劇場公開日 2023年3月3日

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「笑って泣きながら人生観を噛み締めた」エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス ありのさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0笑って泣きながら人生観を噛み締めた

2023年3月8日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 MCU作品などですっかりお馴染みとなったマルチバースを、現代のアメリカの下町で再現したアイディアが秀逸である。どうということはない家族再生のドラマなのだが、それを全宇宙的なスケールで描いた所が痛快である。

 監督、脚本は「スイス・アーミー・マン」のダニエル・シャイナートとダニエル・クワイ。通称ダニエルズ。前作「スイス・アーミー・マン」もかなりシュールでナンセンスな作品だったが、今回も二人の独特のぶっ飛んだ感性が至る所で炸裂しており、かなりクセの強い作品になっている。

 何と言っても目を見張るのが、凝りに凝ったポップでファッショナブルな映像の数々である。両ダニエルは元々MV畑の出身ということで映像に対するこだわりは相当に強い。そのこだわりが映画全体から感じられた。

 例えば、エヴリンが別の宇宙の彼女に乗っ取られる瞬間を描く”ジャンプ”の描写は、観ているこちらも画面の中に引きずり込まれそうな興奮が味わえた。さしずめアトラクションゲームを体感しているようなワクワク感を覚える。

 あるいは、マルチバースのエヴリンはカンフー映画のスターだったり、歌手だったり、シェフだったり、様々な人生を歩んでいる。当然それぞれに悩みや葛藤、喜び、家族がいるのだが、映画は彼女たちの人生もフラッシュバックで万華鏡のように見せていく。まるで1本の映画の中にいくつもの映画が混ざっているような多彩なトーンの取り合わせに眩暈を覚えるほどだった。
 中にはアニメや人形のエヴリンまで登場してきて、一体どうやって収集を付けるのかと思いきや、クライマックスにかけてこれらは見事に一つの結末に向かって収束していく。この計算されつくされた演出にも唸らされた。

 また、本作はSF映画であると同時にカンフー映画でもある。「マトリックス」シリーズよろしく、カンフースターの時のエヴリンが見せる超人的なアクションシーンもケレンに満ちていて面白く観れた。ユーモアとファンタジックな要素が加味されることで一味違うものとなっている。

 ただ、一部のギャグで下ネタが出てくるのでそこは注意が必要かもしれない。前作でもその傾向は強かったので、このあたりはダニエルズ監督の作家性の一つなのだろう。好き嫌いが分かれる所かもしれない

 一方、物語はSFとして捉えると細かな点で色々と突っ込み処が目立ち、個人的には余り感心しなかった。
 そもそも”ジャンプ”するためには両耳に取り付ける装置が必要なのだが、これが一体誰がどのように持ってきた物なのかよくわからない。百歩譲って意識や能力が脳や肉体に宿るという理屈は分かるとしても、この装置のような有機物をどうやって現実世界に持ち運ぶことが出来たのだろうか?また、”ジャンプ”するためには変なことをしなければならないという法則があるのだが、これも成功と失敗の判定が今一つよくわからず、何かしらの一貫した基準が欲しい所である。

 おそらくだが、敢えてこのあたりの設定を緩くしてナンセンス・コメディとしての面白さを狙っているのだろう。しかし、これがエヴリンの脳内妄想だけの世界だったら”何でもあり”として許容できるのだが、マルチバースというSF設定を持ってきたせいで、そこの割り切りがどうしても自分には難しかった。

 物語はクライマックス以降、意外なほどウェット感を増していく。笑いながら観ていると思わず足元を掬われ、これには良い意味で予想を裏切られた。本作が他のコメディ作品と違う所はここだろう。何だかんだと言って、最終的に王道な家族のドラマへ持って行くあたり、実にしたたかである。

 また、エヴリンが他の人生を知り、今の自分を顧みる終盤にはホロリとさせられた。成功や失敗、人生は人それぞれであるが、それでも生きることの尊さは変わらないのだな…と。たとえそれが石ころの人生でも幸福の価値は平等なのかもしれないと、観終わって何だか勇気が貰えたような気がした。

 キャスト陣ではミシェル・ヨーやキー・ホイ・クァンといった懐かしい面々を久しぶりに見れて嬉しくなった。夫々にアクションシーンにも果敢に挑戦しており、シリアスとユーモアを織り交ぜながら好演している。

ありの