「人生の指揮。」TAR ター すっかんさんの映画レビュー(感想・評価)
人生の指揮。
○作品全体
社会的に活躍する人物の描写と指揮者という役職を軸にして描いた本作。まず、その題材が巧いと感じた。
冒頭、主人公・ターへのインタビューシーンに長い尺を使っていた。ここでは社会的に見たターの立ち位置と、社会へ向けて発信するターのスタンスが語られる。ターは音楽業界において指揮者やクリエイターとしてのみでなく、音楽史の研究や講師としても活躍しており、加えてジェンダーマイノリティとしての立場も併せ持っているという。このインタビューを通して、ターの発言力と影響力の大きさを表現していた。
一方で、多方面に活躍することで、せわしなく様々な人物とかかわりを持つター個人が描かれる。それぞれのバランスを意識して動かなければならないターを「指揮者」という役割に結び付けて描いているのが面白い。
合奏も生活も全体のバランスと、それぞれのセクションへの理解がなければ崩壊してしまう。序盤では成功者としての指揮者っぷりをドキュメンタリーチックに描写していた。
後半では元生徒の親による告発というほころびから生活が崩壊していく展開があった。一つの不協和音が演奏を壊すように、ターの生活も崩壊していく。授業で吊し上げた男性生徒やパートナーとの軋轢、楽団でのエコ贔屓…それぞれの問題に対して感情的な演出を使わず、淡々と映していたのが印象的だ。正解不正解を決めつけるのでなく、等しくターを苦しめる生活上の事件であるということを感じさせる。
最初のインタビューでターが口にした「多彩というのは現代では誉め言葉ではない」という言葉は謙虚の言葉以外にも、ターの本音のようにも感じた。すべてが順風満帆であれば「多彩」となるが、一つでもほころびがあればすべてを否定されてしまう現代において、「多彩」は相当のリスクをはらむ。物語の展開も相まって、そんな印象を受けるセリフだった。
終盤では東南アジアへ逃れ、ゲーム音楽のコンサートで指揮を執るターが映される。指揮者という一点だけが残ったターの表情からは、「これしかない」という苦しさと併せて、一点集中して臨むシンプルな決意が見て取れた。
ここでも「異国の地でリスタートすることは正解でも不正解でもない」と感じさせる演出の徹底っぷりが印象的。ターの人生という指揮はまだ終わっていない。
〇カメラワークとか
・カメラワークとか劇伴で演出することを抑えてる分、画面の色味は強調されてた。すこし白飛び気味な淡い色の画面。ターが過ごす洗練された世界、みたいな感じ。主張が強い気がしたけど、それが「ターの考える正しさ」の強行にリンクしてた。
〇その他
・東南アジアに逃れたあとの描写は少し淡白すぎた気もした。雑多な街並みやジェンダーもへったくれもない社会の映し方が「未開の地」みたいな色味だけしか感じない。
・一つが崩れれば一気に…っていうのは実際の現実にも起こりうるけど、ちょっと転落っぷりが急すぎて嘘くさく感じなくもなかった。
・キャンセルカルチャーの描写が上手だったけど、ぶっちゃけ胸糞悪さがすごい。SNSから溢れるヘイトは現実だけでお腹いっぱいだなあ。