ベルサイユのばらのレビュー・感想・評価
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名作「ベルばら」を2時間弱で駆け抜ける
歴史と少女漫画のロマンチシズムを如何に見せて頂けるかと期待したいところですが、様々なエピソードを手短に紹介する、そんな歴史ドキュメンタリーなダイジェストを印象にもってしまったことは否めません。
ですが、それでもバラは咲くことを止めない。「ベルばら」はやはり「ベルばら」であったと十分に納得できたと思うのですが如何でしょうか。正直、ベルばら原作もヅカの舞台も触れたこと無いので自信を持っていうことが出来ません。フランス革命もマリー・アントワネットのこともよく知らなかったし。
でも、画面に乱舞する美しい薔薇は、これぞ少女漫画なのだな、と思う。上映時間をおしてもドラマ部分を削っても、挿入歌とそれを演出する映像は素晴らしい。踊るモーションは実に華麗。それらの演出は歌劇である宝塚版を意識されているのでしょうか。特にマリーとフェルゼンの逢瀬で、夕焼けに染まった薔薇の浮かぶ水辺の光景には身震いしました。ただ、「恐ろしい子!」で有名な白目ショック顔はクスッときたけど、笑って良かったのでしょうか。
歴史は詳しくないし、本当にこんなにドラマティックであったのか。私には判らないけど、これをきっかけに史実を紐解くのも良いかもしれません。ベルばら原作や宝塚の舞台にも触れてみたい。ああ、そういえば、歌舞伎の俳優祭でベルばらを演じられていましたね。まだニコニコとかに動画残ってるかな。男性が男装の女性を演じるという、よく判らないことになってましたが。
改めて、画面を乱舞する薔薇が実に美しい。少女漫画を余り知らない私ですが、「エロイカ」ぐらいなら読んだことがあって、その外伝「ツェット」の1話で多くの薔薇が描かれていたけど、描くのが難しいので他の先生に頼んだんだったか。描くのも折り紙で折るのも難しい薔薇。最後に誰も居ない「薔薇園」で締めるというのは素晴らしいエンディングでした。映画でも舞台同様に「カーテンコール」で締める作品が好きなのですが、誰も出さずに登場人物を象徴する薔薇でご挨拶というもの意味が深く、実に感慨深いものがあります。何はともあれ、スタッフの薔薇職人様(って、いるのかな?)お疲れ様でした。
でも、あえて要望するならば、エンドロールで傑作OPの「薔薇は美しく散る」を流してほしかった。そしたら一緒に歌いながら劇場を後に出来たのに。私は原作を知らないくせに歌だけは覚えていて、普段から折を見て口ずさんでいますから。
無理難題を歌とイメージで突破しようとした製作陣の蛮勇にビビる
原作やアニメシリーズやベルばらファンとして、不満点はわんさかあります。それがもはや今っぽいアニメの絵柄やスタイルについて行けてない老害的な部分もあるとは思うが、にしても、2時間以内に原作をほぼほぼ収めようなんて狂気の沙汰。想像だけど、作り手だってそう思っていたんじゃないか。そして製作陣が出したひとつの答えが、ええい、複雑なストーリーを語ったり、人間の成長譚を丁寧に追う時間はない! 歌だ! ガンガン歌とイメージ映像で進めていけば、キャラクターのエモーションだけは残すことができるんじゃないか? どんな会議があったのかは知らないが、結果的に、インド映画的なミュージカル手法に、LDHっぽい楽曲(個人の印象です)に載せるという狂った映画ができあがった。曲調もまったくフランス風とか考えてなくて低音ズンズン鳴ってるし、歌詞も「I believe in my way 私のデスティニー」とか、英語混じりの日本語でムチャクチャだとは思う。でもまあ、どだいムリを承知で産み落とされた強烈にヘンな映画であり、こんなベルばらがあってもいいような気はしたんですよね。不満点はわんさかあるんだけど、まあアリ。
ミュージカルが嫌いという訳ではないが…
ベルばらはとても大好きな作品で、ムビチケを買って初日に観ました。
結論から言うと、期待はずれの内容で、
ミュージカル?MV?の部分、観ていてしんどくなりました。フランス革命の内容はそこそこに悲劇的な二組のカップルのラブストーリーだけを追いかけてます。
このような内容なら無理に映画にする必要は無かったのでは?
唯一、ビジュアルだけはとても良かったです。
この作画でテレビアニメ化していただけたら最高だと思います
これぞ少女マンガの王道
これよこの目の描きは当時流行りました
が、?
しかし、池田先生は違いますのよね
多分ベルサイユのバラは
ちょっと大人向けでして
当時なかよし、りぼんの読者さんにも
懐かしいと思っていただける
今作のベルサイユのバラだったのではないかと思います
予備知識なしで観ても楽しかった
フランス革命を題材にした漫画を原作とするアニメ映画化作品。原作漫画は1979年から1980年にかけて一度アニメ化されており、この漫画がアニメ化されるのは45年ぶりで、さらに劇場アニメ化されるのは初である。18世紀のフランスを舞台にフランス国王妃マリー・アントワネットと女性で軍人のオスカル・フランソワ・ド・ジャルジェのドラマチックな生涯を描く。
点数:4.0。お勧めします。華麗かつ緊張感のある雰囲気のアニメ映画。貴族社会と軍隊社会の張りつめた雰囲気が視聴者の背筋を伸ばしてくれる。女性で軍人のオスカル准将は自分は一体何者かという自己同一性に悩むが最後に答えを見つける。オスカル准将のこのような人生は同様に自己同一性に悩む視聴者に生きるヒントを与えてくれる。
※フランス革命とは: フランス革命とは、1789年から1799年にかけてフランスで起こった、絶対王政を倒し、封建制度を廃止した市民革命です。啓蒙思想の影響を受け、自由、平等、博愛をスローガンに、国民議会による立憲君主制、共和制への移行、そしてナポレオンによるクーデターによる終結まで、激動の時代でした。(AI回答より)
※自己同一性とは: 自己同一性(じこどういつせい、アイデンティティ)とは、自分が何者であるかを認識し、自分自身を他者や社会の中で一貫して理解する感覚のことです。簡単に言えば、「自分が自分である」という意識です。(AI回答より)
