「常守朱が大好きな方にとっては大変な名作だと思います。」劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス PROVIDENCE なつみかんさんの映画レビュー(感想・評価)
常守朱が大好きな方にとっては大変な名作だと思います。
皆の生きる指針となり、命を懸けるに値すると慕われ、己の犠牲を顧みず自らの信念を通した素晴らしいキャラクターとして描かれているのですから、絶賛の嵐も当然だと思います。
ですが、私はシリーズが進むに連れ、公式…というか監督の常守朱への思い入れが強くなり過ぎているように感じ、彼女というキャラクターが大の苦手になってしまいました。
そして今作も物語の全てが彼女のために進むかのような展開で、すっかり萎えてしまいました。
彼女がいかに劇的に、感動的に一時主役の座から去っていく様を描きたいがために逆算して作られた物語には何の面白味も感じません。
3期、そしてFIのラストに繋げるための辻褄合わせが、過去作と矛盾するという皮肉過ぎる結果になっています。
そもそも刑法だけが法ではないのに、法の廃止議論からして荒唐無稽で、それを自らを刑事と称する常守がどうこうするという話もおかしいです。それは刑事の仕事ですか?それにシビュラに判定できない対象が続々と出て来ている中、無理があるだろうと。
また、暴力によるテロを行った常守を正当化し、何一つ瑕疵が無いよう、責任が及ばないよう、かつ彼女がより可哀想に見えるようにお膳立てされたご都合主義に終始していました。雑賀の死さえそうで、彼女の悲劇を演出するためだけに意味なく殺されて行ったようにしか見えなかった。
彼女が公衆の面前で殺人を犯しながら、周囲には何の影響もなかったという説明はどうなんでしょうかね…逃げ惑う人々の描写がありましたけど……それに影響が無かったのに、何故彼女の主張は通ったのでしょうか?まあこれも後付説明なので、きっと考えていらっしゃらなかったんでしょう。
周囲に根回し一つ出来ない官僚の常守が、さも優秀であるかのような、皆に崇拝される女神のように描かれているところも違和感でしかなかったです。
また、監督は常守と狡噛の物語の集大成と仰っていましたけれど、狡噛の物語にはとても思えませんでした。1期からの懸案事項であった狡噛の逮捕問題もそうとは解らないような有耶無耶な表現にし、後からラジオ番組の場で監督が発言するなど、画面から伝わらないものを素晴らしいと評価する感性は私にはありません。
それでいて、過去作にあった常守の身体に触れる場面は全て網羅するなど、二人の場面になると途端に湿度高くねっとりとした描写になる辺り、監督は2人を恋仲にしたくて仕方ないのだろうな、というのは伝わってきました。パンフレットでは冲方さんが必死に否定されてましたが…それも今後の売上とか、そういった大人の事情ってやつでしょうかね。
何をしても許される、無敵の女神として描きながら、一方で若い女の子に責任を持たせるのは可哀想だ、素敵な王子様に守ってもらうべきだとでも言うような矛盾を感じます。若い女だろうが男だろうが、自らの仕事に責任を持つのは当たり前なので、この辺も働く女を馬鹿にしているなと思いました。少なくとも常守と狡噛の間に男女の対等なバディの姿など殆ど感じられなかったです。
明確な描写は格好悪いと思っていらっしゃるのか、もっと見たかった場面やここは説明が必要だろうという場面が無かったり、あやふやなまま流されたり、それでいてここは要るのか…?みたいな冗長な場面は多く、正直退屈でした。
現代の社会問題を取り入れて預言者などと持ち上げる向きもありますが、ご都合主義の薄っぺらい展開に終始してしまっていて、エンタメ的にも楽しめませんでした。2時間座っているのが苦痛でしかなかったのが、好きで10年間追ってきた私にとっても衝撃でした。
監督個人のSNSなどでチラホラとネタばらしをするなども、不信感を募らせる原因です。
やるならばちゃんと冊子にするなり、残る形でやってほしい。有料だって構わないのですから。その場に居合わせた一部の信奉者にだけ話して終わりに出来るようなものなら兎も角、物語の根幹に関わるようなことまでそれでは……そもそも本編で語れって話ですが。
新キャラ甲斐は魅力的でしたし、霜月の有能さ、須郷の普段は見せない若さなどはとても良かったのに、常守に対してだけは長く携わっていらっしゃるせいか思い入れもひとしおで客観的な描写が出来なくなっているようにお見受けするので、もう次回作には常守は出さないか、少しお休みされてその間に他の新しい才能のある方にシリーズスピンオフでも作って頂けたらと思います。
そして宜野座の髪型弄りはもう二度と御免です。
これまで個性的なキャラクター達がそれぞれの抱える葛藤や正義感を持ち寄って自らの信念に沿って集う様がこの作品の魅力だと思ってきたのですが、常守朱を盲目的に信仰するようなキャラしか居なくなってしまった事が残念で仕方ありません。
また、親友を目の前で殺害されても暴力による決着を望まなかった常守が、自ら暴力によるテロ行為を起こした事をまるで良かったことのように描写し、そして囚われの姫君である常守を迎えに行く王子的役回りを持たせる為にわざわざ狡噛を日本に戻すという物語が集大成とされたことに心底落胆しました。
星1つは、大変なスケジュールの中、スタッフの皆様お疲れ様でしたの意味を込めました。
見てるうちに楽しくなるかもと思いつつ5回見ましたけど、楽しくなるどころかこれまで抱いていた作品への愛情もすっかり薄れてしまったので、次回作があるのか分かりませんが、今後は距離を置こうと思います。