「エンパイア劇場から」エンパイア・オブ・ライト 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
エンパイア劇場から
本作について、「最も個人的な思いが込められた作品」と語るサム・メンデス。
何でも主人公のモデルが母親。精神不安定の母親と多感だった子供時代の自身の心の拠り所だったのが、映画。
でなくとも、ノスタルジーを掻き立てられる。
1980年代の“あの頃”。
海辺の老舗映画館。
古今東西、映画館を舞台にした作品は好編が多い。
勿論本作も映画愛やオマージュ溢れる。『炎のランナー』のプレミア上映会なんて、メンデス自身の思い出かもしれない。
しかしメンデスはそこに、人間ドラマを紡ぎ出す。
古典的なラブストーリー。いやズバリ、メロドラマ的。
1980年代初頭のイギリス。
海辺の町で長年人々に愛される映画館“エンパイア劇場”。
ヒラリーはそこの統括マネージャー。
真面目な仕事ぶりで支配人からも特別目を掛けられている。性的強要を。
職場と家をただ往復する毎日。職場の人間関係は悪くないようだが、友達はおらず。孤独な中年女性。
セラピーにも通っている。何か、訳ありの過去が…。
新人の青年スティーブンが入ってくる。
人懐こい性格ですぐ職場や同僚と打ち解ける。
夢は建築家だったが、事情で諦め、エンパイア劇場で働く事に。
当初は職場の同僚。先輩と後輩。が、接していく内に…。
訳ありの過去を持つ身と、夢諦めた身。
次第に惹かれ合っていく…。
ヒラリーとスティーブン。
片や中年に入り、片や若々しい。歳の差の二人。
さらに、白人と黒人。
支え合い、惹かれ合いながらも、各々抱える複雑な事情や壁。
スティーブンとの恋で自身がつき、大胆になるヒラリー。
プレミア上映会時、支配人夫人に関係を暴露。
塞ぎ込んでいた感情を発散したかに思えたが、寧ろ精神異常と責められる。
事実、そうなのだ。精神面に問題あり。その原因は幼き頃の家族間…。
それをスティーブンに打ち明けるシーン。オリヴィア・コールマンの圧巻の演技。
少し恥じらいもあるヒラリーに対し、スティーブンは一途。わかいながら男らしさを感じる。
が、彼を襲う社会の不条理。人種差別。
イギリスでも人種差別があったのかと意外だが、サッチャー政権下不況の波が押し寄せ、職が奪われるという不安が黒人への人種差別に。
劇中でも町を歩いているだけでいちゃもん付けられ、マナー違反の客も明らかに。遂には暴行も…。
夢を諦めた理由もこれが関わる。
時に憤りを募らせながらも、明るさを失わない。マイケル・ウォードのナチュラルな好演。
ヒラリーは自分の年齢がスティーブンの母親と近い事を知り、その母親との対話もあって、距離を置く。仕事からも遠退く。
スティーブンはかつての恋人と再会。
ある時スティーブンはヒラリーを見かけ、声を掛ける。皆、心配している。気に掛けてくれる。
ヒラリーは仕事に復帰。心情にも変化が。
映画館に勤めながら、ほとんど映画を見ないヒラリー。こっそり盗み見さえも。
映写を手伝うスティーブンはしょっちゅう盗み見。いや、ダダ見。
映画が見たい、とヒラリー。
スクリーンに映し出される光が、ヒラリーの心をも照らし出す。
光はスティーブンにも。諦めていた夢の道が再び開けた。
その道へ。つまり、映画館を辞める。
が、迷いはない。ヒラリーも応援。
最後の抱擁。
まるで映画のように、二人のラストもドラマチック。
本作に於けるメンデスのメロウな作風は好き嫌い分かれそうだが、しみじみとドラマに浸れるさすがの演出力。
ロジャー・ディーキンスによる映像美は出色。開幕、映画館に灯る光。しっとりとした映像。クラシカルでノスタルジックな色合い。“エンパイア・オブ・ライト”のタイトルを地で行く。
トレント・レズナー&アッティカス・ロスの音楽も秀逸。
そして何より、エンパイア劇場そのものが美しい。
映画に光を。喜びを。
人生に光を。喜びを。
エンパイア劇場から。