有名な少女漫画が原作という以外は予備知識がなかったのだが私はこのアニメの華麗かつ緊張感のある雰囲気が楽しかった。特にバスティーユ監獄襲撃作戦でのオスカル准将の戦死の場面はドラマチックで迫力があった。オスカル准将は以前は自分が何者か悩んでいたが答えを見つけてから戦死したのでこの場面がすごく印象に残った。自分が自分であるという意識は人生で何かアクシデントがあった場合に必要になってくるのではないだろうか。順調に人生を送っているときは深く考えなくともよいがある日、引っ越ししたり、仕事を変えたり、生活環境が変化した場合になぜ私は生きているんだろうと悩むことがあるかもしれない。その時に自分が自分であるという意識を持っていると強いと思った。ましてや家柄により女性であることを禁止されて育ったオスカル准将の様な人物は自分が自分であるという意識はいつも必要であったに違いない。いわば本作はオスカル准将が自分の人生の名刺を作成する物語である。
テレビアニメ「機動戦士ガンダム 水星の魔女」(2022年-2023年)も自己同一性に悩む主人公の女性が答えを見つける物語である。地球から遠い田舎の星である水星育ちの少女スレッタ・マーキュリーは巨大ロボット兵器「モビルスーツ」のパイロットになるため軍人を育てる教育機関アスティカシア高等専門学園に転校してくる。そこで彼女は宇宙を支配する大企業ベネリット・グループの総裁の一人娘ミオリネ・レンブランと運命的な出会いをする。大企業の御曹司や美男子の男子生徒たちに言い寄られながらもスレッタ・マーキュリーは学園生活を送るのだが、彼女は自分が何者か自信がなくなっていく。そんなある日、事件が起こりスレッタ・マーキュリーとミオリネ・レンブランの運命は大きく動き出す。スレッタ・マーキュリーにはお母さんがいるが実は本当の母親ではない。そしてスレッタ・マーキュリー自身も普通の人ではなく誰かのコピー人間であると判明する。スレッタ・マーキュリーは自分が何者か悩むが親友のミオリネ・レンブランなどの仲間たちのおかげでその答えを見つける。最初は自分に自信がもてなかったスレッタ・マーキュリーは最後は自分を確立する。
オスカル准将は女性でも男性でもない育ちによって悩んでいた。これは現代日本人の悩みでもあると思った。現代日本は男女平等を推し進めているにも関わらず矛盾も多い。男性はどうあるべきか。女性はどうあるべきか。などという指針があいまいな現代社会では私は男性か女性かと考えるのではなく私は何者かと一人一人が考えなくてはいけなくなっている。つまり男性か女性かなどという問題はどうでもいいのだ。この映画の最後、愛する人や愛する国が見つかったのだからオスカル准将は自分が女性か男性かなどどうでもいいと思ったにちがいない。オスカル准将は悩むことをやめ、ふっきれたのだ。白か黒かつけないでよいこともあるというこの考え方は素晴らしいと思った。なので人生勝ちか負けの2択だとは思わないようにしようと私は思った。
視聴:液晶テレビ(有料配信NETFLIX) 初視聴日:2025年6月10日(約2か月前) 視聴回数:1(早送りあり) 視聴人員:1(一人で見た)
2025年6月10日に書いた昔のレビュー:
自分の心も美しくなった気がする美しい映像
主人公オスカルのシーンが大げさなくらい美しく描かれていてすごい。ベルサイユ宮殿に咲くバラの花のように美しいオスカルが戦いのなかバラの花のように美しく散っていくさまを見たとき自分にも美しい涙が出ているような気分になりました。カンフー香港映画を見た後自分が強くなった気分になるみたいにこの映画を見ると自分も美しくなった気がしてくる不思議な映画です。フランス革命が舞台なので西部劇みたいな銃撃戦のシーンも楽しめます。
2025/08/13 追記1:
主人公の自己同一性の確立をテーマとする映画は多い。自分が何者であるかわかるという事は大きな精神的成長を意味するので視聴者はカタルシス(すっきり感)を得やすい。なので主人公が成長する成長物語は同時に主人公の自己同一性の確立の物語であるとも言える。アメリカの実写映画「ジョーカー」(2019年)は社会弱者の主人公アーサー・フレックが社会から理不尽な虐待を受けた末に堪忍袋の緒が切れ無慈悲な狂人ジョーカーに変身し悪のカリスマ(アイドル)になる話だ。映画のラストで無慈悲な狂人ジョーカーとなった主人公アーサー・フレックは自己同一性を確立しそれを観た視聴者は大きなカタルシス(すっきり感)を感じたのでこの映画は大ヒットした。ところがその続編映画「ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ」(2024年)ではあろうことか主人公アーサー・フレックは確立したはずの自己同一性を放棄して無慈悲な狂人ジョーカーであることをやめてしまう。視聴者は主人公が成長せず退行するこの映画からカタルシスを得られず映画は全くヒットしなかった。自己同一性の確立は主人公の成長を意味する。NHK朝ドラと呼ばれる作品シリーズの中で大ヒットしたテレビドラマ「おしん」(1983)を例にとる。このドラマは雪国の貧しい村で生まれた主人公の少女おしんがいろいろな苦労の末に田倉商店を興して会社を成長させる話である。初めは何者でもなかった少女のおしんがスーパーマーケットの社長になるのでこれはおしんの自己同一性の確立の物語である。これらは「自分はいったい何者か?」と問いかけ「私は~である。」と答える構造の物語である。複雑な階層社会である現代人類の社会はじつに数多くの役割があり、「自分はいったい何者か」がわかりにくい。答えはひとりひとり異なるのである。地球に住む人類80億人が一人一人異なったアイデンティティ(自己同一性)を確立するのが理想であるがそれは難しい。全ての人はそれぞれ条件が異なっているからだ。だから人類は人生のなかでアイデンティティ(自己同一性)の確立に悩むのであろう。
追記2:
