「アナグラム的な倒錯」TAR ター えすけんさんの映画レビュー(感想・評価)
アナグラム的な倒錯
世界最高峰のオーケストラの一つであるドイツのベルリン・フィルで、女性として初めて首席指揮者に任命されたリディア・ター。彼女は並外れた才能とそれを上回る努力、類稀なるプロデュース力で、自身を輝けるブランドとして作り上げることに成功する(公式サイトから一部引用)。
公式サイトのあらすじが、割と本作の核心部分まで紹介されているところと、いわゆる商業作品としてはずいぶんと説明を端折っているので全体的に分かりづらい構成になっているところなどから、ストーリーそのものが重要というわけではない作品と分かる。
純粋に音楽に魅せられた原体験、徹底した音へのこだわり、わざわざ養女を育てるレズビアンカップル、遅々として作曲が進まない焦燥、歯止めのかからない承認欲求、逃避的に顕在する情欲、権力とプレッシャー等々、たくさんの要素を個人の中に自ら引き込み混濁し、徐々に倒錯していく過程を、ケイト・ブランシェットの常軌を逸した怪演と、静謐で美しいながらも常に緊張感の漂う映像で見事に表現している。
作中、文章の文字を並び替えて別の何かの文章にしてメッセージを読み解くという、アナグラム的なシーンがほんの少し登場する。「指揮者によって異なる楽譜の解釈」と、「見方によって全く異なる位相を見せる現実社会」を示すダブルメタファーだと思うが、主人公のTARという名前もまた、ARTのアナグラムであるという。それでも音楽という芸術に吸い寄せられていく無垢さか、あるいは、結局のところ音楽という芸術でしか生きられないカルマなのか、ラストは文字通り、解釈が分かれそうである。
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