劇場公開日 2022年11月18日

「湿地の娘の数奇な運命」ザリガニの鳴くところ kazzさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5湿地の娘の数奇な運命

2022年12月21日
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鑑賞方法:映画館

この映画(原作未読)は、裁判の場面と弁護人が主人公カイアと会話する拘置所の場面が現在進行形で描かれ、主人公の幼少期から事件前までが自分語りで振り返えられる。

我々は数奇な生い立ちの主人公に感情移入せざるを得ない。
湿地帯の一軒家に取り残され一人で生活する彼女に、町の人々は好奇の目を向けるのだから、可哀想でならない。

自給自足を余儀なくされた少女を、雑貨店を営む黒人夫婦だけが優しく見まもっていた。
この夫婦も、この町で商売を始めた頃は差別の壁にぶつかったのかもしれない。あるいは、子供がいないようなので擬似我が子のように感じていたのかもしれない。
だが、そんな彼らにも本当に彼女を護ることはできないのが現実だ。

もう一人、幼い頃に川で出会った少年テイト(青年期:テイラー・ジョン・スミス)が唯一の友人としてカイアの味方だった。成長して再会したこの青年から、カイアは文字を習い、彼女が湿地帯の生物を観察したスケッチが本になるとヒントを貰う。
ただ、カイアの運命を変えた最大の要因がこの青年でもあるのだ。

湿地帯の風景を捉えた映像、特に若い男女を自然の中心に置いたいくつものシーンの映像美は特筆すべきだ。
併せて、カイア役のデイジー・エドガー=ジョーンズが本作の価値だと言える。
自然に囲まれて一人で生活する逞しさと、他人を警戒する臆病さが同居した少女を繊細に演じていて、遂に暴力に屈しないと誓ってからの強い眼差しが印象的だ。

湿地帯の一軒家で一人で生きていくには、映画で見られる自給自足の苦労だけではなく、自然の驚異があるはずだ。周囲にいる野生動物たちの中には危険なものもいるだろう。
だが、映画で見る限りそれはなく、カイア自身が湿地帯の自然の一部なのだと思わせる。

古い話だが、「ジャングル・パトロール」(だったかな?)という湿原を警備する保安官とその家族を描いたテレビドラマがあった。モノクロだったと思う。内容は全く覚えていないが、ホバーボート(というのかどうかは知らないが、スクリューではなくプロペラで進むボート)で川も沼も(たしか陸地も)走り回っていたのを覚えている。
この映画の舞台とは異なるのかもしれないが、時代背景は近いと思うので、あんなパトロールボートが出てこないか、少し期待してしまった。

さて、法廷サスペンス映画としては、大きな欠点があると思う。
検察側の公訴事実の立証が不明確なところだ。
弁護側を主体とする物語なら、絶対不利な証拠で追い詰められてこそサスペンスが生まれる。
弁護人の台詞で追い詰められた状況だと説明されるが、その一方で状況証拠や証言をあっさり駆逐してみせる。
この展開だから、最後のどんでん返しは想像できてしまうのだ。
差別意識によってバイアスがかけられた裁判だと言わんばかりでリアリティを感じないのだが、時代背景的に『アラバマ物語』('62)と近いことを思えば、未成熟な田舎町の裁判なら、そんな起訴もあり得るのかとも思ったりする。
原作は、アメリカでは2年連続のベストセラー、日本でも本屋大賞を得たというから、恐らく小説ではこの辺りのサスペンスがうまく表現されているのだろう。読んでいないのが恥ずかしくなってきた…😅

ところで、ザリガニは鳴かないのだから、母親が言う「ザリガニが鳴くところ」は存在しない場所だと思う。あるいは、主人公を一人残して最後に逃げ出そうとしている兄からの伝聞だから、母親の言葉ではないかもしれない。兄はザリガニが鳴かないことを知っていて、妹を連れては行けないが、せめて安心はさせようと発した言葉だったのかもしれない。
湿地帯全体を「ザリガニの鳴くところ」と称しているという見方もあるが、父親から逃げる先を指して言われたのだから、違うのではないか。
(鳴かないが、ザリガニが何らかの音を発することはあるみたいだ)

裁判を終えた後日譚では、年老いたカイアと夫が湿地帯で暮らしている。
この裁判を経て、町に変化があったのかは分からない。

kazz
りかさんのコメント
2023年12月9日

こんにちは♪
共感していただきましてありがとうございました😊
本レビュー、Kazzさんの優しいお人柄が表れた文章だと感じました。カイアへの眼差しが大変愛情深く表現されていて。
また裁判のところもさすが鋭いなぁとお見受けいたしました。
『アラバマ物語』のレビューも拝読させていただきます。🦁

りか
満塁本塁打さんのコメント
2022年12月24日

ワニ🐊はヤバいですよ。シャレになりません、ホント。サメ🦈と違って、巻き込まれたら最後ですから。

満塁本塁打
満塁本塁打さんのコメント
2022年12月24日

ご返信お気遣いありがとうございました。😊😊情報公開、可視化、ネットの伝播、録音録画技術の進歩、倫理の醸成の影響はでかいですね。国賠は怖いですから、それ以前は警察自身が身内の警察官部を逮捕捜査なんて殆ど無かった。つまり隠蔽してたと推測されます。流れは相違ないと感じてます。おっしゃるようにテレビドラマも映画も法的捜査的に無茶苦茶が多い気がします。まあ原作小説家、脚本家がドシロウトですから仕方ないかなと思います。😊またよろしくお願いいたします🙇‍♂️。

満塁本塁打
満塁本塁打さんのコメント
2022年12月23日

ご教示ありがとうございました。😊大自然の湿地帯。ワニ🐊😊法的にはおっしゃるとおりですね。私も心得のあるものです。ただあえて整合性を見出すなら、日本もアメリカも🇯🇵🇺🇸共通して 警察、検察、等が昔の時代だと全てユルユルだったということカモですね。思い込みでいくらでも立件できたハズです。平塚八兵衛の捜査なんて恐喝ヤクザ以外の何者でもないですから、ユルユル公訴も許されたのかもしれません。ギリギリキチンとやるようになったのは平成10年以降だと記憶しています。というより映画テレビドラマは殆ど、違法性、可罰性、構成要件該当性、無視が当たり前みたいですねぇ。😊

満塁本塁打
Bacchusさんのコメント
2022年12月22日

私も原作を読んでいませんが、2年連続ベストセラーは凄いですね。確かに、だとすると原作は上手く練り込まれていたのかも知れません。

Bacchus
グレシャムの法則さんのコメント
2022年12月21日

映画と原作は別物なので、読むべきかどうかを論点にするのはまた別の話ではありますが、ハリソン・フォードの映画(刑事ジョン・ブックだったかな?)に出てきたアーミッシュと同じように、日本人には想像もできない歴史的経緯があり、特殊な環境(この映画の場合は、犯罪者や社会からのはみ出し者が、湿地帯に住まうようになるみたいなこと)があって事件の前提となる、というようなことは原作でないと分からないので、映画だけだとどうしても腹に落ちないまま、ということはあるかもです。

グレシャムの法則