この映画の登場人物は華やかで自信ありげに振る舞うがそれはこの映画が創作物だからである。実際の貴族や軍人は常にこうではなかったと思う。映画では立派な部分しか見せない。人間が生きるという事は泥臭いものが大半である。だからこそこのきらびやかな映画には価値がある。この映画は美しさとは何かというテーマももっている。美しさとは本来は瞬間のものなのに、永遠に美しく見せようとする貴族社会の美しさは民衆の苦労の犠牲の上に成り立っている。本来の自然の美しさは一瞬である。本作のタイトル「ベルサイユのばら」の薔薇は自然の美しさを、ベルサイユは貴族が所有するベルサイユ宮殿の民衆の犠牲の上に成り立っている人工的な美しさをそれぞれ意味している。薔薇の自然の美しさははかないがベルサイユ宮殿の人工的な美しさは民衆の犠牲が必要だが長く続けることができる。同様にオスカル准将は自然の美しさを、マリー・アントワネット妃は人工的な美しさを作品中で象徴していたと思う。オスカル准将はフランス革命で貴族を裏切り民衆の味方をするが、これはオスカル准将はたとえ長く生きられないといえ、はかない自然の美を選んだという事だろう。貴族社会の人工的な美しさは莫大な費用がかかるので誰かの犠牲の上になりたっており、持続可能社会(SDGs)の理念からも大きくそれている。オスカル准将は自然の美しさが人工的な美しさに勝つことを知っていたのだと思う。美しさは人類にとってとても価値があるが。それは誰かや地球の犠牲の上に成り立ってはならないし、持続可能でなくてはならない。オスカル准将はその理念を示し自然の美しさの素晴らしさを世に示しながら戦死を遂げたのであった。不謹慎だが私にはオスカル准将の死のさまはとても美しく感じた。この戦死の場面は人間の生ははかなく寿命があるからこそ美しいといわんとしている様であった。この作品でオスカル准将は自然の美は貴族の美より何よりも美しいと言いたかったのかもしれない。
追記3:
本作は劇場映画ということもありベッドシーンがありますがベッドシーンの名作映画は数多い。アメリカのアクション映画「ターミーネーター」(1984年)ではハンバーグレストランでアルバイトしている女子大生サラ・コナー(リンダ・ハミルトン)が未来からやってきた姿は人間そっくりの無敵の暗殺ロボット「ターミネーター」T800(アーノルド・シュワルツェネッガー)に訳もわからず命を狙われる。そのとき同様に未来からやってきた若い男の兵士カイル・リース軍曹(マイケル・ビーン)が無敵の暗殺ロボットT800を一時的に撃退し二人は一緒に無敵の暗殺ロボットT800から逃げる。無敵の暗殺ロボットT800からの追撃もかわし二人で逃げるうち二人の間には愛が芽生えそこでベッドシーンが入る。このベッドシーンは重要な意味があり、この時にできた息子が大きくなって未来の無敵の暗殺ロボットたちの親玉を倒すことになっている。
フランス・イギリス合作の恋愛映画「愛人/ラマン」(1992年)は1929年のフランス領インドシナ(現在のベトナム)が舞台であり裕福な華僑の中国人青年(レオン・カーフェイ)と貧しいベトナム人とフランス人の混血の少女(ジェーン・マーチ)のベッドシーンがある。裕福な華僑の中国人青年は少女が好きだが、貧しい少女のほうはこの関係をビジネスと割り切っている。この映画のベッドシーンは愛情とは違う意味をもっている。
ジブリのアニメ映画「もののけ姫」(1997年)でもベッドシーンがいちおう存在する。不慮の事故で「人類の破壊の呪い」を受けてしまい村に迷惑をかけないよう村を出て行った少年アシタカは放浪の旅の末に戦争で両親を殺され犬の神に育てられた「人類の破壊の呪いの被害者」少女サンと出会う。少女サンは人間を恨み「人類の破壊の呪い」の象徴である危険な鉄砲工場のタタラ場に殴り込みをかける。タタラ場の工場長エボシの策略によりサンはピンチになるがアシタカはサンを助け負傷してしまう。サンはアシタカを自分のほら穴の住みかに連れて行きケガの治療をする。ケガが治ったころ二人はそのほら穴で関係を結ぶ。行為中のベッドシーンはないが、サンとアシタカが一緒に寝ていて朝目覚める場面だけが存在する。この場面により視聴者にベッドシーンを想像させている。
フランス映画「デリカテッセン」(1991年)のベッドシーンも良かった。近未来のフランス・パリ、一階が精肉屋のアパートに住む個性的な住人たちの物語。この映画のベッドシーンは音だけだが印象的だ。ベッドシーンは監督の性格や嗜好が反映する映画において注目の要素である。
TVアニメのときよりちょっと大人向けかも
絵柄は少女漫画っぽいのだけれど
愛と葛藤がとても伝わってきてちょっと大人向けになってるのかなと思った
もしくは子供の頃に見た時は、それがわからなかっただけかも
漫画とTVアニメと両方知ってる自分としては
その中間的な雰囲気
アンドレがオスカルに毒ワインを飲まそうと血迷ったシーンは
初見の人はあれが毒ワインってわかるのかなーとか思いつつ
漫画ではオスカルは毒と気付きつつ、アンドレが飲まそうと思うのなら、と
あおろうとするのよね。あのシーンに引っ張られて、しんみりする
名前忘れちゃったけど、
漫画ではオスカルのお世話をしてくれる市民の女の子も
子供をかばうシーンでチラッと出てた
贅沢三昧、マリーアントワネットにも
孤独がゆえに、という同情的側面も
これは大作よね
何年経っても古びない名作
池田理代子先生すごいわ
オスカルかっこいいと思っていた子どもの頃と違って
人間としての生き方や愛を感じるようになった
ベルサイユのばらって、マリーアントワネットとオスカルのことだったのね
もう一度言うけど
池田理代子先生すごいわー
え!?ミュージカル⁉️😳
今夜(2025/05/04)観ました。
かつてオリジナルアニメを見て、その気分のまま観始めてしまって度肝を抜かれました(笑)
なんとミュージカル調のストーリー展開!しかも時代観無視のJ-POP!これにはもう笑うしかありません🤣
かつてアニメで流れたオープニング曲も無く、とても残念でした。せめてフランス語を交えた曲が流れれば、多少は雰囲気を保てたと思います。
マリーアントワネット、オスカル、アンドレ辺りは勿論出演していますが、当時ぞっこんラヴだったポリニャック伯夫人の姿が見られなかったのは、まさに痛恨の痛手でした😵
親子2世代で楽しめる映画と思いきや、なにげにオスカルとアンドレのラヴシーンがあるので、気まずい空気が流れそうです(笑)
一回観れば充分の映画です。これよりも可能であればかつてのアニメをご覧ください🙋♂️
フランス万歳!
