「あなたの傍に居たかった」キングメーカー 大統領を作った男 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
あなたの傍に居たかった
ちょうどタイムリーにこの言葉を聞いた。
高市新総裁の誕生の背景に、麻生太郎の周囲への声掛けと一推しがあったという。
最高権力者誕生に影響及ぼす存在。
それを、“キングメーカー”という…。
劇中では別名になっているが、後に韓国大統領になった候補とそのキングメーカーの男の実話がモデルにされている。
なのでちと韓国近代史を把握しておかないと話に入っていけない。
全くの初見や知識ナシだと小難しいかもしれないが、近年の韓国近代史を描いた作品を見ていたお陰で時代背景の把握やリンクも出来た。
時は軍事独裁政権下の1960年代~1970年代。『KCIA』の題材でもある後のパク大統領やキム室長がモデルの人物も。
劇中ではキム・ウンボムだが、モデルはキム・デジュン。
1998年に大統領に就任し、任期は2003年まで。韓国歴代大統領でも親日派として知られ、この人の任期時に日本文化が韓国へ、韓国ブームが日本へと合致する。
韓国民主化の急先鋒でもあり、あの光州事件は与党のデジュンへの妨害がきっかけの一つという事を知って驚いた。
そんな彼の大統領候補時代に選挙スタッフとして手腕を振るったのが、オム・チャンノク。
が、彼は大統領就任時には居なかった。
その時、何があったのか…?
オム・チャンノクをモデルにし、劇中ではイ・チャンデ。
地方都市で“一時的だけ”薬剤師をしていた彼はある日、落選続きながらも国を変える事を諦めないウンボムの演説に打たれ、ウンボムの選挙事務所の戸を叩く。
政治の事など全く知らない。が、国を変えたい気持ちは同じ。
当然最初は門前払いだが、熱い思いのイレギュラーのチャンデをウンボムは気に入り、選挙スタッフに。
既存の選挙スタッフには無い奇抜な意見はあるが、政界の知識やその他諸々はズブの素人。
ウンボムから手解きを受け、才覚を発揮していく。
与党の姑息な選挙活動。対する為に、与党の選挙キャンペーンシャツを着てイメージを悪くさせる。あっちがそういう手ならこっちもこういう手。
野党総裁を差し置いて、ウンボムを含む40代議員のキム・サンホとイ・ハンサンの3人が立候補。
各々の思惑が交錯。サンホは総裁とハンサンを抱き込み優位に立ったように思えたが、チャンデもハンサンに接触し白紙投票を促す。結果過半数割れとなり、決戦投票。ハンサン側の票を多く勝ち取り、ウンボムは当選。大統領候補に。
素人から策士へ。キングメーカーの仕事ぶり。
が、二人の関係が良好だったのはここまでだった…。
与党の圧力で窮地に。そこでチャンデが考えた案が、不慮の事故を見せ掛け世間の同情を誘う自作自演。
が、野党内からもウンボムも反対。姑息な手段など使わずクリーンに正々堂々と。
その矢先、アメリカ外遊に赴いたウンボムの借住宅で爆発事件が起き、同行していた母親と甥が危うく被害に。
与党の犯行か…? しかし疑いの目はチャンデに向けられる。
チャンデを信じるウンボムだったが、問い詰めると…
チャンデは自分の犯行である事を認める。
いずれは議員を目指していたチャンデ。が、ウンボムからは準備不足と。
準備不足ではなかった。今ははっきりと。君は向いていない。
誰があなたを大統領候補にした? 国民の清き一票と答えるウンボムにチャンデは、愚かな国民ではなく私だ、と。
本音。全く違う政治信念。
それは決定的なもので、どちらかが理解や譲歩する事は不可能。
二人は決別した。
正々堂々クリーンより、手段を厭わない。
それに目を付けた与党参謀が引き抜く。
現職パク大統領と候補ウンボムの一騎討ち。結果は…。
良くも悪くも手腕を振るい、こちらを精通していた元仲間の策士が寝返った時ほど厄介な事はない。
裏方の策一つ、感情一つで政治など容易に変えられる政治の恐ろしさ。それが、キングメーカー。
大胆な脚色や劇中人物とモデルの相違もあるだろうが、安定の韓国社会派エンタメ。ビョン・ソンヒョンの上々の手腕。
ソル・ギョングが自身の政治信念と同志との絆の間の苦悩を、『パラサイト 半地下の家族』で知られるイ・ソンギュンが当初の信念から己の野心や欲を剥き出していく様を、それぞれ熱演。
政界で蠢くアンサンブル。与党参謀役のチョ・ウジンの曲者感が終盤光る。
ある時ある場所で、久し振りに再会した二人。
チャンデは政界を遠退き、ウンボムはまた落選続きだった。
和解し、相容れる事は出来なかったのか…?
ある問い。双方の答えは…。
ふと視線をやると、そこにはウンボムはおらず、チャンデ一人…。
自身の心の中で、もう一度あなたと会う事を願ったのだろうか…?
その後、ウンボム(キム・デジュン)は大統領に。
そこにチャンデ(オム・チャンノク)は居なかった。
あなたの傍に居たかった。

