「苦い傷跡」アルマゲドン・タイム ある日々の肖像 humさんの映画レビュー(感想・評価)
苦い傷跡
癒えていくのか、膿んでいくのか。
はたまた誰も予想もしない運命が待ち受け、翻弄されていくのか。
物語はどこかにもあるような家族たちとその人生の起伏の切り取りかも知れない。
ではなぜ、このえぐられたような感覚が生々しくこの胸に残り、ざわつくような波紋が頭のなかから消えないのか。
味わう温かさの分だけ冷たいものに向きあう厳しさに触れながら何かをふわりと感じさせる作品。
※以下、ネタバレを含みます。
…………
⚫︎愛情の伝え方 アーロン⚫︎
アンソニー・ホプキンス演ずるおじいちゃんから滲み出る暖炉のようなハートのあたたかさと苦難を越えて生きた人の厳しさ。
それは正しいことか…
高潔に生きろ…
握手だ…
ハグをしよう…
親が手を焼いてる孫のポールに、見せかけではない愛情をもった言葉と態度で接するアーロンの人柄がどれだけポールの気持ちにやさしく触れたことか。
自分のために芯から向きあってくれる熱量がその場で伝わることは間違いない気がするのだ。
ポールもそれをよく知っていて信頼をよせて素直に聞いているのがわかる。
しかし、まだこどもだ。
すぐには行動が伴わず繰り返す失敗。
教育に熱心な母も自分を越えて出世して欲しいと願う父も、根底にあるのは息子の長い間の幸せへの希望で、同じようにポールを大切に考えている。
しかし、アーロンとの違いは、自分の価値観にはめらなければうまく作動しない所有物のように扱っている点。
アーロンには、ポールを子ども扱いし過ぎず、1人の人間として尊重し対話を重ねる姿がある。
辛抱強さで想いを伝える彼の話には互いのこころをふわりと纏う「ゆとり」という空気があるのがわかる。
その空気のなかで息を吸い息を吐き目では見えないなにかに触れていくときの大切さがきっとあるのだろう。
しかし、人の宿命である別れの日は祖父にもやってくる。幼いアーロンは、感覚的にはあまりその別れを捉えていないようにみえた。後から気づく、その存在の大きさにも。
⚫︎選べぬ運命 ジョニー⚫︎
ジョニーは複雑な家庭環境と時代背景を大いに背負っている。
彼の、常に憂いを帯びた目がただならぬものを物語る。
その日常がつくりあげる思考は、幼いながらに諦めることをしっている大人のようだ。
冷めた言葉を漏らしながら無意識に自分をコントロールできている姿が切なく映る。そんなジョニーも、自由奔放で空想家であるポールとは気があい、彼といるとき無邪気な笑顔をみせる。
現実を離れ、束の間の夢の時間にわくわくと浮き足立つジョニーだったが、地下鉄の中で若者がかけた辛辣な言葉が現実に引き摺り降ろす。
それは同じ境遇に生きてきたからこその強い戒めであり一筋の光もない嘆きの塊のようだった。〝未来などあてにするだけつらくなるぞ〟と。
そしてそう言わせたのは彼らのこころに晴れない影をつくったこの世の偏りだということ。
そういう私も、まるで、あの車両のこちら側の座席で傍観している客のようにその先に何かが起こらないように会話に耳をたてつつ祈るだけの自分でしかなかった。
私も黙りながらある意味なんらかわりない場所にいるのかも知れない。
⚫︎壊れた夢のはしご ポールとジョニー⚫︎
芸術家になりたいポール、宇宙飛行士になりたいジョニー。
気の合う楽しさをみつけ、お互いが抱える悩みを共有したが、分別が不安定なこども時代の危なっかしさ、浅はかさが引き起こす事件。
夢に向かっているつもりが行き着くのは真逆な場所。
こどもの個性を感じ、夢や好奇心をうまく繋げていけれるようにさりげなく見守り、かけたいはしごの綻びに気づいてやれる大人がそばにいるか、いないか…。
成長の過程に潜むいくつかの分かれ目のような重みを感じる。
ポールのそばに、勘よく威厳をもちながら優しく諭した祖父はもういない。
⚫︎差別⚫︎
アーロンはユダヤ人として過去の歴史的分断を経験し、その傷を受けながらヨーロッパからアメリカへ移住し逞しく生き残ってきた経歴を持つ。
実体験者だけが知る過酷さのなかで家族を増やし、財産をゼロからつくってきた誇りがある。
しかし、経済格差、宗教、人種差別はやまない。それどころか、悲しいかな、たとえ体験として差別を味わっていたとしても、次なる種類の差別の根が地下茎のようにのびてきて、いつまにか加害者にもなる性質でもあることが作中にもみえる。大人がつくりはじめる愚かな歴史は、簡単に繰り返されてしまうわけだ。
ポールの転校先を尋ねてきたジョニーのシーン。
クラスメイトに聞かれて今までの仲の良さを咄嗟に隠したポールのいいわけ。
少しの期待をもちながら黙って聞いたジョニー。
予測を外さなかったジョニーには慣れっこの哀しみだが、きっとそれは今までのなによりも暗く色づいていただろう。
2人を分けたあのフェンスの丈はあの瞬間にどちらの心の中でも何倍にも増してそびえたっていた。
他人には何気ないやりとりだが、ポールはなんとも言えない気まずさをにじませた。
その固まる表情が、かすかに〝差別するような自分に溺れたくない〟と抵抗しているようにみえたのは気のせいだろうか。
容易く起こる心の分断の瞬間に、それすら感じなかったポールでなくてよかったと感じたものの、現実には純粋な本心に嘘をつき、親友を裏切った。
ジョニーとはこっそり会えるようになり、2人は夢を膨らませまた騒動となる。
あっけなくおわる事件の後始末はふたりの関係も割く結果をむかえる。父の力を借り白人である自分の罪だけがキレイに拭われていくポール。ジョニーの前で、警察に自白をしてもまるで関係なかった。
だんだんと知る世の中。
だんだんと破る祖父との約束。
そのことがポールにどのような気持ちをもたらすのか。
⚫︎想像かきたてる音の意味⚫︎
エンディングから遠ざかるありふれた日常。
片付いた教室と片付いたリビングは未練もなく後ろに流れ、賑やかで屈託のないこどもたちの声は次第に消えていく。
ポールが自分の意志で進む暗い夜道。
やがて遠方のサイレン、ブレーキの音。
もやもやした不安がつのる。
ポールは…
ポールのこころはドアを開け一体どこにむかっていったのか。
大好きだったおじいちゃんは言った
元気で、
過去を忘れるな…と
今こそ思い出してと願いながら、私の手には照らせるものもないままポールの後ろ姿を探す。
追っても追っても追いつけない感じだけを受けながら。
大切なことを教えたアーロンが居てくれた日々、ポールをみつめる笑顔がフラッシュバックする。
修正済み