「週刊マーガレット」にて1972年から連載が開始された、池田理代子原作の漫画のアニメ映画化。
私が最初にはまった漫画が「ベルサイユのばら」です。
連載してた頃は知らなかったのですが、宝塚歌劇団の舞台1974年に始まると、世の中は「ベルばらブーム」に突入しました。
小学5年生頃だった私は友達と原作を何回も読みあさり、宝塚の各組の舞台を見まくり、休み時間には「ベルばらごっこ」もしてました(笑)
フランス革命はベルばらが教科書でした。
そんな大好きな「ベルサイユのばら」です💕
テレビアニメ化は、自分の中のイメージが変わって描かれてしまうので、あまり好きではなかったものの、3回くらいは見てたと思います(笑)
好きだからこそ、映画化は映画館に行く気にはなれず、Netflixに上がったので観てみました。
台詞は原作通りに作られていて、良かったのですが、やっぱり全10巻の原作を2時間でまとめるのは、無理があると感じてしまいました。
特に前半は酷いもので、BGMに乗せて映像だけで表現されていて、がっかりしました。
オーストリアの物を1つも持ち込めず、ルイ16世は錠前作りにしか興味がなくて、アントワネットは淋しさから派手な生活を繰り返していく様子や、貴婦人達の嫌がらせや、首飾り事件までも全て写真のような映像だけ。
首飾り事件がないので、ロザリーもいません。
少しだけ最後の方に、街中で子供を守るシーンだけです。
オスカルがフェルゼンに心を奪われていく気持ちも描かれてなくて、突然ドレスに身を包んで、舞踏会に行ってしまっては、初めて観る人は理解できないですよね。
とにかく歌と一緒に表現するシーンが多くて、そこはやめて欲しかったなと思いました。
それでも後半は、丁寧に作られてました。
フランス革命へ進んでいく世の中、その中で悩み苦しむオスカルとアンドレ。
2人の愛の行方、バスティーユ監獄での戦い。
オスカルが指揮を取り、バスティーユが陥落する場面は、本当に感動します。
わかってはいても、心が痛くて、締め付けられてしまいます。
アンドレが左目を失う出来事が原作と違っていることさえ、チャラにできました(笑)
出来たら宝塚みたいに、アントワネット編とオスカル編と分けてくれたら、もっと詳しく描けたのではないかと思いました。
テレビアニメ編と違って、原作の絵柄に近く、オスカルの綺麗なお顔を拝見できたので、そこは満足でした💕
家の奥にしまってある漫画を、もう一度読み返してみたくなりました。
めちゃくちゃ豪華なアニメーション
劇場公開中に観に行けなくてサブスクで鑑賞したんだけど、映画館で観れば良かったと思った。
画面がとにかくキラキラしてて華やか…!!
美しいアニメーションと、ところどころ入るミュージカルシーン、登場人物たちの愛と信念がまぶしい、劇場映えしそうな作品だった。
(しかし澤野弘之さんに藤林聖子さんとか、楽曲の作り手が豪華…!キャストももちろんみんな歌上手い方ばかりだし!でも楽曲は重厚というよりは聴きやすく今っぽい感じなのがちょっと拍子抜けだった。宝塚っぽい感じにするのかと。)
あの超名大作を2時間にどうまとめるのかと思ったけど、オスカル、アンドレ、アントワネット様、フェルゼン4人の恋と愛(青春)を中心にまとめたんだな。
※序盤は主人公の一人くらいの扱いだったのに、終盤ほとんど登場しなくなったアントワネット様。「彼女の最期もエンドクレジットでしか描かないの!?(終盤はほとんどオスカルとアンドレとフランス革命描写が多かった)」とも思ったけど、そう思うと物語の軸はしっかりしてたのかも。
しかし、本作、改めて登場人物がめちゃくちゃ魅力的。みんな誇り高くて、愛情深く、格好良いのだ。
オスカルの気品と気高さ(沢城みゆきさんぴったり…!)に惚れ惚れし、アントワネット様の美しさと気高さ(平野綾さんぴったり…!)に見惚れ、フェルゼンの格好良さ(アントワネット様やオスカルが恋するのもわかる…!)に胸をときめかせ、アンドレのオスカルへの切ない愛に心がねじ切れそうに涙した(愛が重い男、最高…!)。
これまた良い男のジェローデルや、冴えないかもしれないけど心優しいルイ16世も良かった。
(個人的に原作のアランやルイ・シャルルがオスカルに思いを寄せてる描写やシーンも好きなんだけど、そこまで入れたらまあ尺足りないよな。)
劇場でまた再上映しないかなあ。
改めて劇場で観てみたい。
何を見せられているのか
1979年から80年に日テレで放送されたテレビアニメが令和に復活したのだ。
オスカル、アンドレ、アントワネット、フェルゼンが主役である。
朝の報道番組で映画をやると知り、SNSで宣伝を見て、古参なうちは目を疑うのだ。
目がキラキラしているだけじゃね???と。
バリバリまつ毛があれど貫禄はない、太く荒い線もほっそい。色すらもうっすい。声優は豪勢である。
これ、一本で全部やるの?前後編(他、アニメ映画みたく連続でやるのか?)と思っていたが、まさかの一本。
驚きは隠せない。
ネット配信を待ちに待ち、ついにネットフレックスにきた!
いざ、観た。
冒頭の音楽は許せるが、またすぐにダイジェスト音楽でこうなんですよー〜〜と流れて、目が点となった。
漫画やテレビアニメでは、主人公のオスカルがメインで、その出生や父親のせいでオスカルが女の人生を歩めなくなるのを冒頭から知らせていた。
だが、今作はどうだ?
アントワネットメインとなっている。
力強く産声を上げたオスカルと父親のシーンはまるまるカットされたのである。
そうなるとオスカルがなぜ男装しているのかが汲み取り辛い。オスカル自身がやっていると思われかねない。元に。SNSでオスカルはジェンダーで〜と書き込みも見た。いやいや!違うんだっ、オスカルは性別はきちんと女性なんだ! と吠えてしまった。
2時間に満たない作品の四割はミュージックで、とてもくどく。星も一つにしようかとマジで思った。
しかし、後半の血生臭さからミュージックがミュートされてからが本番であった。
四人の恋愛が辛い。
つぅか、ルイ16世が心広すぎるんよ。いい男なのだ。他の男を愛し騙していたアントワネットを許すんですからね。美形でスタイルがよければ、愛してると言えるのに。と泣くのです。
いじらしい! 可愛い!
