「「映画館」が好き」エンパイア・オブ・ライト のむさんさんの映画レビュー(感想・評価)
「映画館」が好き
大学生のころ家の近くのシネコンで働いていた。映写を希望部署で提出したが、配属されたのは飲食売店、後にチケットもぎりに異動したが、結局4年間で映写の仕事をすることはなかった。たまたま知り合いの先輩が映写部署におり、バイトの後時折映写室をのぞかせてもらっていた。当時すでにほぼ自動化されていたため、劇中のような映写機の切り替えや、手動での巻き戻しなどは行われていなかったが、巻ごとに分けられたフィルムをつなぎ合わせる作業台や、大型の映写機などは今でも魅力的に思い出せるものである。
そんなわけで、本作では映写技師のノーマン(トビー・ジョーンズ)のキャラクターに惹かれた。往年の映画スターの切り抜きのピンナップに溢れた映写室。途中スティーブン(マイケル・ウォード)に映写のいろはを教えるシーンはたまらない。自分もあんな映写室で、あんなベテラン技師に教えを請いたいと思わされる。そして彼が、自分の息子についての後悔とともに、ヒラリー(オリヴィア・コールマン)に対して、入院したスティーブンの見舞いに行くべきだと伝えるシーンが特に印象に残った。映写室はノーマンの「家」であり、映写機は彼の「息子」であったのだと思う。しかし彼の本当「家」は劇中では描かれず、「息子」とは10年以上疎遠であり、なぜそうなったか理由も覚えていないほど、もはや修復は不可能な状態であることがわかる。取り返しのつかない過去だからこそ、それが悲しいものであっても、人生の中で美しく輝きを放つのである。失恋は美化されるとよく言われるが、良かれあしかれすべての思いでがそうなのだろう。
本作ではそんな「輝かしい過去」が美しく、ノスタルジックに描かれる。それはもう使われなくなった3・4番劇場であり、展望レストランである。ヒラリーとスティーブンにとっては、互いの思い出が「美しい過去」になっていくことを予感するラストに胸が打たれる。
そして本作は「抑えがたい思い」についても描かれている。ヒラリーとスティーブンの、人種も年齢も越えた愛が描かれているが、それ以外にも、スティーブンの大学への思い、先述した通りノーマンの映写に対する思い、あまり共感したくはないがエリス(コリン・ファース)のヒラリーへの情念も「抑えがたい」思いなのだろう。そしてそれは、我々の「映画に対する思い」を映し出したものなのではないか。
コロナ禍以降、そして時を同じくして動画配信サービスが普及した現代において「映画館で映画を見る」という行為は、人々から遠い存在になっているように感じる。決して安くはないチケット代と決して暇ではない時間を使って映画館で映画を見なくても、ちょっと待てばすぐに配信され、下手するとテレビで放送される世の中である。私自身「これはそのうちテレビでやるだろうな」と思って敬遠した作品も少なくない。(本作のパンフレットにも、しっかり同じサーチライトピクチャーズの『ザ・メニュー』の配信宣伝記事が含まれている。まだ2か月しかたっていないのに。)それでも映画館に行く理由はだた一つ「映画が、ひいては映画館が好きだから」である。理屈で考えれば、映画館で映画を見るメリットはもはや「大画面で見る」以外にない。大規模映画館は既にフィルム上映ですらないのだから。それでも私が映画館に行くのは、理性では抑えがたい映画館に対する愛情があるからである。 そんな「映画館で映画を見る」という行為への、「抑えがたい愛情」が随所に見られる映画であった。
映画館で映画を見るという行為はとても個別的、自己陶酔的な行為である。あの暗い、会話の許されない空間では、作品と自己との対話以外、できることがないからである。しかし映画によって、人と人とはつながりを持つことができる。そんなことを思い起こさせてくれる良作であった。