と貫禄たっぷりだった事を記憶している。
本作で演じるは、役所広司。名演や存在感は言うまでもないが、役所広司が演じた事により、滲み溢れ出すたっぷりの人間味。
とにかく、親バカなのだ。
待望の第一子(賢治)誕生を聞き、急いで帰る。
賢治が赤痢で入院した時、父や妻の制止を振りほどき、病院に付きっきりで看病。
その溺愛ぶり。晴れて本を出版。鼻が高いが、書店で大量の売れ残り。それを全部買い占め。親ならあるあるなのかな…?
だからこそ、衝突もしょっちゅう。
反対したり、理解したり、唖然とさせられたり、叱咤激励を送ったり…。
賢治の絶命の寸前、賢治の本の文章を朗読。それくらい、息子の本を愛読していた。文字通りの一番の読者。
初めて褒められたと賢治は意識も絶え絶えに喜ぶが、父は昔から息子の成長を称え、褒めていた。
政次郎にとって賢治は、愛息で誇りだった。
生前は日の目を見なかった賢治。作品や再評価されたのは死後。
37歳という若さで没したが、その生涯は全うした人生以上。自分のやりたい事を父と衝突してまで貫き通し、かと思えば五里霧中。
元々は物書き。家業の跡継ぎは拒絶し、進学を望み、事業(人造宝石)を始めたいと言い出し、次は信仰に生きる。
政次郎じゃないが、息子は一体何をしたいんだ…?
自分の歩む道が見出だせない。自分は何をしたいのか、何の為に生きているのか、自問自答と苦悩の連続。
今を生きる若者と被る。日本文学の偉人も、我々と同じ悩み多き若者であった。
やがて、自分の道を見出だす。農業や、再び物書き。
地に足を付け、農民の視線に立って。“雨ニモマケズ風ニモマケズ”の有名な一説は、農民たちを謳ったかのよう。
農民の視線に立て。かつて父が言ったように。父の望む道には進まなかったが、父の思いは受け継いだ。
賢治の文才は、信仰や人生観、周りや家族、触れ、育み、生き学んできたもの全てから。賢治の魂と心の結晶。
人に寄り添った賢治を、菅田将暉が好演。
意外にも初共演の役所広司と菅田将暉。共に現日本映画界を担う存在。演技合戦やそこから体現する親子の愛情はさすが。
主に政次郎と賢治の父子の物語がメインだが、取り巻く家族、特に妹・トシの存在も大きい。
早逝した賢治だが、トシも。僅か24歳。当時不治の病であった結核により…。
かつて描かれた作品でも本作でも病に伏した姿が多く、儚げで薄幸なイメージもあるが、実際は芯の強い女性。
学業も優秀で、読書好き。兄の一番の理解者。
進学を巡って父と兄が衝突した時、その聡明さで父を説得。
圧巻だったのは、祖父の惚けが進み発狂した時、家族皆戸惑う中、祖父の頬を打ち、抱き締める。
強さと、包み込む慈愛。
家族の中の純真な心。見始めは力量不足かなと思った森七菜だが、見ていく内に様になり、臨終の演技は胸打った。
兄が執筆した物語を何より楽しみにしていたトシ。
病に伏した妹を喜ばす為、物語を書く賢治。
しかし、その妹はもう居ない…。自分の物語は誰の事も救えない…。
悲しみに暮れる息子を奮い立たせる政次郎。
息子の物書きを反対していたが、その物書きを続けるよう。
読者は居る。一番の読者の自分のように。
誰の事も救えない事なんてない。現に妹は元気付けられた。
賢治が創り出していく物語は、読む人の心に響く大きな愛となって。
成島出監督の演出は誠実。話題のアニメーションやエンタメ作がひしめき合う現国内興行に於いて、ストレートな良心作。邦画らしい邦画。
それ故地味にも映り、作りも淡白でもある点も少々否めない。
『銀河鉄道の夜』のようにもっと深く、もしくは格調高い文芸作を期待したら、ちと物足りないかもしれない。
が、本作はあくまで普遍的な家族の物語。それに徹した作りは好感持てる。
いきものがかりのエンドソングは確かに作品に合ってなかった…。
賢治は農業と執筆の二足のわらじ。
政次郎は質屋を店じまいするも、次男が新たな事業を開く。
愛娘の死を乗り越え、家族は各々歩み出し、後は安泰…。
…ではなかった。再びこの家族を、病魔が襲う。賢治が妹と同じ結核。死が迫る…。
子が親より先に逝く。しかも、二人も。
私は子は無いが、その心中は察する。政次郎の悲しみは計り知れない。
人の生死は抗えない。物語のようにはいかない。
が、短い生涯であっても、あまりにも突然の死別であっても、紡がれたレール(愛)は生き続ける。
銀河鉄道に乗って、また会う事が出来る。
我々はその愛の形や物語に、ずっと魅了され続ける。