フェンゼンとの決別、そして、アンドレの支えでようやく女性になれたオスカル。泣くでしょう。
四つのバラではなく。一輪のバラを見たかったです。
ありがとうございました。
EDは文字で、まさしく紙芝居でした。これからこうなってこうなりました。と足早で駆け足。そこは仕方ないのかなと思いますが。ナレーションのバラ…は蛇足かなと思いました。
末っ子が歌うシーンで終わらせてくれた方がリスペクト感があって嬉しかったかな。
あんなにミュージカルやるなら無印の曲を流すとか、古参を興奮させる演出も欲しかったです。
あと、本当に父親の身勝手シーンカット、許してませんから。
原作に忠実にやる箇所はきちんと検討して欲しかったです。
今時に描写
映画化されてとっても楽しみでした。懐かしい日々がまた復活するかのような
オスカルが主役なのでアニメで見てたところがところどころ省かれてるのは仕方ないと思います。
昔を知るものとしては昔のままでいいかなと感じました。
初めて見る人はまたこれはこれで楽しいのかなと感じます
タイパ時代の「ベルばら」だった🌹
歌ありBGMを頻繁に台詞に被せて来るので、何かのダイジェストを観せられている感じでした。新時代の「ベルばら」を作ろうとしているのに、マリー・アントワネットがプロパガンダ通りの、国が傾く程の贅沢の限りを尽くした人物として描かれていて、古さを感じました(アントワネットは倹約に努め、あの有名な言葉「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」も、ルソーの自伝にある言葉を用いて貶めたものと思われます)。本作のアントワネットは全く魅力的では無く、さほど重要人物では無いと感じたので、平野綾さんを起用するまでも無かったと思います。アンドレは良かったです。宝塚歌劇団や黒木瞳から離れて、原作通りじっくり作って欲しかったです。有名な主題歌「薔薇は美しく散る」が流れないのも、盛り上がらず酷いです。
記憶を呼び戻された
遠い遠い昔、原作をコミックスで読み大好きになりました。
アニメも全部観てました。
今回の映画化には最初「うーん…」という気持ちで。
映画館に観に行く時間はあったのに、結局行かないままで上映期間は過ぎましたが。
本日、配信に上がっていることを知り、午後から鑑賞。
ああどうして私は封切り初日に行かなかったのか!!と自分を責めました。
皆さんがおっしゃっている通り、アニメではものすごーく改ざんされて釈然としなかった数々の名場面が、いろんなところに散りばめられていました。
自分でもびっくりするくらい、原作のセリフや描写を覚えていました。
二時間にまとめることは不可能なんじゃない?と思っていましたが、例えばポリニャック夫人に
話しかけて屈辱で泣くシーンなどがサクサクっと流れて!
おおお!と!笑
何よりも、オスカルとアンドレのあのシーンの
時の、オスカルの恥じらう顔の描写に、今回の作品の本気を感じました。
あそこ、原作にものすごく忠実でした、忘れ難いのですよ、あのオスカルの表情は。
と、ついつい熱く語りたくなるほど。
熱いお話とは対照的にエンドロールで字幕で語られるフランスの史実がとても淡々と恐ろしく、ああそうだった、この後…と。
原作のラストも思い出しました、フェルゼンの最期の描写の残酷さ。
この物語はあくまでもフィクションなのですが、ものすごく丁寧に歴史に基づいて描かれているので、歴史とか苦手な私でも、フランス革命のことだけは詳しくなりました。
また原作を読みたくなりました。
色褪せない作品だと改めて認識しました。
ミュージカル仕立てではありましたが、どの曲もきちんと合っていて、後ろにも原画の一コマ一コマらしきものもたくさん流れていて大満足です。
訂正。
マリーアントワネット が話しかけて屈辱を覚えるのは
ポリニャック夫人ではなく、デュ・バリー夫人でしたね
大事なことなのできちんと訂正させていただきます。
心の自由に従って、哀しく、誇り高く、美しく、咲き乱れたベルサイユのばらたち
原作は池田理代子の名作漫画。
それを基にしたTVアニメや宝塚による舞台も有名。
キャラも絶大な人気。特にオスカルは、アニメキャラとしては『あしたのジョー』の力石に続いて2人目となる葬儀も行われたほど。
一世を風靡した名作が、令和の時代に再び幕を開ける…。
あまりにも有名な作品やキャラは知っているが、作品をしかと見るのは初めて。
さあ、フランス革命時を生きる人々の激動の人生と華麗なる愛の世界へ。
国内情勢揺れる18世紀後期のフランス。
王位継承者・ルイ16世の妃として隣国オーストリアから嫁いできたマリー・アントワネット。時に14歳、両国の政治的同盟の為の政略結婚だった。
マリーは近衛士官のオスカルの美しさに目を奪われる。が、オスカルは、将軍であった父から“跡継ぎ”として教育を受けた男装の麗人であった。
マリーはオスカルに全幅の信頼を寄せ、オスカルも親衛隊長として忠誠を尽くす。
ルイ15世が崩御し、ルイ16世が即位。マリーも王妃となる。そんなある時、スウェーデンから伯爵フェルゼンが訪問。
オスカルはフェルゼンに想いを。が、フェルゼンはマリーを。マリーも王妃という身でありながらフェルゼンに。
許されぬ想いを抱くのはもう一人。オスカルの従者アンドレ。
そんな彼らを、時代の荒波が押し寄せる…。
原作は10巻から成る大長編。
それを2時間の尺にまとめるのは無理。ダイジェスト的なのは否めない。
原作漫画やアニメ、昔からのファンには物足りないかもしれない。
が、要所要所のハイライトや見せ場は設けられ、私のような初見者や新しい世代が見る為の“入門編”としては最適。その為にも作られたのだろう。
前半は4人の関係や人間模様が華麗に展開。
「パンが無ければお菓子を食べればいい」という発言で困窮の人民を尻目に贅沢の限りを尽くした事で知られるマリー・アントワネット。
若くして嫁ぎ、宮廷内の周囲からの視線や世継ぎの出産のプレッシャーで孤独を感じていたマリー。それが贅沢三昧の嗜みへ。オスカルは危惧する。
そんな時出会ったフェルゼン。勿論国王を愛してはいるが、心から惹かれるものは無かった。
フェルゼンに対して初めての恋。自分の自由な気持ち。
フェルゼンもマリーを愛す。結ばれぬ許されぬ恋である事は承知。フェルゼンはマリーを愛する為、独身を貫く。
オスカルもまたフェルゼンに結ばれぬ許されぬ想いを抱く。彼の想いはマリーに向けられ、王妃の想いを近衛隊長であるオスカルが想いを抱く事は出来ない。
アニメ史上に残る名キャラと言っていいオスカル。
女性としての容姿端麗、美しさ。男性として育てられ、誇り高さや勇ましさ。聡明でもあり、儚さも滲ませる。女性から見ても男性から見ても魅力的。その魅力に納得。田島令子の声優としての当たり役だが、今の時代なら美しさと強さを併せ持った沢城みゆきはベストなキャスティング。
美しきキャラたちが織り成す人間関係の中、身も心も一番のイケメンはアンドレと言えよう。
オスカルの乳母の孫。オスカルの従者だが、オスカルとは幼馴染みや兄弟姉妹のように育つ。
常にオスカルの傍に。オスカルへ、彼もまた結ばれぬ許されぬ想いを抱いている。
ある時暴徒からオスカルを守り、片目を失明。やがてもう片方の目も視力が…。
現世でオスカルと結ばれぬ事に苦しみ、オスカルを連れ立って来世へ旅立とうと…。それほどの深い愛。
アンドレの想いを知らないでいたオスカルだったが、やがてその想いに気付く。彼の苦しみが私の苦しみ、彼の喜びが私の喜び。私のアンドレ!
