「◇ストイックという生き様」TAR ター Hisatomo Mizuuchiさんの映画レビュー(感想・評価)
◇ストイックという生き様
クラシック音楽の積み重ねられた歴史、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団という最も保守的で権威的な組織世界。実力と権力を手にした女性指揮者の姿を克明に彫刻するように描いた物語です。
音楽とは、微妙な音程、音色、テンポ、多彩な音の集合が配合されて、経過していく時間の芸術です。繰り返されることを大切な要素としている世界でもあります。演奏者は何度も何度も同じフレーズを練習し、聴き手は次に繰り返されるフレーズへの期待感とともに控えています。
そんな音楽、音そのものと人間の存在みたいな高尚なテーマから導かれていきます。主人公の指揮者リディア・ターにとっては、人間関係や世間の評判などは二次的なもので、自ら描く音楽の理想像の追求こそが自分の人生の本質なのです。
伝統を重んじる保守的なオーケストラの世界と対比して描かれる現代のSNS動画拡散と書き込みによるバッシング世界。あまりに、浮薄で移ろいやすい世間の評判が、無責任な匿名性を帯びてネットという仮想空間に不気味に漂います。
世間から見れば、薄情で自己本位とされる生き様かもしれません。一方で、主人公の過剰にストイックな生き様に惹きつけられて、同じ目線で音楽の世界の奥深く没入していく感覚が心地よいのです。その厳格な生き様が、女優ケイト・ブランシェットと重なり合って、ハーモニーを奏でます。
終章、観客席のコスプレイヤーたち。あれは、現代の聴衆たちのモンスター性とか、音楽を消費していく姿勢とかを象徴するものなのでしょうか。鑑賞しながら、自らにも問いかけさせるような仕組みを感じました。
「音楽とは・・・時間の芸術」なるほどな、と思いました。
最後の場面はいろいろな見方があるとは思いますが、音楽を消費している、というよりも、ゲームが大好きな人たちが集まって、単にゲーム音楽を楽しんでいるととらえていいのではないでしょうか。まあ、消費と言ってしまえばそうなのでしょうが、純粋に音楽を楽しんでいる姿に見えました。音楽とは、元々は楽しむためのものだと思うので。