「日本ではドラマでもお馴染み、“俳優が実名で登場するモキュメンタリ―”の妙味と限界」人質 韓国トップスター誘拐事件 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)
日本ではドラマでもお馴染み、“俳優が実名で登場するモキュメンタリ―”の妙味と限界
比較的最近だと「バイプレイヤーズ」シリーズ、少し前なら「山田孝之の東京都北区赤羽」など、著名俳優が実名で登場し、その仕事ぶりや暮らしぶりをドキュメンタリーや実録の装いで撮影するという、モキュメンタリ―の一手法はテレビドラマを通じて日本の観客にも割と馴染みがあるのではないか。この「人質 韓国トップスター誘拐事件」でも同様に、韓国ではここ十数年主演映画がほぼ年1本以上のペースで作られている人気俳優、ファン・ジョンミンが実名で登場し、拉致監禁されてしまうが、必死に脱出を図る様子が映し出される。
この手法のメリットはまず第一に、スター俳優のパブリックイメージを100%活用できる点だろう。通常のフィクション作品でも、役者自身の外見から受ける印象やトーク番組などでうかがい知れる人柄が、キャスティングと役作りに利用されることはよくあるが、本作ではファン・ジョンミンその人が実際に体験する出来事としてストーリーが進む。架空の主人公ならその経歴や人柄、どんな仕事をしていて暮らし向きはどうか、などを説明していかないと感情移入してもらうのは難しいが、誰もが知るスター俳優の“実体験”の体(てい)であれば、そんなキャラクター情報は不要だ。そのぶん、帰宅途中で拉致され、犯人一味の隠れ家に監禁された状況から、俳優ならではの演技力も最大限に活用して脱出を図るという、スリリングな展開をテンポよく描くことが可能になっている。
ただし、この手法を選んだがゆえの限界も明らかだ。もともと、スター俳優が善人役で主演するアクション/サスペンスドラマのジャンルでは、「主人公は死なない」というのが暗黙の了解になっているものの、ファン・ジョンミンが実名で登場することで、そのお約束はより強固なものにならざるをえない。不死身の肉体を持つスーパーヒーローの映画と一緒で、「どんなに絶体絶命のピンチになっても、どうせ死なないんでしょ」という観客側の安心感は、サスペンス効果の点ではマイナスになる。
監督のピル・カムソンにとっては本作が初の長編映画メガホンだとか。7月に日本公開された「なまず」のイ・オクソプ監督、去年公開の「藁にもすがる獣たち」のキム・ヨンフン監督など、韓国では新人の長編初監督作でもそれなりの予算規模、スターを含む出演陣に恵まれるケースが近年増えてきたように感じる。日本の映画人はうらやましく、またもどかしく思っているはずだ。