ある運命の前夜、二人は遂に結ばれる。将来も誓い合うが…。
4人各々が持つ哀しみや想い。
後半になるにつれ、オスカルとアンドレのラブストーリー。前半比重の大きかったマリーとフェルゼンは蚊帳の外…。
ミュージカル調の演出も賛否分かれているよう。が、宝塚歌劇にもなっている訳だし、これはこれで。
登場人物たちが歌い出すのは後半の一曲ぐらいで、オリジナル楽曲の数々が登場人物たちの心情や作品世界を彩る。
流麗な映像美も相まって、たっぷり堪能。
が、2時間ずっとミュージカル調演出×4人の織り成すラブストーリーだけだったら飽きが来てたかもしれない。
後半は寧ろ、史実絡むドラマに胸熱くさせる。
国内情勢はさらに不安定に。
人民たちの暮らしは困窮と貧困のどん底。日々の暮らしも、食べるものも、明日をも知れぬ。
その不満や憤りは王室へ。王室は衛兵隊で鎮圧。
各地で着いた火種は遂に、大きな炎に。フランス革命の始まり。
オスカルは人民やフランスをもっとよく知ろうと、近衛隊を辞し衛兵隊へ移る事を願い出る。マリーは当初反対するが、オスカルの意志は揺るがない。それは二人の決別も意味していた…。
オスカルが配属された隊は、貴族出身で女の隊長に反発。
兵は皆、人民出身。兵たちもその家族も苦しんでいた。
隊内で起きた不祥事をきっかけに、互いの信頼が築かれていく。オスカルは隊に、“心の自由”を説く。
人民と王族が遂に衝突。立ち上がる人民に、王族は武力で制圧。
人民を守る筈の軍が人民に銃や砲を向ける。無慈悲に攻撃を…。
フランスは誰のものか…? 権力を貪る一部の王族や貴族や軍のものか…? それとも人民か…?
オスカルも決断迫られる。権力の犬として付くか、人民と共に闘うか。
心の自由に従って。迷いは無かった。
アンドレ、そして隊と共に。
自由、平等、友愛。
人民と愛するフランスの為に。
だが、その闘いの中で…。
どの国にも壮絶な歴史がある。
日本なら戦前~戦後の大転換、韓国なら民主化。
自国や隣国ならまだしも、歴史的に有名でも18世紀のフランスの革命などなかなか知り得ない。
それをただ学校の授業で習っても興味持てない。実際私も習った筈なのに、ほとんど覚えていない。
しかし、こうやってエンタメとして見せる事で改めてよく知れる。
一見は美しきキャラたちが織り成す恋愛模様だが、その根底にはフランスの歴史をしっかり昇華。
池田理代子女史の手腕と作品が今尚愛され続ける理由が分かった。TVアニメの方も見てみたくなる。
ノンフィクションの歴史を背景に、フィクションの物語やオスカルなど架空のキャラも。
が、モデルは居た筈だ。名も無き英雄たち。
本当に誇り高き英雄、人民たち。
彼らを忘れない。
心の自由に従って。哀しく、勇ましく、美しく。
咲き乱れたベルサイユのばらたちよ。
ベルばらの良さゼロの残念なミュージカル映画
2時間という尺の都合上、漫画の世界観を出し切れないのは仕方がないと思うが、突拍子のなさ連発の恋愛シーンで想像以上にがっかり。
まるで、原作を読んでいないメディアミックス作品を掻い摘んだ制作者達が「ベルばら」をイメージだけで作ったかのようだ。
原作漫画の「ベルサイユのばら」はフランスの社会情勢を踏まえたうえで織り成されるキャラクター達との関係性、キャラクター個人の魅力を丁寧に描いたからこそ出来上がる素晴らしい愛の物語であったのに…。なにもかも端折られすぎていてまるで別のキャラクターを見ている様。
原作を端折るにしてもそのやり方がまさかのミュージカル方式……。
オープニングからダイジェスト映像と共に主要メンバー4人が歌いだし始める…。
さながらディ〇二ープリンセスのように心情を歌に乗せてミュージカル調で発表するが、問題は肝心の曲がダ、ダサい……!!!
尺の都合上か、原作で端折った部分を映像と歌に乗せてミュージカルぽく表現するのが多発してたが、なにからなにまで曲が微妙にダサいのが難点。せめて、もっと良い曲にしてくれ澤野弘之…。(EDの絢香はよかった)
あの複雑なキャラクターの心理描写を数分の歌にするだけなんて無茶だったのでは?
要所要所を映像にしたからって何も胸を打つものはない。名シーンまでの複雑な過程があるからこそ、それは名シーンになるのだ。
例を挙げるとすると、フェルゼンとオスカルの恋なんて唐突すぎる。2人の友情の育みがあったからこそ出来るオスカルの初めての淡い恋心だったのに2、3会話しただけで恋なんて芽生えるわけないだろがい!とツッコまずには居られない。
まぁ、マリーアントワネットとフェルゼン、オスカルとアンドレの恋も然り。
恋愛に繋げるには、過程が分からなすぎて薄っぺらな恋愛映画に成り下がった。
マリーアントワネットなんて端折られすぎて、「天真爛漫、高貴で美しく、人を惹きつける魅力のある女性」という良い部分は薄れ、「物事を深く考えられない浪費家の女性」という嫌な部分しか残ってなかったのが悲しい。
これはめちゃくちゃ偏見だけど、涼宮ハ〇ヒのイメージが強いcv平野綾だと尚更性格悪そうに見える
オスカルに注力していた映画なのでいっそのこと、フェルゼンとマリー・アントワネットの恋愛シーンもさくっと終わらせてもよかったのでは?
