「実は これ よくある夫婦の姿かもしれない」チャイコフスキーの妻 きりんさんの映画レビュー(感想・評価)
実は これ よくある夫婦の姿かもしれない
チャイコフスキーが同性愛者であったかどうかは別にしても
「苗字が一緒の他人という夫婦」について、
あの台詞、どう思いました?
そういう男たちもいるし、=実はけっこうたくさんいるだろうし、そしてもちろん
そういう妻たちもいて、これ=「苗字が一緒の他人」という関係は、けっこう世の中にありふれている結婚の姿なのではないだろうか?
「家庭内別居」「元気で留守がいい」「離婚しないのが結婚」「夫の退職と在宅同居への毛嫌い」・・と、名ばかりの結婚を続けて、推しのアイドルに身も心も捧げている妻たちは大勢だ。
同時に、
妻のためには身も心も捧げないで、自分都合で、「ただの慣習」や「社会的地位確保のための」、「便宜上の結婚」を選び、そして仕事を理由に配偶者を放置・虐待している男たちも、きっとわんさかいるだろう。
あのピョートル・イリイチ・チャイコフスキー氏と まったく同じにだ。
・ ・
アントニーナ・チャイコフスキー。
ロシアの「押しかけ女房」のお話ではあったけれど、
この映画は、日本の男社会においても、そして、自分の家でも、あんまり変わらない実態なんだよなーと気付けないのなら、僕らこそメンヘラなのであって、せっかくのこの映画も猫に小判だ。
「大切にされたかった」。
「体の欲求も本当に満たされたかった」。
のだと、
ひとりの女アントニーナの心象をみごとに表す、あの最後の「前衛ダンス」。あれは悲しくて、そしてもの凄く良い演出だったと思う。
( 裸の男たちも周りで踊っていたが、そんなもの一切目にはいらぬほど僕はアントニーナの踊りに釘付けだった )。
それまでの画面での、1800年代終盤の、封建社会の、抑圧されて押し込められていたロシアの女が、まるで突然スペイン映画のように、パッションを爆発させて、彼女の生きる意思を発露。自由に四肢を解放して踊り出していた。
あれは本当に素晴らしい演出だった。
思うに、
ピョートルと、アントニーナと、この二人、
スタート時点で双方が無責任であったから悲劇だ。
それぞれ「惚れやすい性格である事」と「女性を嫌悪する体質である事」は、「個々の生き様としては」あのままで尊重されるべきで、彼らのスタイルは正しくて尊ばれるべきだと思う。
けれども同時に、双方とも「お互いへの結婚関係の仕方としては」間違っていたとしか言いようがない。
だから、
どちらかの肩を持つということは僕には出来なくて、このレビューにもホトホト困ってしまったのだが、
徹底して 妻のアントニーナにフォーカスしたこの143分は、観ていてぜんぜん苦にならなかった。やはりカメラの技量の高さが大きな役割を担っているはずだ。
衣装や室内の光や、街中でのロケ。そして森の中の湖の絶景・・
映像芸術作品としてかなりのものではないか。
・ ・
幾つも (反面教師として) 記憶に残る台詞はあった。
レビュー冒頭の「苗字が同じ他人」もそうだが、
「これは女に聴かせる音楽ではないですよ!」。
⇒これがチャイコフスキーへの「最大級の賛辞」として、演奏会直後の作曲者に向けての、《聴衆の、あろうことか『女性』から贈られた褒め言葉》である事には、僕は呻いてしまう。
ピョートル自身、同性愛者である境遇に、周囲からの差別や圧迫で苦しんでいたのであれば、ピョートルはアントニーナの赤いドレスが嫌いだの、イミテーションの珊瑚のネックレスがみっともないだのと言って、同性愛者である自分と一緒にそこにいてくれる一人の人間を見下したりコケにしたり しないでいてほしかった。
小さい男だ。
「わたしはロランス」の、カフェで怒号してロランスを守った友人フレッドの姿を、しかと見習うべき。
いったいアントニーナを「悪妻」「病人」と決めつけたのは、どこの誰なのだろうか。
了
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【おまけトリビア】
没落貴族のアントニーナの実家で、「フランス語」の学習シーンがあったが、当時はロマノフ王朝はもとより貴族・上流階級はロシア語は使っていませんでした。フランス語での会話が彼らの日常の言葉であり、“下層階級の使うロシア語"は、皇帝たちは使っていなかったのがその頃の事情です。
よってストラヴィンスキーも、ショパンも、その他東欧〜ロシア圏の芸術家たちは何の障害もなくパリへと移住をして、即座にフランス国内で活躍が出来たわけです。
【減点】
映画の出来としては、肝心の音楽がもう少し聴けなかったのは残念。
劇中、ピアノのおさらい程度はありました。演奏会もさわりだけです。
たぶん編集の段階で相当の尺がカットされてしまったのでしょう。別にチャイコフスキーが筆頭助演でなくても構わないほどに音楽映画ではありませんでした。
日本国の民法において認められる離婚の要件については以下 (コメント欄)
こちらのコメント見逃していました! 共感の返信ありがとうございます。そうですね、最近はトランスジェンダーをどう捉えるかで、今までLGBTQを支持していた人の間でも割れているように、認知が深まるほどに意見も多様化していくんでしょうね。まさに、ぼくのこの映画の感想とか検閲されないかヒヤヒヤしながら書いてました(笑)。
きりんさんの感想は、単なる備忘録でも思い付きでもなく、いずれもちゃんと読み手の存在も意識した魂と想いのこもった真摯なものなので、これを消されるのはかなり傷つきますねえ……。
まあ、最後は場を提供してくれている人たちのスタンスに合わせるしかないのがつらいところですが。ここはFilmarkSとかよりはのんびりしているので、居心地はよろしいんですけど(笑)。
じゃいさん
共感ありがとうございました。
ようやく「LGBTQ」映画も成熟してきたと言うことですね。
今までの“告発"主体ではなく、
本作は、ホモセクシャルの人間がヘテロ側を苛め抜いてとうとう死なせてしまうという今までとは逆転した筋書きでしたから。
・同性愛問題
・男女の力関係
・資金と家柄と名声を有する者だけが勝つという構図
これだけの複雑なストーリーを、たくさんの登場人物を使いながらも よくぞここまでコンパクトに纏めたものだと感心しました。
「人物相関図」をコピーして大著に挑んでも幾度となく頓挫。
人名がまず覚えられなくて(笑)
ロシア文学は大の苦手な小生です。
ロシアの当時の婚姻法についてはいろいろ勉強になった。
日本の現民法では ―
(1)民法770条1項
裁判で離婚をする場合に問題となるのが,離婚の要件で,民法770条1項にその定めがあります。順に挙げて行きますと,
①不貞行為(同条1号)
②悪意の遺棄(同条2号),
③3年以上の生死不明(同条3号),
④回復の見込みのない重度の精神病(同条4号),
⑤その他婚姻を継続し難い重大な理由(同条5号)となります。
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⑤ その他婚姻を継続し難い重大な理由(同条5号)
上記に挙げた要件に完全には当てはまらないとしても,様々な事情を考慮して夫婦関係が実質的には破綻しており,回復の見込みがないと判断される場合には,「婚姻を継続し難い重大な理由」があると判断され,離婚が認められることがあります。
どのような場合に離婚が認められるかは事案によりけりであり,性格の不一致,配偶者の親族との不和,暴行・虐待といったいわゆるDV,
性的不能・性交渉の拒否など性生活に関する問題
(以下略)
上山法律事務所のホームページより