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テレビ黎明期からドラマや洋画の吹き替えなどで活躍し、2021年に惜しまれながらも亡くなった名優・森山周一郎の生涯に迫ったドキュメンタリー。
『刑事コジャック』(1973-1978)シリーズのテリー・サバラスやフランスの伝説的俳優ジャン・ギャバンの声を吹き替え、ジブリ映画『紅の豚』(1992)で主人公ポルコ・ロッソを演じた森山。彼の名前を聞いた事がなくても、その声を聞けば「あっこの人かぁ!」となるはず。もはや日本人のDNAに組み込まれていると言っても過言ではない、声優文化を作り上げたレジェンドの1人である。
彼の声を知らない者はいないだろうが、どんな人生を送っても来たのか、どういう経緯で声の仕事をする様になったのか、それらについてはあまり知られていない。本作では本人のインタビューと役者仲間たちへのインタビューを基に、彼の役者人生について迫ってゆく。
なお、森山は映画の完成を見る事なく、2021年に86歳で死去。本作は、図らずも彼への追悼作品となってしまった。
映画の制作が少しでも遅れていたら、森山本人の口から語られる貴重なエピソードの数々は永遠に失われていた事だろう。
機会を逃さず、生前の森山の証言をカメラに収めたのは映画監督/アニメーション作家の小原正至。小原監督と森山は『THE ANCESTOR』(2016)という短編映画がきっかけで意気投合。それが縁となり本作の制作が開始された。晩年になっても人脈に恵まれるというところに、森山の人柄の良さが表れている様に思う。
ドキュメンタリーでは森山の幼少期から燃料配達のバイトに明け暮れた巣鴨時代、そして「劇団東芸」で演劇に打ち込んだ高田馬場時代まで、彼の秘められたルーツが次々と明かされてゆく。『幻想のParis』(1992)という映画で映画監督デビューした事や、『紅の豚』でのアフレコ秘話など、意外なエピソードも飛び出す。
語りのメインとなるのは劇団東芸時代。当時のテレビはドラマも洋画の吹き替えも全てが生放送という今では信じられない環境であり、当然本番でのNGは許されない。そのため、本番に強い新劇の舞台役者がテレビで起用される様になり、それが今の声優文化へと続いている。
この劇団東芸は正に声優界のトキワ荘。森山の先輩にはネズミ男やチャールズ・ブロンソンを演じた大塚周夫が、後輩には目玉おやじの田の中勇やヒゲオヤジの富田耕生、そして今尚活躍を続けるスーパーレジェンド野沢雅子が所属していた。山田康雄や納谷悟朗が所属していた「テアトル・エコー」と双璧をなす、吹き替え界の伝説的劇団である。
森山は「周ちゃん(大塚周夫)には敵わなかった」や「野沢雅子は自分の良き理解者だった」など、青春の日々を共に過ごした仲間たちの事をしみじみと語る。かつての劇団員たちと通った中華料理屋に出向き、「俺だけ生き残っちゃった」と昔馴染みの店主に告げる姿には、長く生きた者だからこその哀愁が漂っており、まるで映画の一場面の様な寂寞感が胸を締め付ける。
関係者インタビューには、数少なくなった劇団仲間の野沢雅子は勿論の事、先輩・大塚周夫の息子である大塚明夫も登場。『紅の豚』のポルコvsカーチスは、劇団時代からの不思議な縁によって導かれたものだったのだと、本作を観て知る事が出来た。
ただ、このインタビューの人選には少々疑問も残る。野沢雅子や大塚明夫の様に関係が深い人たちはともかく、『幻想のParis』の出演者だった中尾彬や主題歌を担当したLiLiCoへのインタビューは必要だったのだろうか。中尾彬とは正直あんまり繋がりがないっぽかったし、LiLiCoに至っては本人と会った事がないと言う…💦昔の仲間が少なくなってしまったから、しょうがなくこの辺の薄らつながりのある人に話を聞いてみた、みたいな感じがして、なんか違うベクトルで寂しくなってしまった。
こういう「そのインタビューいる?」みたいなシーンを省けば、もう少し尺を短く収められたのではないだろうか。良いドキュメンタリーなのだが、少々長い気がする。ただ、この映画を観る様な熱心な森山ファンにとっては少しでも長い方が嬉しいか。
感心したのは『紅の豚』の映像がガッツリ使用されていた事。ジブリはこの辺の権利関係がかなり厳しいと思っていたので、正直意外だった。ちゃんと森山周一郎という役者をリスペクトしているんですね。まぁそれなら、宮崎駿は無理だとしてもせめて鈴木敏夫くらいは出演しろよ、と思わなくもないが…。
森山周一郎の声に魅了された者は勿論、60年代の声優黎明期に興味がある人にもお勧めの一本。時には昔の話を聞いてみるのも良いものですよ✨