酷評だらけですが、良かった点も、もちろんあります。
ラストシーンのオスカルのバスティーユ牢獄陥落までは丁寧でよかった。
漫画だとわかりにくい、戦法の表現の仕方だとかオスカルの隊への指示はかっこよかった。
革命運動の過程も省略されているので、市民やオスカルが戦う理由が分かりにくいのは惜しいところだが、軍神のように戦い散るオスカルの姿は良かった。
原作が素晴らしいだけに、2時間映画にはとてもじゃないが収まらなかったね。
最強スタッフによる次回作への期待とオスカルの遺言
1.齢五拾を超えた男、即成ベルばらファンとなる
昨年末、「ベルサイユのばら」が新たに上映されるという報を受け、「少女漫画とはいえ50年超にわたり人気を誇った作品ゆえ観る価値があるのではないか」との思いから映画館に足を運ぶ事といたしました。以来、約二ヶ月の間、二桁回数ご覧になられている熱烈なファンの方々には及ばぬものの、映画6回鑑賞、原作2回通読するという結構な即成ベルばらファンになっていました。
その間に原作におけるベルサイユのばらの魅力を
1)オスカルという「自己の真実のみに従い一瞬たりとも悔いなくあたえられた生を生きた」高潔で誰もが称賛してやまない主人公
2)マリー・アントワネットを絶対的な悪と位置付ける事なく、史実に沿った様々な逸話を紹介しながら彼女の実像に迫っていること
3)アントワネットの各逸話に登場する強烈な個性を放つ人物たち
4)身分や立場の違いが大きな障壁となる恋愛劇
と自分なりに整理しました。
2.令和版ベルサイユのばら
1)大胆な選択と慎重な調整を重ねた脚本
さて今般、数十年の沈黙を破って映像化された令和版ベルサイユのばら。これまで映像化された作品との決定的な違いは「その制作に関わった殆どの方々が本原作の大ファンであった」ということにあると思います。
まず、この大傑作をどの様にして2時間弱の尺に纏め上げるのかという不可能事とも言える無理難題に対して、スタッフの皆さんが下した結論は極めて大胆で、先に私が指摘した本原作の魅力2および3、アントワネットの逸話及びそれに関わる登場人物をバッサリと切り捨てるというものでした。
これはベルばら大ファンであったスタッフの方々からすれば、身を切るような痛みを伴う様なことではあったことは容易に想像できますが、尺が限られている以上、英断でありこれ以上の最適解は無かったものと私も考えます。
また、アントワネットの描写を大幅に削除したことでストーリー展開の面白さはやや損なわれたものの、かえって原作者が最も訴えたかった「どのような逆境の中でも自己の信念を貫き通す」というオスカルの人間像、具体的には忠勇義烈な近衛士官が様々な葛藤を経て市民側に参戦するに至った経緯を浮き彫りにすることには成功したのではないでしょうか。
原作からの変更された点についても、スタッフ独自の発想で安易になされている場面はなかったと思います。尺が短くなったことによるストーリー全体の調整は、まるで美術品を修復する作業の様に非常に丁寧かつ慎重さをもって行われており、原作に対する敬意(Respect)を超えた忠誠(Loyalty)を感じましたね。
変更のあった点で最も印象に残っているのは、オスカルがアントワネットに最後に謁見するシーンです。暴動寸前のパリ市民に対する軍の派遣について二人の政治的立場の違いは決定的になります。その後、原作においてはフェルゼンの話になるんですが、映画版においてはアントワネットが王権神授説を唱え自らの決断を正当化することをオスカルも「誇り高き人、揺るぎなき自信、生まれながらの女王」と称賛する場面へと変更されています。ここでは原作において「デュ・バリュー夫人に否応なく言葉をかけた際に泣きくれるアントワネットに対するオスカルの台詞」を少しアレンジして敢えて挿入していると思えました。
ストーリー調整の一環なのでしょうが、それ以上に、描ききれなかった原作の魅力の一つである「アントワネットを絶対悪としない」ということを、オスカルの口をして語らしめたものと私は解釈しました。
2)映画ならではの魅力 迫力ある戦闘シーンと美しい映像
終盤の迫力ある戦闘シーンと映像の美しさについては映画ならではのものでしたね。
テュイルリー宮広場での小競り合いにおいては、全幅の信頼を置くオスカル隊長の指揮の下、パリ市民軍側に参戦する誇りと喜びから士気旺盛なフランス衛兵隊に対し、国王軍側は士気も低く貴族の指揮官の鼓舞する声も虚勢にしか聞こえません。バスティーユ襲撃においては、衛兵隊の「進撃」に歓呼するパリ市民と、それに応えるかの様に効果的な砲撃を加えることで形勢を逆転して「白旗」を掲げさせるに至った衛兵隊の歴史的活躍を見事に再現していたと言えます。
映像の美しさについては、ベルサイユ宮殿内や、ゴールドの装飾と赤の生地によって彩られるパリ・オペラ座などは勿論のこと、些細な場面、例えばジャルジェ家のソファーに描かれた薔薇の刺繍が非常に細かな線の重ねによって立体感を帯びて描かれていることなどに感嘆しました。一枚一枚の絵に込められた魂、しっかりと見させていただきました。
3.最強スタッフによる次回作に期待
残念だったことはIMAX版の上映がなかったことです。本作品はミュージカル的演出も多く歌詞の中に重要な登場人物の心理描写を多分に含んでいます(オペラ座のシーンは圧巻でした、私の耳朶は2月以降Enchanting Masqueradeに占拠されましたw)。加えて、迫力ある戦闘シーン、美しい作画、アニメ作品であることなどIMAX版に適した条件が揃っていました。
ということで、再上映の際は「ベルサイユのばら ディレクターズカット IMAX版」に期待しています。
そしてなにより、ベルサイユのバラを映像化させたら今回揃ったメンバーは最強のスタッフです。多くの往年の熱烈なファンの方々同様に、私も原作全編のネット配信や三部作映画を期待しています!
4.オスカルの遺言
バスティーユ襲撃においてオスカルが被弾し戦死は避けがたい状況となります。スクリーンの中の衛兵隊員と共に我々観客も涙する中、彼女は我々に「自由、平等、友愛が人類の堅き礎とならんことを」という重いメッセージを残しました。
本作品にあるように王権神授説を唱えた絶対王制も、いとも簡単に崩壊しました。政治体制・思想に絶対的なものなどありません。
個人主義や人権の普遍性といった啓蒙的自由主義・民主主義を拒否する人々・勢力・国家が台頭する現代においては、本作品が描かれた半世紀前以上に重い響きをもつものとして受け止めました。
やっぱり凄いな、この作品!
