「誰か烏の雌雄を知らんや」映画 イチケイのカラス 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
誰か烏の雌雄を知らんや
聞き慣れない“イチケイ”とは、東京地方裁判所第3支部第1刑事部の略。そこに属する裁判官たちの話。
同名コミックを基に、フジテレビで2021年に放送されたTVドラマ。見てはいないが、やってた事は何となく覚えている。
大抵裁判モノは弁護士や検事が主人公が多いが、本作は刑事裁判官。これは民放ドラマでは初だという。
確かに裁判官主人公ってあまり思い当たらない。何か目新しいものを期待。
イチケイに赴任してきた特例判事補の千鶴。真面目で堅物でエリート志向。
型破りな裁判官として知られるみちお。中卒で弁護士出身。謎や不可解な事は裁判官でありながら現場に赴き、徹底的に調べる。“職権発動”が伝家の宝刀。
そんなみちおに振り回されながらも、一つ一つ事件に向き合い、千鶴も成長…。
というのが、TVドラマの大まかな概要。
ちなみに原作では脇役のみちおを主役に据え、男性だった千鶴のキャラ設定は女性に変えられているという。
この劇場版はその後。みちおがイチケイを去って2年後。
異動先の岡山で、ある傷害事件を担当。岡山近海でイージス艦と貨物船が衝突。貨物船は沈没し、船長は死亡した。彼の妻が防衛大臣を切り付けたのだ。
その妻の傷害裁判の場で、夫は殺されたと訴える。そこに何か疑惑を感じたみちおは、職権発動して事の真相を調べようとするが…。
千鶴は他職経験として弁護士をしていた。奇遇にもみちおの異動先の隣町で。その日尾美町で、千鶴もある裁判を担当していた。
町を支える工場のトラックから荷物が落ち、老女の運転する車に事故を誘発。通称“大桃ころりん騒動”。
調べていく内に工場の不審な点が幾つも浮かび上がり…。
一見全く無関心の事件。
…に非ず。
やがて徐々に関わりを見せ、国家を巻き込む大きな事件へ…。
型破りな裁判官は型破りな検事の『HERO』を彷彿。
ユーモア交え軽快テンポのリーガル・エンターテイメントは『リーガル ハイ』風。
監督は『コンフィデンスマンJP』が評判の田中亮。
フジドラマのエンタメ要素を詰め込み。
竹野内豊と黒木華のW主演。
二人共シリアス役のイメージ強いが、珍しいコミカルな役柄。
型破りで風変わり。マイペースで人を食った性格ながら憎めない。竹野内豊がハマっている。
真面目一筋だが、それが逆にユーモア誘う。奮闘や成長や魅力も。黒木華の好演。
二人のバディ感、正義や信念。
この劇場版の新キャラ。
千鶴と新バディを組む斎藤工演じる人権派の弁護士。法の不完全さを問い、千鶴と衝突する。そんな彼に思わぬ悲劇が…。
町の工場の産業医役の吉田羊、若き防衛大臣役の向井理らも何か秘密を抱え…。
TVドラマも見ずほとんど初見者として見たが、すんなり見れる作風。
お堅そうな法絡みの題材も分かり易く作られている。
型破りな裁判官の設定は現実だったらナシだろう。それを出来るのも創作ドラマだからであり、それが面白味。
でもちょっとリアリティーに欠けたものを感じた。ただ単にエンタメとして見るなら面白いが、知られざる法の世界を描いた目から鱗の作品を期待すると少々インパクトに欠ける。
話も展開も要素も結構ベタだ。
事件の背後に工場や国の隠蔽絡む。
もしこれだけだったら、物足りなかった。散々見た事ある展開や話の焼き直し。
ちょっと新味ある展開。隠蔽に加担していたのは、他にもいた…。
町にとって工場はなくてはならい要だった。
大勢がそこで働き、恩恵を受けていた。
工場が町を支え、住人たちは町を心から愛していた。
町を守っていく。
そんな工場から環境汚染。汚染された土を貨物船で運んでいた。
それが知れたら工場は廃業。町も衰退する。
それだけは絶対にあってはならない。
町の為に…。町民たちも工場の皆も貨物船船長も、この隠蔽に加担していたのだ…。
その郷土愛は尊いが、それがかえって判断を誤ってしまった。
工場はすでに“病”に冒されていた。町も病んでいた。住人たちもその病に…。
町や工場が危うくなるくらいなら、治療など要らない。
本当にそうか…?
町を本当に愛するなら、今こそ治療する時。
事件は発端であり、町民たちの欲する本心でもあった…。
沈没事故の真相は…
汚染土で貨物船の乗員は体調不良を起こし、航路を外れ、イージス艦と衝突。
そのイージス艦には極秘で防衛大臣も乗り込み、ある国家機密に関与。それが知れたら…。
双方知られてならない秘密を乗せ、事故に。
これは不運か、それとも招いた自業自得か…?
真実を掘り起こす事で失われるもの、悲しいものもあれば、救いになるもの、新たに開けるものもある。
それに向き合い、判決を下さらなければならない裁判官。
時に酷でもあり、道しるべに…。