ベルサイユのばら、万歳!!!
ベルばらを知らない世代から見ての感想
凄かった。投稿者は2000年代生まれのそこらへんに居る男子学生だが、今なお好かれる作品というのはまさにこのようなことを言うのだろうと勝手に考えた。
オスカルが将軍の一人娘兼マリーの護衛という稀有な存在から、フェルゼンとの出会い、マリーとの別れ、縁談、衛兵隊転属など数々の経験を通じて、人一倍自由で情愛を持つ若者に成長する様子が愛しく、何より格好良かった。
性別だの年齢だの関係なく、人間として憧れた。
終始ミュージカル調で、原作未読勢でもかなり端折っているのは分かったが、初見でも十分理解できる範疇だと思う。新聞記者の一件や、アンドレがワイングラスを叩き割るところなど初見からしたら説明不足なシーンも有ったが、それを凌駕するほど音楽と声優陣の演技がずば抜けて良かった。色々槍玉に挙げられるが、やっぱりMAPPAはすごい。
エンドロールで史実が淡々と映される演出も、平家物語やおとぎ話に通ずる諸行無常さが包含されているようで好み。
初めてのベルばらがこの映画でよかった
あまりにも有名な作品なのでタイトルは知っていましたが、内容についての知識はほぼゼロ、たまたま劇場で流れた予告に興味を引かれ観に行きました。
その後まさか自分が、この映画に魅了されて毎日のように劇場へ足を運ぶことになるとも知らずに。
最初は、その画からイメージされる通りの演出(メインキャラのバストアップで画面を囲むように花が咲く、ダイジェストにするためのミュージカル演出等)を心の中でネタにしながら観ていたのですが、段々とストーリーにのめり込み、鑑賞後はとても久しぶりに「映画を観て感動した」と思いました。
この作品は、「女性の自立」と、「人間がどう生きるかを問いかける」作品だと感じています。
職場や家庭で様々な役割を負い、自分のこれまでの選択や行いが正しかったのか悩み、社会や自分を取り巻く人々・自分自身のためによりよくありたいと行動する、そんなオスカルの姿に共感できる方、沢山いるのではないでしょうか。
初見でも、尺の都合上ストーリーや登場キャラが大幅にカットされているであろうことは感じられる内容でした。
それに対し、受け入れられなかったり初見に対して不親切なのではという意見もあるようです。
演出については好みの問題なのでどうしようもありませんし、作品への愛ゆえに残念な気持ちになることも仕方ないと思います。
でも、「あれがない」「ここが違う」といったことにばかり囚われて、その作品が伝えようとしている根本の部分を見落としてしまったらとても残念だと感じます。
少なくとも自分は、映画を観て原作を読んだあと、作品のメッセージ性に大きなギャップを感じることはありませんでした。
むしろ各キャラクターの掘り下げに深みが出て、自分にとってのベルばら入門書がこの映画でよかったと感じました。(原作もTVアニメも大昔の作品という印象しかなかったので、映画がなければ原作その他派生作品に関心を持つことはなかったと思います。)
この映画はオスカルに焦点を当てた内容になっていますが、原作は主人公が複数おり、更にベルサイユを取り巻く人々の群像劇、歴史物、少女漫画的ロマンス等々、様々な楽しみ方ができます。
是非この映画をきっかけに、多くの方にベルサイユのばらの魅力を知っていただきたいと感じます。
初見には絶対に見て欲しくない。ファンにも不親切。
初見の人は絶対にこれでベルサイユのばらを見たと思わないでほしい。
テレビ版のアニメか原作を見てくれ。
映像は素晴らしかったがそれ以外はくそ。
ミュージカルパートで短い時間で起こった出来事を説明しようとして出来てない。
結果、原作ファンならわかるダイジェスト映像に歌が載ってる感じ。
初見は何が起こってるかわからないと思うし、
ファンとしては感動をもう一度と思ったのに雑な端折り方のせいで何も感情移入できないし
原作の絵が動いてることだけに価値がある映画。
映画に収めようとしてミュージカルにしようとしたんだろうけど
すっごい退屈でOPの時にこんなの入れる時間あるのかなって疑問があったけど
本当に序盤から帰りたくなったし、結局ベルバラの1番の見どころである
一人一人が生き抜いて歴史を作り上げたというところを表現できてなかった。
これがベルバラって思われたらベルバラに興味を失うと思う...
せっかくこの時代に新しく作るなら初見さんをベルバラに誘う作品であって欲しかった。
映画としては良かったけどファンとしては
べるばらを現代の技術でリメイクされてとても嬉しかったです。映画はオスカル様の儚さが強調されてて…儚く美しいオスカル様が好きな私としては大変満足でした。
が……ファンとしてがっかりしたことも。
まず、フェルゼンとのダンスシーン。あのシーンってめちゃくちゃ大事なシーンですよね?オスカル様が女性としての性と決別するシーンです。
なのに…よくわかんない歌と映像で流されて。
あれは酷い。きちんとフェルゼンと踊って、フェルゼンが気付いて…フェルゼンの言葉を胸にきちんと涙したほうがよかった。じゃないと…よく意味がわからなくないですか?
あと、単純にオスカル様のドレスのダンスシーンをしっかり映像で見たかった。何故、窓枠にするの??
次、オスカル様の病気のこと…完全無かったことになってる?!
オスカル様の病気がないと…何故あそこまで革命側に突っ走ったか…説得力が薄れてしまいますよね?無駄死にせずに…自分の思うがままに最期生きていこうって思った意志が!!弱くなってしまいます。
残念です。
最後に…アントワネット…。これは…フェルゼンと中途半端に描くのならば…いっそのことふんわり書いて、オスカルに前半も集中したほうがよかったのでは?
私はアントワネットとフェルゼンが好きです。この報われない2人の…でも美しく描き上げられた本編の漫画がとても好きです。だからこそ思います。なんだか…ただの恋する無知な女…で終わってますよね?彼女の王女として、王妃としての誇りが…なくなって…います。これは非常に残念です。
フェルゼンも…なんのために出てきたのかいまいちわからない感じに。フェルゼンは愛に耐え、でも苦しみながら…業を背負って生きる男です。
2時間の映画なのでしかたないです。でも、中途半端ならいっそのことオスカルにもっとスポット当てたほうがよかったのでは??
でも、映画としてはとても好きです。
オスカル様とアンドレが美しく儚く夢のように描かれています。オスカル様の人生には…ぐっと胸にくるものがあります。
現代に復活させてくれてありがとうございます!!
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